かわいい勇者とやさしい竜と、やさしくない世界

丸めがね

第1話 ゴンとお守り

…明日が楽しくなればいいな、ゴンはそう思いながら生きている。…


ゴンは15歳、都内に住む中学3年生の男の子。


フルネームは小松崎 金。


ゴン(金)というゴッツイ名前からは想像できないほど、見かけは女の子より可愛い。


小柄で華奢で色白、髪は天然サラサラ茶髪。

水晶のようにキラキラ輝く瞳、心地よく優しい声。


神様はきっと間違えてこの子に性別を超えた可愛らしさを与えてしまったのだろう。



さて、ゴンは、10歳の時に両親を事故で亡くしたので、親戚のおじさんの家でお世話になっている。


おじさんの家は都内にある8階建てマンションの2階で、少し古いが3LDKで広くて駅近。とても住みやすい。

ゴンは日当りが良い4畳半の部屋を与えられていた。



朝、ゴンはおじさんのお下がりの、ストライプのパジャマで目を覚ます。


彼の小さな部屋は、学校の用具と最低限の衣類だけの飾らない空間になっていて、見かけによらず男の子っぽかった。


カーテンの隙間から今日の天気はどうかなーとうかがい、手早く身支度を済ませる。


今日はきっと雪が降るだろう。




「シュウジさん、朝ごはんできました!」


ゴンは2人用の小さなダイニングテーブルに、こんがり焼いたトーストとソーセージ、コーヒーをセットした。


「ピーナッツバターは?」


眠そうなシュウジが、肩まで無造作に伸びた髪を掻きながらイスに腰掛ける。

185センチもある長身なので、小さなテーブルでは長い足が邪魔そうだ。


「そうだ!すぐに出しますね!」


ゴンは冷蔵庫からピーナッツバターを出した。

昨日食べ切ってしまったので、新しく買ってきたものだ。


「シュウジさんはピーナッツの粒が入ってないと嫌なんですよねー」


そう言うとゴンはニコッとシュウジに笑って見せた。


その笑顔は朝日よりも眩しく光り輝いている。


ツヤツヤの髪の毛の光沢ががまさに天使の輪に見えてくるほどだ。


シュウジは一瞬、意識をどこかに連れていかれてしまうような感覚に陥った。


「…おい、ゴン、オマエ、アレ付けてないだろう」


シュウジが怒ったような照れたような顔でゴンを睨む。


いけない、と舌を出しながらゴンは電話台の上に置いてある、ネックレスにした濃い緑色のお守りを首からかけた。


それは普通に神社でよく売っているお守りの小さいものにチェーンを通したもの。


外らは見えないように肌着の下に入れ込む。


…その瞬間、ゴンの光り輝くオーラがスッと内側に吸い込まれるように消えた。


「…よし、大丈夫だ。」


シュウジはホッと落ち着いてコーヒーをすする。


「ところでシュウジさん、原稿書けました?」


ゴンの不意打ちにブッ、と吹き出すシュウジ。

シュウジは結構人気があるホラー作家。

エロとグロと哲学が程よくミックスされた、ただのホラーではない、面白い作品を書く。


一般読者だけでなく、玄人からも受けが良いタイプだ。


ただし〆切を守らないこで有名だった。


「今度こそ、〆切を守ってもらわないと困るんですって、担当の新堂さんが嘆いていましたよ。

あんなイケメンが憔悴しきっているのはお気の毒です。」


ゴンが熱いコーヒーをシュウジのカップに継ぎ足しながら言った。


しかしシュウジは飄々として、


「最高学府のエリートイケメンを困らせることができるのも、作家冥利に尽きるというものなのだよ、ゴンくん」


と言いながら新しいピーナッツバターの蓋の内側の紙をペリッと剥がすのだった。


それでもゴンは念入りに、シュウジに原稿を早く仕上げるように言って家を出た。


”置き勉”のおかげですっかり軽くなったカバンを揺らしながら、冬のどんよりした朝の雲の下、学校に向かってテクテク歩くゴン。


昼からは雪が降りそうなのに、コートを忘れてしまった。


でも学校まで徒歩で15分程度。校舎に入れば暖房が効いているのでそれまで我慢することにした。


学校は好きじゃない。

気を使い過ぎるゴンにとって集団行動は疲れるだけだった。


しかし特に虐められてるわけでもなく、勉強もやればやるだけ出来るタイプなので日々黙々と通っている。


「ずっとシュウジさんのお世話だけして暮らせるといいのに。」


寒い日には特にそんな思いが強くなる。


身体を縮めて歩いていると、


「ゴーン!」


明るく大きな声が後方から聞こえてきた。

そしてゴンの首元に赤くて暖かいものが掛けられた。


振り向くと、


「クマかな?」


と思うほどゴッツイ男が立っている。


「加西くん」


加西くんと呼ばれたゴリラは、大きい口を開けて白い歯を全開にしてニッと笑った。


「ゴン、寒そうな格好してんじゃん!オレのマフラー使えよ!

姉ちゃんが無理矢理持たせてきたんだけどさ、オレ使わねーし、しかも似合わねーし!」


ゴリラ改め加西は半袖でもまだ暑いというぐらいの熱量で話し掛けてくる。


加西はかなりハンサムだが、筋肉馬鹿な雰囲気が全てを打ち消していた。


赤いマフラーは驚くほどゴンに似合っている。


「な?!」


「何が、なっ、なんだよ、もう。

せっかく加西くんのお姉さんが用意してくれたんだろ?自分で使いなよ。」


ゴンがマフラーを返そうとすると、加西は上着を脱ぎ始めた。


「あーあちぃあちぃ!!ズボンも脱いじゃおっかな?!」


「わわ、やめてよ!分かった分かった、このマフラーお借りします〜!」


2人は笑いながら学校へ向かった。




どんよりした雲の中の、不気味な渦には気がつかないまま…







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