第30話 波乱続きの対抗戦
「ま、
ヘンリーはあんぐりと口を大きく開けながら、眼前で起きた事象を口にする。
魔法を得意としない平民出の生徒が、次々と貴族を圧倒していく。
見たことも無い強烈な魔法が飛び交う。
「こんなことって……」
ガースは思わず声を洩らした。貴族の端くれでも、平民に負けない自信はあったのだろう。だが、それが今日完全に打ち砕かれている。
名を馳せていた貴族までもが平民に負けているのだ。
「つ、続いては魔法対戦の決勝戦。A組のクホーフVS我らが優勝候補C組のウルシオル・リゼッタ!!」
先程、剣術対戦が行われた舞台に教師陣により魔法障壁が張り巡らさた場所。そこに二人はあがる。
「クホーフは圧倒的な魔法を駆使し、名のある貴族を次々と打ち砕き、今大会のダークホースです!」
アナウンスと同時に、クホーフは周囲に手を振る。その態度に貴族はわかりやすく嫌悪感を示すも、平民達は怒号にも似た声を上げる。
「対するリゼッタ様は、国内でも三本の指に入る貴族様で、とても魔法に長けておられます。今大会もその類まれなる魔法で相手を圧倒しておられます」
そのアナウンスが恥ずかしかったのか、リゼッタは顔を赤らめ、俯いている。
「リゼッタ様、頑張ってください」
そんなリゼッタに、バニラは吠えるように応援を飛ばす。リゼッタはそれに応えるように、小さくガッツ
ポーズを見せた。
「はじめ!!」
二人が向かいあったと同時に、審判員からの声があがる。
「魔力を喰らえ、
短い詠唱と共に、クホーフは掌をリゼッタに向ける。クホーフの掌には、赤褐色の光が収束し始める。しかしそれも一瞬。
普通の火球の倍以上の火球がクホーフの掌から放たれる。
「くっ! 水圧の盾"ウォーターシールド"」
自身に迫り来る火球の威力に驚きながらも、リゼッタは魔法を発動させる。
青みのかかった光を放ち、大量の水を出現させるや、それで自分の周りを囲む。
刹那の時間も要することなく、火球は水圧の盾に触れ、ジュッ、という音をこぼしながら消える。
「やれやれ。このレベルなら本気を出せやしない」
コータと似たような黒色の髪には、寝癖がついているクホーフ。それを気にしているのだろうか、寝癖の部分を抑えながらリゼッタに言い放つ。
炎魔法の最底辺とも呼べる火球を、間一髪でしか防ぐことができなかったリゼッタは、それに何かを言い返すことすら出来ずに、歯をくいしばる。
「何か言い返してはどうですか?」
口端に薄い笑みを浮かべながら、クホーフは静かに言い放つ。
「鎮魂歌の大波"ウェーブ・レクイエム"!」
鋭い眼光に、負けたくないという強い意志。リゼッタは最大火力で大技を放つため、咆哮にも似た声色で技名を言う。
瞬間、天上に向かい大きな渦を形成する。それらは次第に1つに収束し、波へと変化する。一つに纏まり、大波となったそれは、貴族を見下すようにして立っているクホーフの方へと向かう。
フィールドを覆っている魔法障壁でさえも、細かく振動し、崩壊してしまいそうになる威力。
それにも関わらず、クホーフは平然とした顔で魔法に目をやる。
「これは、流石と言うしかない魔法です」
魔法を見て感想を零す程の余裕を見せてから、クホーフは右の手を天に掲げる。
「燃え続ける紅蓮の焔"エターナル・カオス=フレイム"」
短い詠唱。その声に反応したのか、煌めく紅の光がクホーフの手に収束する。
あまりの眩さに、リゼッタは思わず目を細める。肌に触れる光には、温度がある。触れたものを焼き付くすような、灼熱の温度だ。
「これでどうだッ」
語尾に力を入れ、掲げていた手を一気に振り下ろす。それに従うように、光は太陽のような圧倒的な熱量を誇る球体になる姿を変える。球体のあちらこちらで、紅炎が上がっている。
人間が触れれば、刹那の時間も要さずに溶けきるだろう。
それが空気さえ燃やし尽くしながら、リゼッタが発動した"鎮魂歌の大波"に向かう。
大地すらも揺るがすような、激しい振動と共に"鎮魂歌の大波"と"燃え続ける紅蓮の焔"が衝突する。
瞬間、視界を真っ白に変える霧が現れ、周囲で見ているものには何も見えなくなる。
だが、それで互いの魔法が消えるわけでは無い。大波は焔の触れた部分を消火している。だが、焔はその尋常ならざる熱気で大部分の大波を蒸発させている。
――負けるッ。
近くに居たからこそ、リゼッタは微かに見えていた魔法の攻防を視界に収め、そう思う。
ありったけの魔力を込めた一撃だった。貴族だの、平民だの。そんなことは考えて来なかった。
でも、魔法の才に恵まれ、負けたことの無かったリゼッタにとって。
この敗北は、とてつもない屈辱だった。
大波は焔に押し切られ、消滅する。それを見計らうように焔は姿を消し、クホーフはリゼッタに詰め寄る。
「おれの勝ちだ」
クホーフの短い一言。リゼッタはその場で項垂れ、蚊の鳴くような声でこぼす。
「降参です……」
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