34 国外追放
魔霊山。
「それって、あのエヴィルの巣窟って言われてる……?」
「そうだ」
「そんな!」
その名前を聞いて怯えない人間はこの国にはいない。
世界中が混乱に陥った魔動乱は十五年前に終わった。
けれどその時に暴れ回ったエヴィルは煙のように消えたわけじゃない。
まるで何かに導かれるように人里離れた土地に逃げ込んでその場所を自分たちの棲家にしてしまった。
エヴィルの巣窟になった場所はいくつかあるけれど、その中でも最大級のものが魔霊山という場所。
そこには数万とも数十万とも言われるエヴィルが住んでいると言われている。
そんな所に行けだなんて……それじゃ実質的な死刑も同然じゃない。
「なんでそんなところに」
「簡潔に言えば国外追放だ。不当な洗礼を受けた疑いは棚上げされたが、街中で使ってはいけない力を行使したのは事実なのだ」
コクガイツイホウ……?
それってファーゼブル王国から出て行けってこと?
ダメだよそんなの。
だってジュストくんは輝士になるって言ってたもん。
今年で輝士学校を卒業して来年からはちゃんとした方法で輝攻戦士を目指すんだって。
なんでジュストくんがそんな目にあわなきゃいけないの?
彼はみんなを守ろうとしただけなのに。
「私、ジュストくんのところに行ってくる!」
「待て!」
椅子から立ち上がろうとした私の手をお姉ちゃんが素早く掴む。
「離して! 私が悪いんだから、私が罰を受けるから、ジュストくんの罪を取り消してもらいに行くんだから!」
「やめろ、彼の気持ちを無駄にしたいのか!」
私はベラお姉ちゃんを真っ直ぐに睨み返す。
「どういうこと?」
「彼は取り調べの際にお前の名前を一切口にしなかった。隷属契約を交わしたことが明らかになれば間違いなくお前も罰を受ける。それどころか全体的に罪も重くなり、最悪二人とも死罪になる可能性もあるんだ」
膝の力が抜ける。
私はその場にへたり込んだ。
やっぱり甘かった。
知らなかった、隷属契約がそんな悪いことだなんて。
ううん私のことはどうでもいいの。
ジュストくんの夢を適えてあげたかっただけなのに。
それどころか奪ってしまった。
あと少しで念願の輝士になれたはずだったのに。
私が余計なことをしなくても後から来た衛兵がエヴィルを退治してくれたかもしれないのに。
「どっちにしても手遅れだ。彼は昨晩フィリア市を発っている」
ポタリと床に水滴がこぼれる。
悔しくって情けなくって自分が許せなくって、静かに涙を落とし続けた。
もういやだ。このまま涙に溺れてしまえばいいのに。
「ジュストくんは、戻って来れるの……?」
死刑じゃないならいつか戻って来れるんじゃないか。
そんな甘い期待を抱きながら私は尋ねた。
「……難しいだろう。よほどのことがない限り一度決まった罰が撤回されることはない」
「それじゃ、やっぱりもう戻ってこられないの?」
ベラお姉ちゃんが視線を逸らした。
それが答えだって私は理解した。
そう、そうだよね。
そう簡単に戻ってこれるんじゃ罰にならないもん。
私って、マヌケだ。
そんな簡単なことも言われるまで気がつかなかったなんて。
「……ひとつだけ、方法がないこともない」
ベラお姉ちゃんの言葉に私は俯いていた顔を上げた。
お姉ちゃんはこちらを見ずに窓を眺めながら呟くよう言った。
「大賢者グレイロード様の名前は知っているか?」
「五英雄の?」
大賢者グレイロード様は魔動乱を終わらせた五英雄の一人。
現在はエインシャント神国輝術師団長を努めているという。
五英雄はそのほとんどが行方不明、死亡、隠居と魔動乱後に姿を隠したけれど、その中にあって戦後もっとも活躍したと言われる人。
「大賢者様はミドワルト各地に研究施設を持っている。魔霊山のあるクイント王国にもそのひとつがあるはずだ。例年ならば今の時期はちょうどそちらに滞在しておられると聞く」
「その大賢者様が何の関係があるの?」
「大賢者様は古今東西あらゆる輝術に精通しておられる。また新代エインシャント神国は五大国の中で唯一天然輝術師に対する罰則がない。ひょっとしたら隷属契約を解除する方法も知っておられるかも――」
私はテーブルを叩きつけて立ち上がった。
「待てルーチェ!」
リビングを出て行こうとした私をお姉ちゃんが引き止める。
強く握られた手首が痛い。
でも、それよりもっと痛いのは彼の事を思うと張り裂けそうな胸の方。
「離して!」
私は掴まれた腕を振り払おうとした。
けれどお姉ちゃんの方がずっと力強くて敵わない。
「大賢者様に頼めばなんとかなるかもしれないんでしょ! だったら私が行ってお願いしてくる!」
「無茶だ! 外壁の外の危険さは知らないわけではないだろう!」
「そんなの構わない! 危険なんてなんでもない!」
「大賢者様の研究施設の場所は誰も知らない! 仮に見つけたところで話を聞いてくれる保障はないんだぞ!」
「だったら探す! それで、一生懸命たのむ!」
「正当な理由なく都市から出るのは不可能だ! さっきも言ったが彼と隷属契約を交わしたことが知られれば二人とも処罰される可能性もあるんだぞ!」
「けど、けどっ」
返す言葉が見つからなかった。
涙があふれて止まらなかった。
「……すまない。余計なことを言って期待を持たせるべきじゃなかった」
どうして私はこんなに悲しんでいるんだろう。
ジュストくんに会えなくて悲しいから?
それもあるけど、それ以上に自分のせいで彼を不幸にしてしまったことが辛い。
せっかく好きになったあの人に二度と会えないのが辛い
死刑なんて怖くない。
私はただ彼のために何かをしてあげたい。
なのに、それすらも敵わないなんて。
無力な自分がどうしようもなく悲くて、悔しくて……
「えぐぅ、えぐっ」
「私はもう行くよ」
床に蹲って嗚咽を漏らす私にお姉ちゃんは遠慮がちに声をかけた。
私は顔を上げず返事もしなかった。
私の肩に何かふわりとしたものがかけられる。
多分、お姉ちゃん愛用の白いマント。
「もう日も暮れる。風邪をひくから元気が出たら部屋に戻るといい」
元気なんか出るはずない。
風邪をこじらせてこのまま死んじゃったほうがマシだ。
「マントはまた帰りに取りに来るからそれまで預かっていてくれ。内ポケットには輝士証も入っているから失くさないでくれよ」
私は思わず顔を上げた。
ベラお姉ちゃんは優しい表情で私を見ている。
「輝士証があれば兵舎に入れる。輝動二輪を借りることもできるし、輝士通用門から市外に出ることも
「えっと、それって」
「輝士通用門は出入管理を行っていないから普通は市民が利用することはない。だが兵舎の中に入ってしまえば通り抜けるのは難しくはないだろう」
私は手探りで内ポケットにある長方形のカードの感触を確かめた。
「旅をする上でもなにかと役に立つはずだ。明日は王都での祭典のために一時的に兵舎の人間が少なくなるから、明け方なら兵舎に忍び込むのも容易なはずだ」
「お姉ちゃん……」
「大賢者様は高潔で立派なお方と聞いている。真摯な気持ちによる願いならきっと聞いてくださることだろう」
いくら私でもここまで言われてお姉ちゃんの厚意に気づかないほどバカじゃない。
「……いいの?」
「命を捨てても構わないと思うほど大切な人の力になりたいのだろう?」
お姉ちゃんは慈愛に満ちた優しい、けれどどこか少し悲しげな表情で私の目を真っ直ぐ見た。
「それじゃまた、気をつけて」
最後にそう言うとお姉ちゃんは部屋を出て行った。
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