第10話



【魔法】――それは万物万象を改変し得る欺瞞の力。



 培われた叡智によって生み出され、連綿と受け継がれ、そして発展を続けるジルクヘイムにおいて扱い手が減少しつつも洗練され続ける文化の一つ。

 人間たちが持つ魔力というエネルギーを扱い、火を生み出し、雷を起こし、風を吹かせる、そんな超常の現象の発現を可能とさせる叡智、それが魔法。

 生み出された火は、風は、氷は、光は、人々の幸せをさらに発展させるものだと、魔法をかつて生み出した偉大なる者は考えただろう。

 だが、現実はそうではない。

 魔法という力は人々の幸せのために使われる事は殆どなく、互いに互いを殺し合うための、戦争の道具になり果てた。

 発展した魔法は剣より、槍より、矢より優れた人殺しの手段となっていた。

 だが、近年の魔法以外の技術や文化の発展と

 個人の持つ魔力の保有量低下という問題。

 これらによって魔法自体における戦争利用は比較的落ち着いてきたと言えるだろう。

 ……魔道具、いや、魔導兵器のもたらす被害も魔法なのではないかと言われれば難しいところではあるけども。

 なんにせよ、魔力について説明した際にも似たようなことを言ったが、魔法自体はある条件があれば簡単に発動は出来るのだが、それを発動させるには魔力は膨大に必要となってくるのだ。

 魔法を発動させる条件が簡単、と言ったがまずそれについて触れていこう。

 魔法を発動させるには幾つかの段階が必要で、先ずは『発動媒体』を準備する必要がある。

『発動媒体』とは言ってしまえば人体以外の物で、魔法使いにとってはお決まりの杖でも、木の枝でも、何でもよい。

 勿論、物によって魔法発動に必要な魔力の量が軽減されたり、『基礎回路』を多く記録出来たりする違いはあるのだが、発動媒体はこう言っては何だが……まぁ、本当に何でもいいのだ。

 何故人体を発動媒体とすることができないのか……その理由は現在の研究段階で多少の予想されている。

 各国の著名な魔術師が発表した論文で最も有力視されているのは『人間の生体には既に【スキル】というモノが魔法とは別口の回路として存在しているが故に、魔法の基礎回路――つまり外部からの記録は極めて難しいのではないか』という考えである。

 その論文では『魔法の基礎回路』と対比して【スキル】のことを『魂の記録回路』と呼称していたかな。

 内容も非常に興味深く、是非とも著者に会ってみたいものである。

 確か帝国のジステ氏と言ったかな?

 ……また話が逸れてしまった。

 軌道修正をして……その次はつい先程出た『基礎回路』というモノを記録する段階。

 基礎回路は簡単に言ってしまえば魔法の流れ――呪文や手順ような物と例えるのが近いだろうか――を発動媒体に記録したものである。

 記録には文字であることもあれば、何かの記号の様な時もあり、その差は魔法の分類と回路の刻み手によって千差万別。

 詳しく言えば、同じ効果を発現させる魔法にしても基礎回路は、個人用に調整された独自の物もあれば、汎用的に使用される一般的な物まで様々であり、その回路の内容は継承などによって独自の技術を持つ刻み手によって違うのである。

 この基礎回路を記録し、新たに開発するのは基本的には刻み手と呼ばれる魔導士であり、基本的に彼らが刻む基礎回路無くして魔法は発動することはない。

 よって基礎回路は魔法における根幹をなすものと言えるだろう。

 その次の必要なのは詠唱だ。

 これは必ずしも必要なものだとは言えないが、魔法を細かく制御したいのならば必須の段階である。

 威力、範囲、対象、それらを細かく指定するうえで詠唱は必要となって来る。

 つまり、詠唱というのモノは基礎回路をなぞり、自分が望む威力や範囲を絞るための調整の役割を担っている。

 この詠唱も上手い魔術師だと内容も独自に調整したりもするが、大抵はそのままの詠唱が使用されている。

 そして、最後の段階としての発動単語があるが、実はこれを口にするだけで――前提として発動媒体があり、そこに基礎回路が記録され、必要な魔力がある場合――魔法は発動出来るのである。

 このように詠唱をせずに単語だけで発動を行うことを『詠唱省略』と呼ぶ。

 デメリットとして詠唱による補助がない故、威力も範囲もどうなるか分からないといった問題がある為、魔法使いの緊急的な措置の一つとされている。

 中には特異的な体質――【スキル】によって特定の魔法系統では詠唱せずとも意識だけで調整が可能な『詠唱破棄』があるらしいが、それも限定的な系統でしか扱えないうえ、保有する絶対数はとんでもなく少数。

 詰まる所、一般的な魔術師は詠唱をしなければマトモなモノにはならない、ということである。

 これまでの内容を僕なりに分かりやすく纏めるとすると――豆電球の発光を魔法の発動に例えてみれば、発動媒体は装置の本体、基礎回路は豆電球等を繋ぐ銅線にしてその効率を決める形(直列や並列)、詠唱は抵抗器、発動単語はスイッチ、――そして魔力は電気であると言えるだろうか。

 他にも魔法について話せることはあるのだけれど……種類や属性に関してのことが殆どになってしまうし、今のところはこれくらいにしておくとしよう。

 後は……【スキル】かな。



【魔法】が『世界を欺くもの』とするのならば、【スキル】とは――『世界に認められたもの』と言えるだろうか。



 抽象的な対比を抜きにして単純に言うとすれば、それは可能性が形を成したものであり、魔法のように魔力という対価を支払う必要も無く所有しているだけで強大な力を発揮することができる。

 しかし、それを得る――習得するには気の遠くなるような修練か、或いは魔力量のように生まれより授けられた天性の才能が必要となる。

 それ以外では生存本能を強く揺さぶられるような状況や、死の淵から生還した際に発現することもあるとされ、習得には多少運任せな所もあるとは言えるが魔力量を増やすよりは困難では無いだろう……多分。

 また、スキルはこれら習得方法の僅かな差異によって名前が知られていられるような一般的なスキルから、オリジナルと思われる名前から内容が判断できないスキル――【ユニークスキル】となることもあり、更には数少ない報告例ではあるが、スキルが事後的に変化したというものもあるので魔法よりもいっそ神秘性が強いかもしれない。


【魔法】と【スキル】。


 この二つがジルクヘイムでの個人の力の象徴と言えるだろう――。

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