第4話

「さぁてと。作戦開始と行きますか。」


事務所の隅に置かれたデスクの前に座り、腕まくりをしながら意気込む淳に、影一郎は少し不安だった。


「大丈夫かなぁ、似架ちゃん…」


「大丈夫!…ところで、珈琲は飲むかい?」


「飲……」


『続報です』


珈琲を飲むのか飲まないのか答える間も無く、液晶テレビからのニュースが次の展開を伝えていた。


『誘拐されたタレントの似架さんの所属事務所に対し、三億円の身代金が要求されていたことが分かりました。』


暗闇。しばらく、気を失っていたみたいだった。似架が目覚ましたとき、目の前が何かに覆われて見えないこと、口の周りに圧迫感があり、言葉をうまく発することが出来なかったので、何かで目と口を塞がれていることに気が付いた。そして、後ろ手に拘束されていることにも。


ここは、一体どこだろうか。


規則的に振動しているなにかの中だということが身体から感じられたのと、気を失う前にも聴いたエンジン音がしていることから、走行中の自動車の後部座席だろうということが推測できた。ああ、自分はは遂に誘拐されたのだ。しかもこんなにもあっさりと。そう思っていると、起きた似架に気付いたのか、誰かが声を発した。


「起きましたか。似架さん…………。……いや、。」


「んんんん……」


「:NIKAMANIA_NET:、そう呼んでもらったほうが分かりやすいでしょうか。」


「んんんんんつ…!」


「私はいつも貴女を見ていました。私、貴女のことならなんでも分かるんです。どんな料理が好きか、いつも行くコンビニでどんな飲み物を買うか、誰と仲が良いか、何が嫌いか。どこで生まれて、どんな風に育ち、どのような道を通学路として学校へ通ったのか。どんな色が好きか、好きな服装はなにか。私はずっと貴女を見ていましたから。」


似架は、背筋が凍るのを感じた。この人は何かがおかしい。明らかにただのマニアではない。そして恐ろしい気持ちに襲われた。


「今、私に殺されると思ったでしょう。」


男はそう言うと車を減速させた。そして完全に停まった時、後部座席に座るようにして起き上がっていた似架の両目を覆っていたものを外しながら笑った。


「それも、面白そうですねえ。」


似架の知らない男の顔だった。


その表情はどこはかとなく狂気に満ちており、見開いた目、右頬にある印象的なほくろ、薄笑いを浮かべる口元には八重歯がちらりと見えていた。



:dareka100: 3億円キタ!!!


:dareka379: うわぁー


:dareka004: nikamania.net このサイトはヤバいやつだわ


:dareka862: ヤバすぎて吐いたんだが…


:dareka143: もうニカも死んでんじゃね?


:dareka706: なんでお前らじゃなく似架ちゃんなんだよ!誰か人質交換されて来いよ!


:dareka113: 警察は何してんの?


:dareka778: こういう時だけ注目すんなよな、ファンでもないくせに!


:dareka357: 日頃の行いとかなんじゃねーの


:dareka951: こいつ頭やべーな


:dareka647: 似架の売名に一票


:dareka023: 助けてくれよオイ……誰か……


:dareka561: 似架ちゃんお願いだから無事でいて


:dareka744: 三億とか払えるの?


:dareka233: 事務所は用意すんのかな


:dareka069: 似架ちゃん渋谷で誘拐されたんだって


:dareka400: なにそれ渋谷こわっ


:dareka257: やっぱ池袋だろ


影一郎はキーボードをものすごい勢いで叩く淳を目の当たりにして唖然としていた。この人は何をしているのだろう。


「よしっ!情報拡散ーッ!」


装着していたヘッドフォンを外し、両手を挙げて身体を伸ばしながら、淳は説明をはじめた。


「俺が持っているいくつかのアカウントで、いくつかの情報をばら撒いた。似架や事件への注目度が高まれば、目撃者は増えるだろうし、そうなればその状況下で似架を殺すのは難しくなるだろう。もっとも、目に付くところに安易に出てくるとは思えないけれど。」


「いくつかの…って、一体いくつアカウントを持ってるの……?」


「んー。まあ、仕事で使うのであれば80〜90くらいはあるかな、100は行かない程度だよ。」


「多い……」


「仕事だからね。……さて、もう一丁!」


右手でトラックボールを操作しながら、テンションが上がりはじめた淳はノリノリで情報工作の実況を続ける。


「ライブ映像も流すぜーーーッ!第二波だ!どーーーん!」


パソコンに強い人ってみんなこんな感じなのだろうか、という顔をしながら呆気にとられる影一郎だった。独り言が色々怖い。


「ヒャッハーーーーーッ!」


淳の奇声と共に、パソコンの画面上には動画配信のような窓が表示された。どうやら、それを先ほどのいくつかのアカウントで拡散しているようだった。映っているのは、車の運転席だろうか?よく見ると、どうやら後部座席からの視点に見えた。



:dareka481: ああああああああ


:dareka066: 何これ?盗撮?


:dareka234: アレ?似架ちゃん映った?


:dareka589: 似架生きてる?


:dareka118: 脱いで欲しい


:dareka075: 車の中みたいだな


:dareka221: 似架っぽい


:dareka404: なんで分かるの?


:dareka362: おっぱい見たい


:dareka480: さっきバックミラーに映り込んだよな、やっぱ映ったわ


:dareka111: 今何処だよ特定班はよ



一体いつ撮った映像なのだろうか。影一郎にはたくさんの疑問が浮かんだが、うまく言い表すことができなかった。


「それは……?」


「似架生放送さ!」


「生放送……」



薄暗い明りの中。似架にはさらに両足首まで拘束されていることだけが分かった。いつの間にか車から降ろされ、何処か暗い部屋の中で椅子に座らされていた。男の顔を見たときに両目は自由になったが、それでも明かりが入ってこない場所のように見えるので、窓がない密室か、もしくは元々あった窓を何かで塞いでしまっているのだろう。


少しもがいてみたが、後ろ手にされ足も拘束された状態で椅子に括り付けられている今、立ち上がることすら難しかった。


気が付くと目の前にその男はいた。


「綺麗ですよ……似架。でも、もっと綺麗に撮ってあげましょう。」


「んーっ!!!」


全力で暴れようとしてみたが、やはり拘束が外れることはなかった。すると男は似架の顔を覗き込み、あるものを手にしてみせた。


「私が、に気付かないとでも思いました?」


笑顔であるのにどこか笑っていないような、不気味な表情を浮かべたまま言う。


「逆効果でしたねぇ。」


言い知れぬ恐怖で自然に涙がこぼれ落ちていた。


姿……どうせマイクもいくつも仕込まれているんでしょうし。たっぷりと声を聴かせてあげてくださいね。」


嫌な予感しかなかった。薄暗い部屋の奥には、人が何人も居たのだ。しかも、全員が男だった。引くほどの血の気も残っていなかった。その男は背後の男たちに呼びかけた。


「似架を、君たちの好きなようにしてくれ……!」


そう言われた男たちは喜び勇んで似架へと駆け寄った。中にはナイフを手にした者もいたので、似架は抵抗することを諦め、ただ目を瞑って構えた。


出来れば触れて欲しくないし何も起きて欲しくない。嘘だと言って欲しい。なにかテレビの企画、そう、ドッキリかなにかであって欲しい。……その想いも虚しく、抵抗する言葉すら発することが出来なかった。


「(……だ、だめーーーーー……っ!!!)」

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