69 牛頭魔人と魔蜘

「ふざけないで!」


 今度こそ予想外だったのか、叩かれた手の甲を押さえながらアンビッツは目を丸くしていた。

 私は恐れることなく睨み返した。


「私は覚悟を決めてフィリア市を出てきた。簡単に戻れないこともわかっている。けど、あそこに住む人たちまで見捨てたわけじゃない!」


 フィリア市では大切な人たちが今も変わらず暮らしている。

 友だち。クラスメート。先生。近所の人たち。

 無邪気で可愛い汚れを知らないたくさんの子どもたち。

 それから一応、男手ひとつで私を育ててくれたお父さんも。


「私の友達や大切な人の幸せを踏みにじるっていうなら、私があなたをやっつける! 自分たちのことしか考えていないのはそっちだ!」


 怒りのままに想いをそのままぶつけると、両手を突き出し「」の掛け声とともに火球を放った。

 私の手から撃ち出された火球はアンビッツ目掛けて真っ直ぐ向かう。

 けれど直前で割って入ったクインタウロスの背中がそれを防いだ。


「良いのか? ジュスティツァ青年の未来は永久に閉ざされるのだぞ?」


 巨体の影からアンビッツが言う。

 ふん、こそこそ隠れちゃってさ。

 私の攻撃を防いだのはあなたの力じゃないんだからね。


「ジュストくんだってあなたたちみたいな悪党に手を貸したりしない!」


 自分の生まれた村を守るために輝攻戦士を目指したジュストくんは、少なくともこいつらなんかよりもよっぽど力を持たない人たちのことを考えていた。

 安易に子どもを人質にするような奴らなんかに手を貸すわけがない。

 こいつらの言う事を受け入れてしまえば私自身が二度とジュストくんに顔向けできなくなってしまう。


「交渉は決裂か。ならば発展途上のその力、脅威となる前にここで摘み取ってくれるわ!」

「やってみなさい! 天然輝術師である私を簡単に倒せるなんて思わない事ね!」


 大声で啖呵を切る私。

 後先を考えないのもここに極まれり。

 でも無謀な事だとはわかっていても、こいつらだけは絶対に許せない!


 とはいえ私だけじゃどうにもならない。

 まずはダイを治療しないと。

 私はポケットを探り薬草を取り出した。

 ファースさんからもしもの時のために少量だけ預かっておいたもの。

 軽く絞って葉液を滴らせダイの腕に添える。

 気休め程度だけど何もやらないよりはマシだ。


「おい」


 ダイは小さく呟いて私の腕の中から抜け出した。

 剣を握り締めふらつく足で立ち上がる。


「治療なんかいい、離れろ」

「ま、まだ動かないほうがいいよ」


 怪我は浅くはないし、もしかしたら腕が折れているかもしれない。

 薬草だって当ててすぐに効果がでるわけじゃないし。

 こうしている間にも激痛を感じているに違いない。

 ほら、すっごく痛そうな顔をしてるじゃない。


「あいつらを倒すんだろ。オレが寝ててどうするんだ」

「無茶だよ。その怪我じゃまともに戦えないよ」


 ダイは拳を握って私の二の腕に触れると自信ありげに笑って見せた。


「さっきは見直したぜ。その度胸と根性をあいつらにもう一度見せ付けてやれよ」

「いや……自分で言っておいてなんだけど勝つのは無理だよ」

「……おい、褒めたそばから弱気になってんじゃねーよ」


 私の唯一の攻撃を食らってもあのクインタウロスというバケモノはビクともしない。

 ダイもこんな状態じゃやっぱり隙を見つけて逃げ出した方が良い。


「聞け、あのでかいのはオレが必ず仕留める。オマエは……」


 ダイが作戦を耳打ちする。

 彼は簡単に作戦を説明した。

 全く逃げるつもりがない彼を無理矢理連れ出すよりは言うとおりにした方がいいかもしれない。

 しぶしぶながら彼に賭けることにした。


「わかった。けど無理だと感じたらすぐ逃げるからね。その時はちゃんと私を守ってよ」

「絶対に成功させる。失敗した時の事なんか考えるな」


 まるっきり言う事を聞いてくれない!

 けど一度はやられた彼がここまでいうんだから。

 信じてみる価値はあるかもね。


「それじゃ……行くぞっ!」


 掛け声と共にダイが駆ける。

 向ったのは蜘蛛のエヴィルの方。

 彼が地面を蹴ると同時に私は離れた場所にいるクインタウロスに向けて火球を放った。


!」


 蜘蛛のエヴィル、アラクネーが体を小刻みに震わせる。

 そのお尻の部分からダイに向けて針を飛ばす。

 数発の飛来物をダイは左右のステップでかわしていく。


「バカめ! 黙って見ているとでも思ったか!」


 アンビッツが叫ぶとクインタウロスがダイの背中を追いかけ走る。

 先行した私の術は防御する素振りすら見せない。

 実際に火球は横腹にぶつかったけどまるでダメージを与えていない。

 巨体に似合わぬ速度であっという間にダイに追いつくクインタウロス。


 今だ!

 私は決められていた作戦通りにもう一度術を放った。


っ!」

「なっ!」


 私が放った火は真っ直ぐに銀髪の狼雷団団長に向っていく。

 まさか自分が狙われるとは思っていなかったんだろう。

 避けようとしても『目』で狙いを定めた私の攻撃は狙いを逸れずアンビッツを追いかける。


「おい、私を守れ!」


 とっさに巨体を呼び戻そうとするけれど、すでにかなりの距離が離れていたクインタウロスは間に合わない。

 命令に従って振り向いたことが命取りとなった。

 ダイは進路を変えクインタウロスへと向かう。


「はあああっ!」


 気合一閃。

 ダイの強烈な横薙ぎがクインタウロスの顔面を真一文字に切り裂いた。


「ぐぎゃあっ!」

「ゴオオオッ!」


 アンビッツとクインタウロスの絶叫が重なる。

 火球はアンビッツの左腕に炸裂して燃え上がった。


 裏切られたとは言え一時は仲良くしていた人を攻撃するのは気分が良いモノじゃない。

 けど後ろめたい気分になっている場合じゃない!


! ! !」


 私は続けざまに火を放つ。

 次の狙いは後ろからダイに攻撃を仕掛けようとしていたアラクネー。

 一度で終わらせず二発、三発と連続して術を撃つ。


「キャオオオォォォォォ!」


 いくつもの火球がアラクネーの体に激突し燃え上がって大きな炎になる。

 羽虫のような甲高い叫び声が当たりに響いた。

 よし、こいつになら攻撃は通じる!


! !」


 あの針が飛んできても当たらないよう左周りに走りながらさらに連発。

 『目』で照準を合わせた火球が次々と命中していく。


「うおおおおおおっ!」


 ダイが走る。

 一気に間合いを詰める。

 飛び掛かり剣を振り下ろす。

 ダイのゼファーソードがすでに朽ちかけていたアラクネーの体を両断した。

 蜘蛛のエヴィル、アラクネーは灰色の粒となって霧散した。




   ※


 アンビッツを狙ってクインタウロスの気を引き付ける。

 その上でまずは蜘蛛の方をはさみうちで仕留める。

 ダイの考えた作戦通り!


 隙を衝かれた形になったクインタウロスも倒せこそはしなかったけれど目を傷つけられ視界を失っている。

 がむしゃらに腕を振り回す牛頭の巨人。

 あてずっぽうの攻撃は見当外れな場所で空を殴っていた。


「次はテメエだ!」


 暴れ回るクインタウロスをダイが背後から強襲する。

 腕を振り回して抵抗するもダイはそのすべてをかいくぐる。 

 攻撃を当て、距離を離し、また攻撃。

 何度も何度も斬撃を繰り返す。

 一撃で倒す事はできなくても少しずつダメージは蓄積していく。


「トドメだ!」


 ダイが跳び上がる。

 体重を乗せた一撃をクインタウロスの脳天めがけて振り下ろした。


「ブウゥゥゥオオオオオォォォォォーン!」


 頭を半分ほどかち割られた牛頭のエヴィル。

 この世のものとは思えない絶叫を上げ私は思わず耳を塞いだ。

 断末魔の叫は耳をつんざくほどなのに、どこか悲しげな色があった。


 他のエヴィルはともかく私は彼女が人間だったときの姿を目にしている。

 最期の姿に胸が締め付けられるようだった。

 クイントの女輝士だったシミアはもうこの世にはいない。

 あれは彼女の犠牲の後に現れた単なる怪物。

 そう自分に言い聞かせながら、私は散っていく彼女の姿を見つめ続けた。

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