88 狼雷団の残党

「くっ……」


 さっきの場所に戻る。

 ナイフや棍棒を持った男が三人、スティを取り囲んでいた。

 彼らが着ているジャケットには見覚えがあった。

 特徴的な狼のマークが刺繍されている。

 ……狼雷団の残党だ! 


「おっ、見ろよ。もう一人女がいるぞ」

「なんだよ、こっちも田舎臭ぇガキじゃねえか」


 私はいちおう都市育ちだもん! 

 とか心の中で文句言ってる場合じゃない。

 スティがわき腹を押さえて苦しんでいる。

 殴られたのか、苦しそうな姿を見て、ふつふつと怒りが湧き上がってくる。


「どうしてこんなことをしたっ!」

「決まってんだろ。この小娘を人質にして、村から金と食料をふんだくるんだよ」

「そんなことしたら、すぐに輝士が飛んできて捕まるわよ!」

「こんな田舎に輝士なんか来やしねえよ」


 田舎の村には輝士も輝術師もいない

 残存エヴィルはほとんど残っていないとはいえ、山賊や野生の猛獣は出没する。

 こんなことも、自分たちの力でなんとかしないといけないんだ。


 その弱みに付け込むこいつら、許せない!


「おい、このガキも捕まえろ。腕の一本くらい落として構わねえからよ」


 一番年長者らしい男が命令する。

 別の男がナイフをちらつかせながら迫ってきた。


「そっちがそういう気なら……」


 腕を突き出して、輝術を使おうとした瞬間。


「あがっ!」


 鈍い音がして、私に迫っていた男がうつぶせに倒れた。


「てめぇっ!」


 スティが投げた剣が後頭部に激突したらしい。

 そのままスティは立ち上がると……わぉ。

 別の男の股間を思いっきり蹴り上げたっ。

 素早く敵の剣を拾うと、頭を抱えてうずくまっている男を切りつけた。


「ぎゃあああああっ!?」


 剣は男の肩に食い込み、盛大に血しぶきを上げる。

 耳を塞ぎたくなるほどの絶叫。

 スティは転げまわる男を省みることなく、リーダーらしき髭の男に向き直った。


「あんたは手を出すな。これは村の問題だ」


 スティの言葉は私に向けられていた。

 返事はできなかった。

 その迫力に押された……ってだけじゃない。

 私はスティが躊躇なく人を斬りつけたことに衝撃を受けた。


 残酷と言ってしまうことはたやすい。

 けれど、一歩間違えたら、スティがもっと酷い目に合っていたかもしれない。

 自分の手で村を守る。

 そのために手を汚すことになっても。


 スティには、言葉だけじゃない覚悟があった。

 髭の男に斬りかかる。

 その動きは予想以上に速く重い。

 スティの剣が男の武器を跳ね飛ばした。


「ぐっ、ちくしょう」


 男が膝を突く。

 その喉元に剣が突きつけられた。

 スティは強かった。

 輝士ほどではないけれど、その辺の大人には負けることはなさそう。


「抵抗すれば、本当に殺すわよ」


 彼女の後姿から伝わる異常なまでの殺気。

 それが、言葉が嘘じゃないことを証明する。


「そこまでだ!」


 背後の声に振り返ると、四人目の男が立っていた。

 その腕の中には、ナイフを突きつけられたソフィちゃんが!


「スティ、ごめん」


 ソフィちゃんの表情は、恐怖よりも悲しみに近かった。

 自分のせいで他人が傷つく事は、ソフィちゃんにとって何よりも辛いはず。


「剣を捨てろ。この娘がどうなっても知らねえぞ」

「ぐっ……卑怯者!」


 スフィが突きつけていた剣先が僅かに下がる。


「あがっ!」


 その途端に、髭の男が立ち上がって、スティの横っ面を殴りつけた。

 倒れたスティのお腹を踏みつけると、憎悪に燃えた顔で彼女を見下す。


「形勢逆転だな」


 髭の男はにひひと嫌らしくせせら笑う。

 こいつら、小さな子や女の子相手に、なんてことを!

 ……許せない!


「手間取ったな。おい、こいつらを連れて行くぞ。その娘も縛っておけ!」


 倒れていた男の一人が命令を受けてゆらりと立ち上がる。

 まだダメージが残っているのか下腹部を押さえながら私に近づいてくる。

 私は男に向かって手を突き出し、叫んだ。


っ!」


 掌から放たれた火球が男の顔面に直撃する。


「あっ、あぎゃあっ!」


 男が燃える頭を押さえて転げまわる。

 大火傷しちゃうだろうけど、自業自得だ!

 私も怒ってるんだから!


「こ、こいつっ!」


 ソフィちゃんを拘束している男と、スティを踏みつけている髭の男を交互に睨む。

 髭の男が棍棒を拾い上げようとする。

 私は即座に攻撃した。


っ、っ!」


 両腕を広げる。

 左右の掌から放たれた火球。

 流読みで照準をつけたそれは、大きく弧を描いてそれぞれの標的に迫っていく。


 一方の火球がソフィちゃんを捕らえている男のナイフに命中した。

 男は熱さに耐え切れずにナイフを落とす。

 その隙にソフィちゃんは男の手を振りほどいて自力で逃げ出した。


 髭の男は顔を焼かれ、最初の男と同じように顔を手で押さえて暴れた。

 スティが離れたのを確認して、私は集中を解く。

 彼らを包む炎が煙のように消える。


「ヤケドしたくなかったら、大人しく捕まりなさい」


 決まった! 私カッコいい!

 なんて言ってみたものの……

 や、やりすぎたかなっ。


「テメエ……よくも」


 髭の男が顔を抑えながら立ち上がる。

 うわ、火傷が痛々しい。

 う、動かない方がいいよ。


 ううん、女の子を殴ったり、小さい子を人質にとるような悪いヤツラには、これくらいの罰は当然だ。

 私がやらなかったら、スティもソフィも殺されていたかもしれない。

 女の子にひどいことをするやつは許さない!


「……わかった、降参だ。だがその前に、そいつの手当てをさせてくれ。このままじゃ死んじまう。薬草を持ってるんだ」


 髭のリーダーはそう言って、倒れている仲間を指差した。

 スティに斬りつけられた団員は、さっきからずっと血を流したままうめき声を上げている。

 たしかに、放っておいたら危険かもしれない。


「いいけど、手当てが終わったら大人しく自首しなさいよ」


 いつでも術を撃てるよう意識を向けながら、私は髭の男の動きを見張った。

 髭の男は懐から小瓶を取り出し、けが人の患部に当てる。


「ほら、こいつを飲め。すぐ元気になる」


 うつろな目の怪我人の口を無理矢理開かせ、何かの液体を飲ませた。

 薬草じゃなくて、飲み薬? 

 いや、まさか……


「そして、あの女をぶっ殺せ!」

「あっ、あぐっ? た、隊長うううおあああああっ!」


 しまった! あれは人間をエヴィルに変える悪魔の薬だ!

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