54 私と、あなたと、
「脅かしおって。輝攻戦士の力など簡単に使いこなせるものでは――」
スカラフが振り向く。
走り出した私の気配に気づいたようだ。
「貴様……させるか!」
眼を閉じる。
ビッツさんの叫ぶ声。
スカラフが命令する声。
私は足を止めない。
止まったらやられる。
もう一度捉えられたら今度こそ絞め殺される。
風切り音。
とびつく。
頭上を何かが通り過ぎた。
私は眼を開けゼファーソードを拾い上げた。
「小娘が、貴様にそれが扱えるか!」
スカラフは杖をかざしたまま瞳には明白な戸惑いを映している。
ビッツさんと目が合う。
一瞬の躊躇い――振り切る。
「やあっ!」
ゼファーソードを力一杯握り締め意識を集中させる。
ジュストくんと隷属契約をしたときの感覚を思い出し輝力の流れを掴む。
奇妙な感覚が身体に湧き上がる。
私は地面を蹴った。
体が浮き上がる。
何かに引っ張られているような信じられないほどの大ジャンプ。
「なっ!」
全身に力を込め目を閉じて衝撃に備える。
背中から地面に落下した。
けどベッドから転がり落ちたくらいの衝撃で済んだ。
体を纏う光の粒が私の体を守ってくれた。
眼を開けると目の前には黒髪の少年の顔がある。
「これを!」
あっけに取られている彼に抱えていた剣を差し出した。
意図を汲み取った少年はゼファーソードをひったくる様に奪う。
「おおおおっ!」
咆哮。彼の周りを舞う光の粒。
輝攻化武具の力を解放し少年は再び輝攻戦士になる。
少年が飛ぶ。
スカラフとの間合いを詰める。
剣を振る直前デンドロンが命令も受けていないのに間に割り込んできた。
少年は勢いのままゼファーソードを突き出す。
剣はデンドロンの幹に突き刺さった。
甲高い断末魔の叫びを残してデンドロンは粒と化していく。
その巨体が完全に消えた後には橙色の宝石が音を立てて転がった。
「ラオ=バーク……おのれ、おのれぇ!」
咆哮ともにスカラフが飛ぶ。
輝攻戦士のそれとは違ってゆっくりと浮かび上がるように。
文字通り空を飛んでいた。
「貴様らは今から狼雷団の標的だ! 二度と安寧の時は訪れぬと知れ!」
怒りの形相でまくし立て小声で何かを呟き始めた。
次の瞬間にはその姿は煙のように掻き消え後には何も残らなかった。
なんとか……追い払えたの、かな?
※
スカラフの姿が消えた少しして少年がこちらに歩いてくる。
「ありがとう、また助けてもらっちゃった」
私の口から出て来たのは素直な感謝の言葉。
彼も目立った傷はなさそう。
押さえつけられていた所が赤くなってるくらいだ。
「け、怪我はなかった?」
無言で近づいてくるもんだから思わず上ずった声を出してしまった。
何か反応してよ。
「なんだ心配してくれてんのか?」
少年の口から憎まれ口がこぼれる。
そりゃいくらイヤなヤツだからって目の前で死なれたら困るし……
まあこうして無事だったからよかったけど。
「それでまだ私たちを襲うつもり?」
ビッツさんと目が合ったあの一瞬、私は少しだけ迷った。
輝攻戦士に不慣れなビッツさんよりこの子の方に任せたほうが確実に敵を倒せると思って、私は彼に剣を返した。
でもよく考えればつい数分前にはこの子も敵だったんだし。
果たしてその判断は正しかったのか……
「いや、もう探し物は見つかったからな」
そう言って少年はリキャが持っていたリュックを拾い上げる。
「いちおう礼は言っておく。お前のおかげで勝てたしな」
思わぬ言葉がでてきたので私は虚をつかれた。
へー、ふーん。
「な、なんだよ」
「お礼を言ってもらえるとは思えなかった」
なんだ素直に感謝できるんじゃないの。
「ま、よく考えりゃオマエがマヌケに掴まって邪魔しなきゃもっと簡単に勝ててたんだけどな」
「なに?」
「前も言ったろ。弱いんだからでしゃばるんじゃねー」
……前言撤回。
どうでもいいやもうこんなヤツ。
心配するだけ無駄だし。
「迷惑かけて悪かったな。それじゃオレはこれで――」
「荷物を奪おうとしといて『悪かったな』で済ませる気? 自分がやられて嫌なことを人にするなっ!」
「こっちも必死だったんだよい。腹が減って倒れそうだったし」
この自分勝手な言い様!
「とにかくオレは行くぜ」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ」
呼び止めたものの別にもう話す事はないことに気づく。
「なんだよ」
「え、えっと。まだ名前を聞いてなかったと思って」
別にこいつと別れるのが惜しいってわけじゃないよ。
ただ二回も縁があったんだし名前くらい聞いておきたいと思っただけ。
「私はルーチェ。あなたは?」
少年は少し考えるそぶりを見せたけどやがて素直に自己紹介を、
「
「何よその名前! 真面目に自己紹介してるんだからちゃんと答えなさい!」
キリサキダイゴロウ?
そんな変な名前があるか!
名乗りたくないからって適当な事いうな!
「ちゃんとも何もオレの本名だ。文句あるか」
「あるに決まってるでしょ! どの地方にそんなとぼけた名前があるのよっ」
「とぼけた名前だと……」
あ。怒った?
「オレの生まれた土地じゃ普通の名前なんだよ。バカにするんじゃねえ」
そういえば東国とかいう所か来たとか言ってたな。
なるほどミドワルトと違う文化圏なら聞き慣れない名前でもおかしくない。
「オレに言わせればそっちのが変なんだぜ。髪だって黒くないしよ」
腕を組んで文句を言うキリサキダイゴロウ少年。
そういう事情なら私が悪い。
違う地方出身だからってサベツしたいわけじゃないしね。
「ごめんなさい、えっと、キリサキダイゴロウくん」
「なんだ急にしおらしくなって。キモチワルイな」
人がすなおに謝っているというのに!
「呼ぶなら下の名前で呼べ。それとくんは余計だ」
下が名前?
ダイゴロウ、むーん。
それでもなんか呼びにくい。
「じゃあダイって呼ぶ」
彼の肩がぴくりと動いた。
数秒の間、無表情でこちらを眺め……表情を緩めた。
あ、この子こうやって普通に笑っているとちょっとカワイイかも。
「好きにしろ。それよりその格好は何とかした方がいいぜ」
そう言って私の身体を指差す。
何事かと自分の体を見下ろしてみれば……
きゃあ!
ノルドの町で買ったシャツとズボンがところどころ虫に食われたように破れてる!
きっとさっきの蔓からのヌルヌルが原因だ。
とくにズボンは腰から下が完全に溶け落ちて、ぱ、ぱんつが丸見え状態で……。
慌てて隠す私を見てダイはお腹を抱えて笑った。
「あははははっ」
「わらうな!」
やっぱりコイツは嫌な奴!
ああっていうか私、こんな姿で男の子の前にぃぃぃ。
「んじゃま、また機会があったら会おうぜ」
「ばかダイ! ばか、ばかばか!」
私の悪口を無視してダイはさっさと森の奥へと歩いていった。
「もうなんだったのよ。ねえビッツ、さ……」
最後まで不愉快だった少年の姿が見えなくなると私は前を隠しながら振り向いて――
フラフラで今にも倒れそうなビッツさんの姿を目にした。
「ビッツさん!」
その体がゆっくりと前のめりになり、糸が切れたように倒れた。
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