第10話 私の不運は続く

 とはいっても、私は昨晩の件でもうお役御免になっている。きっとドラゴンに関わることはもうない。確かにドラゴンへの興味が薄れたわけではない。むしろめちゃくちゃ気になっているが、私が、怪異についてなんの専門知識もない私が関わる件ではないと理解した。

 私は普通に残りの授業を受け、放課後を迎えた。ホームルームを終えるとすでに若月くんはいなかった。仕事にでも行ったのだろう。しかし、私はそれを追ったりはできなかった。先生から呼び出されたのだ。ホームルームが終わったら頼みたいことがある。そんな風に呼ばれることは度々ある。断る理由はない。いや、断れない。先生が私に頼むことは、委員長としての仕事だからだ。号令をかけ、クラスメイトが教室を出始めたころ、私は教卓で職員室に帰る準備をしている先生に声を掛けた。

「なんですか、先生」

「欠席者のプリントを届けてほしいんだ」

「欠席者?」

 そんなのいたか? 今の担任はいつも朝のホームルームで三十二人の名前を呼び、丁寧に出席を取るため、全員が欠席者を把握できるようになっているのだが、今日は遅刻してしまったので分からなかった。そうでなくても見渡せば分かっただろう。単なる不注意だ。

「気付かなかったのか。今日は南雲が欠席だったんだ」

 南雲くんが?

 そういえば、若月くんをみたとき、席が一つ空いていたような空いていなかったような……

「お前、南雲の家が近いだろ。悪いがこれを届けてくれ」

 これ、と言って渡したのは今日一日で配られたプリントの束だった。

「いつもは次に学校来たときに渡すじゃないですか」

「いやあ、南雲のやつ、大怪我したらしいんだよ」

「大怪我?」

「詳しいことは先生も知らないんだが、しばらく学校には来られないらしい。悪いがしばらく南雲のうちに通ってもらいたい。勉強も忙しいだろうが、頼めるか?」

 家が近いのは事実だし、断る理由はない。家の場所は知っている。実は中学校が同じだったりして、当時さぼり気味だった彼に届け物をしたりしていた。高校に上がってそんなことはないようだが、今日は久しぶりにそういうことをしなければならないらしい。

「はい。分かりました」

「まったくお前は頼りになるなあ。真面目だし、仕事もしっかりやってくれるし、先生は安心だ」

 頼りになる。真面目で、仕事もやってくれる。ほら、先生だって私を見てくれない。私は知っている。先生は他の生徒とは雑談したりしていることを。部活をやっている子には試合お疲れ、とか言っていることを。掃除をやっていない子には注意をすることを。宿題が出ていない子には宿題を出すように言っていることを――私にはそんなこと、やってくれないことを。

 先生はじゃあ頼むな、と言って教室を出た。こんなことは初めてじゃないし、頼まれごとが嫌とかでもない。不満だからと言って頼まれごとを放棄するほど、腐った人間ではない。私は荷物を持って教室を出た。


 靴を履き替えて学校を出た。南雲くんの家は私と同じ方向にあるが、私の通学路上にはない。途中までは一緒だが、途中で道が変わる。曲がり角で右に曲がれば私の家、左に曲がれば彼の家、という感じだ。

 まあ別に忙しくないし、少し引き返すくらいはなんとも思わない。

 そんなことを考えながら、帰り道を歩いていた。

「お、やっと来た」

 いきなりそんな声が降ってきた。

 ぱっと上を見ると、すでに帰ったはずの若月くんが木の上にしゃがんでいた。

「あなた……どうしてここに?」

「待ち伏せしてたんだよ、君を」

「用があるんだったら、学校で待ってたらよかったじゃないですか」

「帰るタイミングで連絡が来たんだ。下手に動いて被害が出たら嫌だし」

「被害? 一体何の話?」

「――ドラゴンがこっちに向かってるらしいんだよ」

 俺はお前を守るためにここにいるんだぜ。

 こんなことあるだろうか。その情報が正しいなら、私は四度、ドラゴンと遭遇することになる。この数日間で、化け物と四度遭遇する――そんなの、偶然なんかじゃない。

『怪異には現れる理由が必ずある』――セリーヌさんが言っていた。

私に何の理由がある? そんな変なものに付きまとわれるなんて、不運にもほどがある。

どうして。どうしてどうして。どうして私なの――

「もう、嫌ああああああああ!」

「ちょっと落ち着け。大丈夫だ。セリーヌさんが食い止めてる。君はこのまま学校へ引き返すんだ。学校には結界を貼る。君には近づかせない」

 ドラゴンは爪が鋭い。ドラゴンは牙が鋭い。ドラゴンの目は鋭い。ドラゴンは大きい。ドラゴンは熱い息を吐く。ドラゴンに魔法陣が効かない。ドラゴンは吼える。ドラゴンは炎を吹くかもしれない。次こそ私をうかもしれない。

 気が狂いそうだ。

 結界なんてどうせ効かない。私も、学校にいる人も、みんな食われて終わる。

「もう、仕方ないな」

 最後に聞こえたのは、そんな言葉だった。

 ――気が付くと、私はセリーヌさんのアジトにいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る