第39話 時間稼ぎ

「さーてと。いっぱいいるね〜」

ヘスティアはバーロンの人形ドールが進行している南側にいた。

人形ドールはもはや人では無い様な魔物が多い。5mにもなる巨大な紫の蜘蛛や人食い鬼オーガといった者達だ。ざっと二千程だ。


「ん〜。どうだろ。こっちの方が手加減のしがいがあるのかもね。向こう人数少ないし」

二千を一人でもまだ足りない、と宣言し魔法で普段着から戦闘服へと着替える。

「はい。おっけー」


ヘスティアの服装は白を基調にした水色のローブ。魔女と言うよりも天使の様なふわりとしており、所々薄く肌が見える部分がある。

「この格好露出度高いし寒そうだけど意外とそうじゃないんだよね〜。付与してる魔法も強いし」


このローブはヘスティア専用のオーダーメイド品だ。機能を細かく数えれば120近く存在し、ヘスティアの能力を最大限生かせる様になっている。

「時間稼ぎだし、メルの能力は使わない方がいいね。それじゃあ〈青薔薇騎士の氷棘〉ローゼンナイツ・アイシクルソーン


ヘスティアが魔法を唱えると周囲の地面や家々は凍りつき、巨大な棘が大地から生えてくる。そしてその棘は生きているかの様にうねり、敵を貫いねいく。


広範囲干渉系氷属性魔法〈青薔薇騎士の氷棘〉ローゼンナイツ・アイシクルソーンは指定した領域内を凍結させ、直径5mもの棘で敵を貫く第五位魔法だ。指定出来る領域と棘の本数は本人の腕、処理能力次第だがヘスティアの場合は星全土でも余りあるほどであり、棘の本数は一度に70億本という規格外の本数を操れる。


「200mじゃ狭かったかな?」

彼女はそんな事を言っているが200mともなれば殆どの敵を串刺しに出来る。気が付くと敵の残りは5人となっている。


「まだそんなに時間経ってないのに・・・。って、やっぱり残った人達は強いのかな?」

残りの者達は隠れていて見えていないが、ヘスティアの領域内にいる時点で探知されているのと同じである。


「試してみよーっと。〈爆散〉バースト

ヘスティアは指を鳴らす。すると凍りついた建物全てが文字通り爆散し、ヘスティアが指定した領域200m更地と化す。そして爆散した氷を使い標的へと時速700kmの超高速でぶつける。


「・・・残ったのは一人かな? それじゃあ行ってみよっか。まあ大体想像つくけど」

ヘスティアは敵がいる場所へと歩いていく。そこにはやはり、と言うべきか。ヘスティアが予想した人物がいた。


「ん〜。やっぱりぃ〜。分が悪いのかなぁ〜」

「・・・一応手加減したけどあれを耐えるのは素直に褒めるよ。イルバさん」

粘液種スライムは肉片が少しでも残っていれば回復が可能だ。イルバが残っていても不思議ではない。


「・・・嫌味かなぁ〜?」

「ううん? そんな事無いよ。まあ結局変わらないけどね」

そしてヘスティアが総数790個もの魔法陣をイルバの周囲に同時展開する。

「ええぇ〜。容赦無さすぎじゃない〜?」

「まだまだ遊びの範疇だよ。〈氷柱の雨〉レイン・オブ・アイシクル


魔法陣から小さな氷柱が一斉発射される。その本数は一つの魔法陣につき約90本。射出された氷柱の総本数は7万本を超える。

「氷は個体だから造形は簡単なんだよねぇ〜」

「それでもぉ〜。やりすぎじゃないかなぁ〜」


イルバは何もしない。する必要が無いのだ。

やがてイルバの体に氷柱が突き刺さり・・・


「その物量は凄いよねぇ〜」

イルバは何事も無かったかのようにヘラヘラとしている。

粘液種スライムの特性かな? 流石に処理能力を超えてれば無効化出来ないと思ったけど・・・。普通に強いね」


「あははぁ〜。楽しいねぇ〜」

粘液種スライムの特性の一つ、物理完全体制だ。魔法によって生まれた氷は物理属性があるため氷魔法を完全無効出来るのだ。


少しの会話の間でもヘスティアは思考を巡らせ勝利への道を探す。もっとも、今のイルバはヘスティアからすればそこまで強い部類では無い。だが今ヘスティアは人知れず縛りを入れているため、その中でのだ。


「あ、そうだぁ〜。〈転移門〉ゲート

イルバは数百mもの巨大な〈転移門〉ゲートを開く。そしてその中から一つの巨大な影が見えてくる。


「うわぁー。どうしようかな」

その中から現れたのは既にエリスに倒されたと言われていた吸血の竜王ブラッド・ドラゴンロードだ。


ギリャァァァァァ!!!


黒と赤で彩られたの西洋龍は大きく羽ばたきながら甲高く叫ぶ。

「『龍王』じゃなくて『竜王』で来たかー。ま、退屈しのぎにはなるんじゃないかな?」

龍王とは滅界の七龍王セブンス・カタストロフィ・ドラゴンロードを指すので竜王はまた別物である。


「どうかなぁ〜? 超級種Aランクの竜王の人形ドール。これがイルバ達の切り札だよぉ〜」

「・・・正直縛り入れている場合じゃ無いかもね。ちょっとやってみようかな」

ヘスティアは再び〈氷柱の雨〉レイン・オブ・アイシクルを展開。魔法陣の個数は先程の三倍。物量で竜王を仕留めに行く。


「どうかな〜?」

「ギリィィ!!」

吸血の竜王ブラッド・ドラゴンロードは赤黒い半球を展開し身を守る。元々〈氷柱の雨〉レイン・オブ・アイシクルは物量で押し倒す魔法なので防がれても仕方が無い。だが少しだけヒビが入る。


「・・・魔法で作った物だから意味無いけど、今のでヒビが入ったって事は以前よりは弱くなってるのかな?」

人形ドールとは魔法で創り出した人形であり、遺伝子から情報を読み取って創られるクローンだ。完全に読み取れなければオリジナルよりも劣化するのも当然である。


「そりゃあ超級種の遺伝子データを完コピ出来るわけ無いもんね。・・・一ランク下がってるのかな?」

「・・・おー。よく分かったねぇ〜」

「まあ関係無いけどね」

こうしている間にも吸血の竜王ブラッド・ドラゴンロードは口内で魔力を溜め、5km上空へと飛び上がる。


「キリャァァァァァァァ!!!」


吸血の竜王ブラッド・ドラゴンロードは竜種特有の魔法、〈咆哮〉ブレスを地上へと放つ。そして赤黒い光の螺旋の中心にいるのはヘスティアだ。

〈咆哮〉ブレスね。この威力ならレプテンダールを壊滅さされるかもね」


〈咆哮〉ブレスの標的とされているヘスティアは冷静だ。まるで雷閃の魔女エリスを彷彿とさせる。

「ん〜。私一人じゃ無理そうだね。メル! やるよ!」

『あれ? 私の力を使わないんでしょ? ・・・なーんて冗談よ』

ヘスティアの脳内に大人っぽい女性の声が響く。


『はい。余波で街が凍らない様に凍らせておいたわ。魔法は何にするの?』

ヘスティアは〈咆哮〉ブレスが向かって来ている方向へ直径50mもの魔法陣を展開し、手を掲げた。



「真っ向勝負で行くよ! 〈氷晶の蒼咆〉メルクリアス・ブルーバースト!!!」



魔法陣から水色の閃光が放たれる。その光に呑まれた物質はすぐさま機能を止め、崩壊する。言うまでもなく人外の領域、第六位魔法である。

やがて吸血の竜王ブラッド・ドラゴンロード〈咆哮〉ブレスと ヘスティアの〈氷晶の蒼咆〉メルクリアス・ブルーバーストが激突し・・・。


拮抗するまでもなく空が蒼白い光に呑まれる。


「キリャッ?」


そのまま吸血の竜王ブラッド・ドラゴンロードは蒼白い光に呑まれて全ての機能を停止し、消えていった。

「・・・っと危ない。流石にオゾン層まで凍結させるのは不味いよね」


「・・・あ、あははぁ〜。なんでそんな簡単に突破しちゃうのかなぁ〜?」

「竜王と龍王じゃ桁が違うんだよ。それじゃあどうするの? 撤退かなイルバさん。私はそれでもいいよ?」

表情を変えずに撤退を促すヘスティア。


「へぇ〜。敵を前にイルバが下がるとでもぉ〜」

「強がりは虚しいだけだよ。・・・イルバさんとは全力で戦ってみたいんだ。イルバさんを殺しても・・・ね?」

「そうかぁ〜。でもいいのかなぁ〜?」

イルバは今まで見せたことの無い黒い笑みを仮面の下で浮かべた。


「イルバが全力を出せばぁ〜。 魔女も龍王も敵じゃ無いんだよぉ〜」

「・・・私はね。強い人を求めてるんだ。だから強い人は最初から全力で来て欲しいんだよ」

ヘスティアの願い、それを叶えるためには自分よりも強い者が必要なのだ。


「今はまだ殺さない。でも、全力で来てくれたら殺してあげるよ」

「・・・はぁ〜。分かったぁ〜」

そう言うと、ヘスティアの視界の端から黒い粘液がイルバへと飛んで来る。


蝕黒死菌ブラックペストのサンプルは手に入ったしぃ〜」

「・・・これは楽しみだね」

全てを腐らせる蝕黒死菌ブラックペストを手に入れた、と言っただけでイルバの強さを理解したヘスティア。


「それじゃあ帰らせて貰うよ〈転移門〉ゲート

イルバは根城へと戻って行く。

「時間稼ぎ・・・。になったかな?」

エリスさんの方はどうなったかな? と、呟いてその方向へ歩いて行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る