97 年下男子と過ごす夜

 吐いた後、情けなくて泣いた。

 涙でぐちゃぐちゃになった顔を見られるのは嫌だったけど、外で寝るわけにもいかないから、仕方なく顔をタオルで隠しながら部屋に戻った。


 明かりはすでに消えている。

 ダイはベッドの上で眠っているようだった。

 私は仕方なく床で毛布に包まった。


 地面が硬い。

 寝づらい。

 しかも今夜に限ってやたら寒い。

 うう、ちくしょー、どうして私がこんな目に。


 先生もなに考えてるんだ。

 いくら勝手な都合で村を出るって言ったからって、なんでこんな奴と同じ部屋に泊まらなきゃいけないのよっ。


 スティもスティだよ、あんなにキツく言わなくてもいいのにさ。

 せっかくフレスさんとは友だちになれそうだったのに。

 あんな事言われたら、もう村にいられないじゃない。


 いやいや、考え方を変えてみよう。

 悪いのは全部エヴィルだ。

 あいつらさえ居なければ私だって平穏に暮らせたし、村の人たちも不幸にならなくって済んだのに。


 みてろ、私が世界一の輝術師になったら、全滅させてやるんだから。

 とは言ってもその輝術師になるための特訓が上手くいってないから、こんな辛い目にあっているわけで。


 あ、ダメ、また泣きたくなってきた。

 さっさと寝ちゃおうと思っても床が固くて眠れそうにない。

 このままじゃストレスが溜まって死んじゃうよう。


 よーし発散してやる。

 そろり、そろり。

 私は音がしないようこっそりダイの寝ているベッドに近づいた。


 ふん、一人でさっさと寝ちゃってさ。

 ちょっと元気も出てきたし、さっきの恨みを晴らしてやる。

 部屋の中は真っ暗。

 手探りでダイの寝ている布団を少しめくる。


「起きろっ」


 そして、胸のあたりを狙ってパンチ――

 ふにょ?


「あぐあっ!」


 な、なに今の変な感触。


「て、テメエ……なにしやがる」


 本気で苦しそうなダイの声。

 わ、私、そんなに強くぶってないよ?


「あの、床で寝るのはやっぱり辛くて。文句を言おうと」

「だからって、やっていい事と悪い事があるだろ……っ」


 よく聞くと、ダイの声はベッドの反対側から聞こえてくる。

 窓の方に足を向けて寝ていたらしい。

 とすると、私が胸の辺りだろうと思って叩いたのは……

 男の子の、オトコノコ。


「きゃーっ! 最悪!」

「最悪なのはテメーだ!」


 ああ、天国のお母さんごめんなさい。

 私は汚れてしまいました。


「もう泣くしかないよ……」

「勝手に泣け!」

「ベッド貸してよぉ。床じゃ寝れないんだよぉ」

「オレだって床は嫌だ!」


 わがままばっかり、男の子のくせにっ。


「――御託はいいから黙ってそこをどけ愚物が」


 みょーん。


「うおっ! その目はやめろ! わかった、少し空けてやるから勝手に寝ろ!」


 ダイはじりじりと壁際に寄ると、そっぽを向いてしまった。

 少し空けてやるってまさか、一緒のベッドで寝ていいって意味?


 それはちょっと……

 っていうか、ダイはなんとも思わないわけ?


 けど、床で寝るのはもっと嫌だ。

 っていうか眠れない。

 明日のことを考えると死ぬ。


 うん。背に腹は変えられない、ってやつね。

 仕方ない、不可抗力。


「じゃあ、おじゃまします……」


 布団をめくると、できるだけダイに近寄らないようにベッドに横たわった。

 ふかふか、あったかい。

 目の前にはダイの背中がある。

 こうしてみると、意外に肩幅も広い。

 身長は私と同じくらいなのに、やっぱり男の子なんだなぁ。


「ねぇ」


 これはこれで眠れなさそうなので、なんとなく話しかけてみた。


「この町で何やってるの?」


 狼雷団との戦いの後、ダイは急にいなくなった。

 グレイロード先生と何か話をしていたけど、私たちには一言の挨拶もなく。

 いままでずっと一人旅を続けていたって言うから、てっきりまたどこかへ行ってしまったのかと思っていたんだけど。


「情報が入るのを待ってるんだよ」

「情報?」


 返事が来なかったらそのまま寝ちゃうつもりだったけど、意外にもダイは質問に答えてくれた。

 もちろん、こちらに背中は向けたまま。


「人探し。協力の見返りとして、グレイロードの情報網を使わせてもらってる。あんなでも何とかっていう国の偉い奴だからな」

「探すって誰を?」

「オマエにゃ関係ねー」


 なによ思わせぶりなコト言っちゃって。


「その人を探すために剣術を習ったの?」

「いいや、村に伝わる流派をガキの頃から学んでた。輝攻戦士としての戦い方はグレイロードに習ったんだけどな」


 小さい頃から剣を習っていた上、ダイも先生から稽古をつけてもらってたんだ。

 道理で年の割には強いわけだ。


「どうしてダイは東国からミドワルトに来たの?」


 今度はしばらく返事がなかった。


「わざわざ遠くやって来るなんて、それなりの理由が――」

「住んでいた村がなくなった」


 え?


「なくなったって……」

「オレともう一人を残して、全員死んだ」


 村の人が、全員……?


「二人で山をさまよってた時に、グレイロードたちに拾われたんだ」

「グレイロード先生が東国に?」

「よくわかんねーけど、なんかの調査って言ってた。もうミドワルトに帰るから、行く当てがないならついて来ないかって誘われた」


 ダイにそんな過去があったなんて。

 普段のふてぶてしい態度から、彼にそんな壮絶な過去があったなんて思いもしなかった。


「その、もう一人の生き残りっていうのは……」

「行方不明。こっちに来る途中の船が海のエヴィルに襲われて、その時のどさくさで離ればなれ」

「それじゃあ、もしかして……」

「絶対に生きてる。あの人はそう簡単に死んだりしない」

「その人を探して、ダイは旅をしているの?」

「……もういいだろ。オレは眠い」


 これ以上話すことはないとばかりに、ダイは一方的に話を打ち切った。

 それっきり、呼びかけても返事はない。


 村が全滅した理由はわからない。

 けど、せっかく助かったダイたちを離れ離れにさせたのはエヴィルの仕業。

 ジュストくんやフレスさんたちだけじゃない。

 ダイまでもが、エヴィルのせいで辛い目に合っている。


 人類の敵、異世界の魔物。

 やっぱりあいつらは許しちゃいけないんだ。

 どれだけできるかはわからないけど、がんばらなくっちゃ。

 少しでも多くのエヴィルを、やっつけるために……

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