第5話 平穏な航路

ワンが操船室に戻ると、船長のラブが既にぐっすりと眠りこんでいる音が聞こえてきた。スースーと静かな寝息が、より静まりかえっている操船室に響いている。起きている時の迫力とまるで似つかわしくないその音に、ワンはホッとひと安心をする。

船長が寝ているということは、船は問題なく飛んでいるということだ。


そのままエフトとライトがいる操船席まで歩いてゆくと、そこに座る二人に小さく声をかけた。


「あとどれくらいで着きそうかな?」

「そうねぇ……、ワンちゃんの場合だと、しっかり食事して戻ってくる程度かな」


エフトがそう囁くように答える。ワンは笑って頷いた。


「わかった。じゃあ今のうちに食事を摂ってくる。君たちも交代交代で食事にするかい?それとも何か摘まめるものを作って持ってこようか?」


ワンがそう聞くと、エフトが嬉しそうに答えた。


「僕、摘まめるもの!」

「じゃあ、俺も」

「わかりました。では行ってきます。」


そう言うとワンは、再び後部の扉から出ていった。


エフトもライトも、責任感が強いからか航海中はなかなか操船席を離れようとはしない。このチームより前に乗った船の乗員は、自動航行に任せるとさっさと席を離れることが多かった。異常事態に陥ることの少ない系内航行とはいえ、同乗者としてはそれでは少しばかり心許ない。急な異常事態に対しての反応がかなり遅れてしまうからだ。

このチームに巡り逢えてよかった、と口に出して言ったことはないが 、ワンはそう思っている。

 

ワンが出て行きしばらくすると、自室に寄ってきたのだろうかシオルが、操船室へと戻ってきた。自席に戻り端末を上げると、何かをカチャカチャと打ち込みはじめる。打ち込みながら、今度は首を傾げはじめた。そうして目が前を向き、そのまま隣を見る。そこで気がついて声をあげた。


「あれ?ワンは?」


ようやく、隣の席に座っているはずの者がいないことに気がつく。そのシオルのつぶやきが聞こえたのか、操船席に座るエフトが小声で返事をした。


「食事をしに行ったよ。ついでに僕達の分の摘まめるものを持って来てくれるって」

「ああ、そう」


シオルがそう素っ気なく答えると、エフトが今度は冷やかすように言った。


「シオルちゃん、下で何話してたの?」


ぐふふふっとゲスな笑い声まで聞こえてくる。シオルは呆れて返事をしないことにした。


「あれ?無視?……それは切ないなぁ」

「馬鹿なことを聞くからです。なんですかその質問は。幼い子供みたいじゃないですか」

「あー。僕の星系、早期熟成仕様なんで、仕方ないって言ったら怒る?」

「怒ります。言い訳にもなってません。早期に熟成するのであれば、もっと大人な対応を心がけてください」

「あらららら。僕これでも結構大人な対応を心がけているんですけどね。ねえ、ライト」


そう振られて隣の席のライトが冷ややかに答えを返す。


「お前が大人な対応って言ってるのは、一般的にはエロ親父のすることだ。女性の大人がするような対応じゃあない」

「あ、出た。一般的には。それ言われちゃうと何も返せなくなっちゃうじゃん。駄目だよ、ライト」


宙域に到着した時の緊張感はどこへやら。操船室にずいぶんと気楽な雰囲気が漂ってきていた。


その雰囲気に気も楽になったのか、シオルには珍しく自分の作業を中途でやめて、操船席の傍まで歩いてきた。

ここへ来るまでの間ずっと色々な作業や準備に追われて、ワン以外とはほとんど会話ができていない。ワンとは互いに作業の補佐をしあっていたので会話は十分だ。ラブとは言い合いばかりだがそれでもかなりの意見交換をしている。けれど操船士の二人とは、先ほどの会話がほぼ初めてかもしれない。

そう考えたシオルは、頑張って質問することを考えた。そうして思いついた質問を、思い出したようなふりをして尋ねる。


「そう言えば、皆さんは一緒に組んで長いんですよね」


それにエフトが軽いノリで答えた。


「僕とライトはずっと一緒だね。いつからだっけ?」

「星系が近かったようだからな。そういえばいつからになるんだろうな」


 言いながらライトは、視線で目前のモニターを操作しはじめる。ライトの前に浮かんだホログラム・モニターに、カレンダーのような表がいくつか並んでいくのが見えた。


「ざっと計算して、銀河共通時間で数えると1.00E-05Gyだな」

「……ライト、それって船内時間で言うとどれくらい?」


エフトが悩ましそうな顔でそう尋ねる。


「えーと、ざっとだが91.25Yだな」

「中央時間だと?」

「知るか、そんなの!少しは自分で計算しろ!」

「あら、あら。……って、お二人はもうそんなに長いんですか⁉」


二人のやりとりを後ろから眺めていたシオルが、思わず大声をあげた。


「えへへ……。意外でしょう」

「ええ、見た目が私とあまり変わらないので、同じ頃の生まれだとばかり思っていました」

「へへん。こう見えて僕、いろいろと物知りなんだよ」


それを聞いたライトが、隣でものすごい顔をしている。気づかぬままシオルは感慨深げに言った。


「へー、羨ましいです。それ、すごくすごく羨ましいです」


シオルの表情は上気しながら、憧れの存在に会えたかのように変わっていく。瞳はうるうると涙で覆われ、口元がわなわなと震えていた。


「それでしたら、R1であったiWizのライブ、知ってますか?私、音源でしか聞いたことがないんです。あのグループの音楽が大好きでいつか見にいきたいと思ってたんです!けどもう活動していないっていうじゃないですか。だから誰か知っている方に会いたいなって思ってて、けどこれまで会った方々はそれほど長くいられる方が少なくて……」


途中からものすごい早口でまくし立てたシオルは、そのまますり寄るようにエフトに近づいくと、その手をきつく握ってかなり強く言う。


「尊敬します!iWizと同世代の方にお会いできるなんて……光栄です!」


そう言われて、エフトが微妙な表情で口元を歪ませた。隣に座るライトも困ったような顔だ。それに気がついたシオルがもう一度尋ねる。


「……どうしたんですか?あれ?iWiz、知りません?」


シオルの問いかけの答えは、背後から返ってきた。


「なんだか懐かしい名前が出ましたね。シオルさんは彼らのファンなんですか」


そこに、両手にお皿をのせたワンがいた。皿の上には温かい湯気の立つホットサンドがかなりの数並んでいる。パンの間から見えているのは、青々とした葉とサーモンピンク色の何かだ。上にある調理用の部屋で合成した何かの食材だろう。


「エフトさんとライトさん、これどうぞ」


ワンが差し出す片方の皿を、エフトが席に立ち上がり振り返ると、シオルの頭越しに左手で受ける。その姿勢のまま右手でホットサンドを一枚掴むと、その掴んだホットサンドを隣に座るライトへと渡した。


「ワンも知ってるんですか?iWizのこと……」


エフトたちの食事を横目に見ながら、シオルは呆気にとられた様子で、目の前のワンにそう尋ねる。


「ええ、iWizですよね。知ってるも何も、僕も大ファンですから」

「ええええええええ!だってそんな、一度もそんなこと言ってなかったじゃない⁉」

「そうやって話を振られなきゃ、そんなプライベートなこと自分から言いませんよ」

「それにだって、ワンは私と同じくらいに生まれたんじゃなかったの?」

「どこでそんな話を?そんなこと言いましたっけ?」

「いやいやいや、だって、LEP学者っていったらそんなに長く……」


シオルがそう言いかけたときに、また後ろから声が聞こえた。


「うるさいなぁ……。なにかあった?」


声のした方に顔を向けると、ラブが目をこすりながら顔をあげているのが見えた。ずいぶんと不機嫌な顔をしている。どうやら煩くて目が覚めてしまったようだ。


「あ!ごめんなさい、船長。起こしてしまったですよね……」

「船長、彼女、iWizのファンだって言ってますよ」


慌ててとりなそうとしたシオルの横で、ワンがニコニコと笑いながらそう言う。するとラブは、怪訝な表情を浮かべて言った。


「なんで……?だってあんた、まだ生まれてなかったでしょう。どれだけ昔の話よ」


どうやら船長は船員の生まれた年まで把握しているようだ。寝起きの顔でポリポリと頭を掻きながら面倒くさそうにしている。


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