65 アジト強襲

 剣を振りかざし、廃墟の中をダイが駆ける。


「な、何だこのガキ!」

「侵入者だ! 援軍を呼べ!」

「慌てるな、相手はたった二人――ぐはっ」


 よそ見をした団員を殴り飛ばし、ダイは次の敵に向かっていく。

 武器を持った大人相手にもまったく恐れは見せない。

 彼は瞬く間に五人を倒してしまった。


っ、っ!」


 私はそれを援護するように後ろに控えている敵の持つ武器めがけて術を放っていく。

 意識を集中させた『目』で狙いを定めて撃った火球は正確に命中。

 武器を取り落とした団員をダイが楽々と打ち倒していく。


「ひゅう、こりゃ楽だ」


 あっという間に周囲の敵を全滅させたダイは軽く口笛を吹く。


「油断しないで。どこにまだ敵が潜んでいるのかわからないんだよ」

「オマエこそ、気を抜いた瞬間グサリなんてならないように気をつけろよ」


 私はぐっと親指を立てた。

 心配無用。

 ここは狼雷団のアジト。

 そこはかつて人々が暮らしていた形跡が残る町の成れの果てだった。

 盗賊のアジトなんていうから暗い穴倉か木造の小屋なんかを想像していた。

 大人数が暮らすならやっぱり町がいいってことかも。


 石造りの家々は長い間雨風に晒され続けたのか、原型を保っている建物はほとんどない。

 風化しているところも多々見られる。

 町自体の規模は小さく端から端まで見渡せてしまえる程度。

 ヴィチナードの町より少し広いくらい。


「本拠地の割に意外と見張りが少ないね」


 門番以外では町に入るなり襲ってきた敵と、たった今やっつけたメンバー合わせて十人ちょっと。

 この程度の規模なら輝士団が攻撃すれば簡単に壊滅できそうだ。


「あちこちで活動してるんだ。こいつらは留守番役のザコだろ」


 ダイの言うとおり別行動してるやつもいるんだろう。

 あのスカラフとかいう老人の姿も見えない。

 それにエヴィルもまだ出てきていない。


「アジトなんだからヒミツの倉庫や研究所なんかもあるかもしれないな。他の奴らが戻ってくる前に探索してみるか?」

「ヒミツの倉庫?」


 そうだ。きっとそこは病気の秘密や治療の手がかりがあるかもしれない。

 ダイは敵の壊滅が目的だけど私たちはそれを探すのが第一なんだから。


「ほら、言ったそばからお出ましだ」


 ダイが指差した方向を見る。

 狼ジャケットを着込んだメンバーが立っていた。

 その横に奇妙な生物がいる。


 一見するとヤギのような白い体毛に覆われた動物。

 プラスして絵画で見られる悪魔のように尖った角があって、顔全体が夥しい数の目で多い尽くされている。

 まっとうな生物じゃないことは一目瞭然。

 とうとう出てきた、エヴィルだ!


「行けプロバトン! 侵入者を抹殺しろ!」


 傍らの男が命令すると、羊……なのかな?

 プロバトンとか言う頭に四つの角がある白い毛のエヴィルが猛烈な勢いで突進してきた。

 外見に似合わず俊敏な動き。

 羊毛の中に隠した腕――肌色の気色悪い腕! を振り上げた。

 その手には子どもの背丈ほどもある槍を握っている。


 フィリア市で見た異形の魔犬キュオンを思い出す。

 このエヴィルも元は人間だったのかもしれない。

 もしかしてこいつらがエヴィルを飼い慣らせている理由って……


「行くぞ! 恐かったら端っこで震えてろ!」


 ダイがゼファーソードを握り締め輝攻化武具の力を解き放った。

 全身が光の粒で覆われ輝攻戦士へと変身する。

 私は悪い想像を振り払って戦いに集中する。


 地面を蹴り低空を滑空するような飛翔で一気に接近。

 迫るプロバトンをすれ違い様斬りつける。

 羊毛に包まれた胴体が大きく仰け反る。

 一撃で終わらない。

 敵の背後に回ったダイは連続で攻撃を繰り出す。


 以前は超人的な力としか移らなかった輝攻戦士の動き。

 それが『目』をこらした今の私にははっきりと見えた。


 攻撃の瞬間、ダイは武器を通して輝力を敵の体に送り込んでいる。

 邪悪な力で守られた防御を貫いてエヴィルの体に直接ダメージを与える。

 輝力を受けて硬直しているエヴィルに二発目、三発と剣を振るう。

 三発目を送った瞬間、ダイが纏う身体の光が一瞬だけ薄くなる。

 それと同時にダイは跳び下がって距離を取った。

 すぐにゼファーソードから輝力が供給される。


 輝攻戦士は攻撃に輝力を乗せているんだ。

 それを消費し尽すと、新たな輝力が供給されるわずかの間だけ無防備になってしまうみたい。

 一見すると無敵に見えるけど、わずかな隙があるとわかる。


 だったら私のやることは援護だ!

 雄叫びを上げて反撃に転じようとするプロバトン。

 その顔を『目』で見据えすぐに火のイメージを投げかける。

 これまでの実践で一連の動作を二秒ほどでこなせるようになった。


っ……っ……っ!」


 連続で三発の火球を放つ。

 拳大の火の塊が次々と羊毛に覆われた皮膚に命中する。


「ブゥホオォォォォン!」


 火球に身を焼かれたプロバトンは叫びながらめちゃくちゃに暴れた。

 ダイが飛び上がって剣を下向きに構える。

 落下の勢いを加えた一撃が羊のエヴィルの脳天に突き刺さる。


 この世のものとは思えない断末魔の声を上げてエヴィルの姿が霧消する。

 カランと乾いた音を立て血のように赤い宝石が転がった。


「ば、バケモンだ!」


 切り札のエヴィルを倒されたことで残った団員たちが一目散に逃げ出した。

 やったあ、大勝利!

 でも女の子に向かってバケモノはないと思う。


「ふわぁ、本当にエヴィルをやっつけちゃった」


 けど驚いているのは私もだ。

 自分たちの手でエヴィルを倒したのがいまだに信じられない。

 トドメを差したのはダイだけど、私の輝術も役に立ったよね?

 少しくらいうぬぼれてもいいよね? 


「私、つよいかな。ちゃんときじゅちゅ」


 ほっぺた肉がいたい!


「き……輝術師っぽかったかな」

「その喋り方さえ何とかすればな」


 ダイはすでに輝攻戦士モードを解除していた。


「それとあの掛け声やめろ『ひっ、ひっ』て。面白くて笑いそうになる」

「し、しかたないじゃない。言わなきゃうまく術が使えないんだもん」


 いつかイメージを連想させるちゃんとした術の名前を考えよう。


「はいはい。お子様はたいへんだね」

「誰がお子様だっ。年下のくせに! 背も同じくらいのくせに!」

「黙れピンク頭」

「ばか! ばかばかばか!」


 ひとしきり罵りあった後、ダイはふいに真面目な表情に戻る。


「さ、次の敵を探すぞ。こんな程度じゃもの足りねーよ」


 これだけやってまだ暴れ足りないのか……

 ともあれここは敵地のど真ん中。

 いつまでもバカなことをやってる場合じゃない。


 だからってワザワザ敵を探したいとは思わない。

 私は敵の全滅が目的じゃないし。

 ダイの欲求不満に付き合ってやる義理もない。

 まあ一人でいるところを敵に襲われても困るし。

 とりあえずは安全のために一緒に行動しよう。

 病気を治すための情報を探すのは危険がないと判断してからの方がいい。


「誰かいる」


 ダイの声に振り向くと建物の影から一人の人間が姿を現すのが見えた。

 人間だ。エヴィルじゃない。

 狼のジャケットを着込んでいる長い金髪の女性だった。

 どうやら彼女もこちらに気づいたようだ。


「お前たちが侵入者か」


 低い声で言う。

 目つきは油断ならず、手は腰の剣の柄に掛かっている。


「ああそうだぜ」

「ならばここで死んでもらう! インパルスブレイドよ、力を解放しろ!」


 女性は腰の剣を抜いた。

 瞬間、彼女の体が光の粒に包まれる。

 輝攻戦士だ! とすると彼女の持っているのは、


輝攻化武具ストライクアームズか!」


 叫びつつ、ダイも剣の力を解放して輝攻戦士モードに。

 次の瞬間にはもう二人は互いの武器で切り結んでいた。

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