63 コツをつかみました

 体中がズキズキする。

 間違って包丁で指先を切ったときみたいなヒリヒリする痛み。

 それが全身、特に両腕と両足の負傷を伝えてくる。


 ……?

 勢いをつけてはね起き上がる。

 確かに体中ヒリヒリするけど思ったほど痛くない。

 所々に擦り傷ができているくらいで、体がぐちゃぐちゃになったり骨が折れていたりはしない。


 私、助かった?

 あの高さから落ちて?

 途中で意識が途切れたからどうやって助かったのかは覚えていない。

 別に茂みの中に落ちたとかでもなさそうなのに……


 辺りはもうすっかり夜になっていた。

 見上げると木々の隙間から夜空が覗く。

 星はあまり見えない。

 やけに明るく暖かいと思ったらすぐ側でぱちぱちと火が燃えていた。

 焚き火?


「目ぇ覚めたか」


 火の向こうに座り込んでいたのは……。


「ああーっ、あなた」


 山で別れたはずのキリサキダイゴロウことダイ少年だった。

 枯れ木を火にくべて何かのお肉を焼いている。


「なんでこんなところにっ」

「そりゃこっちのセリフだ。でかい音がしたと思って来てみたらオマエがここに倒れてたんだよ」


 うっ。


「それは話せばいろいろと複雑な事情が……」

「どうせまた無警戒に一人で行動して崖から落ちて離れ離れになったんだろ」

「ち、違うし。不可抗力だし。あなたこそたった一人でなにやってるの? ここがどこだかわかってるの? 輝士団も恐れる大盗賊団の根城なんだよ」

「オレは用があるんだよ。その大盗賊団の根城にな」


 な、なんですって? 

 それってつまり……狼雷団の関係者ってこと?

 うわあっ、敵から逃げたのにまた敵に捕まったぁ。


「あなた狼雷団だったのね!」

「オマエちゃんと考えて喋ってるか? 山じゃ一緒にヤツラと戦っただろーが」


 ああっ、また年下にバカにされた!

 けどそういえばそうだね。

 この子と狼雷団は敵同士だった。


「じゃあ何でこんな所に?」

「決まってんだろ、狼雷団をぶっ潰しに来たんだよ」


 はあっ?


「あなた一人で?」

「もちろん。仲間なんていねーし」

「いくらあなたが強くても向こうにはエヴィルがいるんだよ」

「オレにはこれがある」


 そう言ってダイは腰に差した剣……

 ええと、たしかゼファーソードとかいう輝攻化武具を掲げて見せた。

 これは持ち主に輝攻戦士の力を与えてくれる伝説の武器。

 前の山中ではこれのおかげでなんとかピンチを切り抜けた。

 たしかに無茶とは言い切れないかもしれない、けど。


「いくらなんでも一人じゃ……」

「大変だろうと行かなきゃいけない理由があるんだよ」


 ダイの顔は真剣そのものだったので私はそれ以上口論を続けるのをやめた。


「ってことで悪いが一人で帰ってくれ」


 ぱちくり。

 私は目を見張った。

 え、なに。

 こんなどこだかもわからない場所で一人きりにするの?


「やだ! 一緒にいて!」

「ワガママ言うんじゃねー。オレは急いでるんだよ」


 けどけど、こんな所でほっぽり出されるのは嫌だよ。

 どんな猛獣がいるかもわからないし。

 また狼雷団に鉢合わせしちゃう可能性だってあるし。

 そうなったら今度こそ助からない!


「せめて私の仲間を見つけるまでさ」

「自分で探せ」


 むう、本当に冷たいやつ

 こうなったら大声でビッツさんたちを呼んで回ろうか。


「一応忠告しとくけど、大声で仲間を呼ぶのはやめておいた方がいいぞ。狼雷団の見張りがうろついてるからそっちに先に気付かれるのがオチだ」


 うっ。

 じゃあどうすればいいのよぅ。

 ……まてよこの子、狼雷団をやっつけに行くって言ったよね。


「あなたひょっとしてファースさんの言ってた新人輝士の人?」

「ファース? 新人輝士? 何のことだ?」


 ちがった、どうしよう。

 ファースさんたち私がいなくなって探してるだろうなぁ。

 狼雷団がうろついてるなら下手に歩き回って探すのは自殺行為だし……。

 そういえばこっそりとアジトに潜入するって作戦は結局失敗だ。

 そもそも私たちが馬車で近づいているのもバレてたわけだし。

 そうすると一度体勢を立て直すために戻ったことも考えられる。


 いやでも、動きがバレている以上狼雷団はどんな行動を起こすかわからない。

 盗み出されないために病気の治療法を隠すかもしれないしアジトを変えるかもしれない。

 そう考えればむしろ急いで病気の原因を調べに向かうんじゃない?

 

 そのパターンならこのままアジトに向かった方が合流できる可能性が高い。

 少なくともダイとは一緒に行動できる。

 よし、私もアジトを目指す。

 それも強力な護衛付きで!


「仕方ないわ。私があなたを手伝ってあげる」

「寝言は寝てから言え」


 とりつくしまもない!

 いや足手まといと思われてるなら仕方ないことだけど。


「ふ、ふふふ。なら教えてあげましょう。この前は隠していたんだけど、実は私は輝術師なのです」

「そうかよかったな。じゃあ無事に帰れるだろ」

「だから手伝ってあげるって言ってるの!」


 ダイが顔をしかめる。

 いい加減に不機嫌になってきたらしい。

 私もだけど。


「さっき言った言葉をそのまま返すぞ。相手は泣く子も黙る盗賊団だ。エヴィルもいる。いくらオレが強くても小娘を守りながら戦うのはちょっとばかりキツい」


 小娘って言った!


「だ、だから私は足でまといにならないもん」

「そーか。じゃあ後ろのそいつらを倒して証明してくれ」


 ダイが私の背を指差す。

 じゃじゃ、と茂みが揺れて何かが現れる。

 わあっ、何でこんな所に!

 さっき私をさらって走った二人組!


「見つけたぜ……」

「よくも手こずらせてくれたな」


 長い間私を探し回ったみたい。

 その顔には怒り以上に疲れが見て取れた。

 っていうかダイはこいつらに気付いてたの?


「どうした? そんな奴らザコのザコだぜ」


 余裕の笑みさえ浮かべて私をからかうダイ。

 彼にとっては私の結果を見てからでも問題にならない相手ってことだ。

 いざとなったら助けてくれるかもしれない。

 けど……証明しなきゃ。

 私が役立たずじゃないってこと。


「なんだと、このガキ」

「関係ない奴は放っておけ。いいからまずはそっちの娘だ」


 男がその手に持った三日月刀を大きく振りかぶる。


「命令は生かして連れて来いってことだったが、こうなったら腕の一本でも切り落とさなきゃ気が済まねえ。さっさと片付けちまうぞ」

「ひっ!」


 直接的な表現に思わず短い悲鳴を上げる。

 その瞬間、体の奥からふいにあの感覚がわき上がってくる。

 特訓のときを遥かに上回る明確な光の欠片。

 何かが燃え上がる派手な音がした。


「わ、わっちゃちゃああああーっ!」


 敵に向けた掌から拳大の火球が生じ盗賊の頭に炸裂した。

 髪に火が燃え移り慌ててあちこちを走りまわる。

 ……できた。火の玉。

 攻撃力のある火の輝術。


 ほとんど集中もしていないのに、どうして?

 ふと考える。私、さっき何て言った?

 振り上げられた刀にびっくりして「ひっ」て言った。

 ひ、火。


 言葉は最も具体的にイメージを固める手段だから。

 それはファースさんの言葉。


 ――術のイメージはできてる。ならキーワードでそれを呼び出せば良い。


 そう、輝言を唱えるなんてほどのものじゃなく引き金とするための術名。

 むしろ聞きなれない古代語よりも実際に意味の伝わる共通語の方がイメージしやすいみたい。

 よーし自信出てきたぞ。


 今のが偶然じゃないことを証明する。

 今度は落ち着いて心の中に火をイメージ。

 松明……いや、今も後ろで燃えている焚き火を頭の中に描く。

 体の中、光の欠片を集めてかざした手の先に集中する。

 相方がやられたことに戸惑っているもう一人の狼雷団員に向けて思いっきり言葉をぶつける。


っ!」


 闇を照らす炎がまた一つ発生した。

 それは確かな熱を持ち、頭くらいの大きさの塊になって飛んでいく。

 見事に敵の体にヒット!


「ぐわああああっ!」


 焼け焦げる衣服を慌てて脱ぎながら狼雷団の二人はがむしゃらに走り回る。

 必死になって火を消そうとするけど上手くいかない。

 だ、大丈夫かな。

 上手くいったのはいいけど大火傷させちゃ流石に可哀想かも。

 っていうか殺しちゃったら……


 私が不安に思っていると彼らに纏わりついた火が煙のようにスッと消失した。

 ああ、そうか。輝力が変化した火だから自分の意志で消すことも可能なんだ。

 人間を燃やしちゃまずいもんね。

 なんてのんきに思っているとナイフを持った方の男が血走った目でこっちを睨んでいるのに気がついた。


「てめえ、よくも! 殺す殺す殺すッ!」


 その顔からは理性が剥がれ落ち、私を殺すことしか頭にないように見える。

 相手のことを気にするあまり火を消すのが早すぎた!

 ど、どうするどうする?

 もう一回火をぶつける?

 いやいやタダでさえ大火傷をしているのに、もう一度を当てたらショックで死んじゃうかも。

 さすがにヒトゴロシはしたくないし。

 幸いにももう一人の男はちゃんと気絶しているけどそのせいで止めてくれる相手はいない。


 ええい、自分がころされるよりマシだ!

 こうなったらもう一度!

 思い切って決意した直後。

 鈍い音が響いた。

 男が前のめりに倒れる。

 その背後には剣を握ったダイの姿。


「本当に輝術を使えるとは思わなかったぜ。この前はなんで隠してたんだ?」


 そっか、この子が加勢してくれるなら心配する必要はなかった。


「いろいろと訳があってあの時は使えなかったの」


 私の言い訳を聞いているんだか聞いていないんだか、彼は顎に手を当ててしばらく何かを考えていた。

 不意に私を見てなぜか嫌な顔をする。

 何を企んでいるのよ。

 かと思うとやたらと挑発的な表情で思いがけない事を言った。


「わかった一緒に来いよ。そのかわり邪魔になったら置いていくぜ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る