第15話 お誘い
学期初めの一週間は長いが、二週目からは嘘のように時間の流れが速くなる。これは俺の実感だが、他の学生にも、同様に感じている人間は多いだろう。
この日、面倒になったので講義を午前中に切り上げた俺は、ぶらぶらと、川内北キャンパスを歩いていた。
全学教育棟の前は、サークル勧誘に来た上級生でにぎわっている。授業を終えた新入生を待ち受けているのである。最も、時刻は昼時、学食の列が出来上がる前に並んでしまいたい学生にとっては迷惑な話だ。余談だが、サークルも宗教も「5分だけお時間よろしいですか?」という勧誘の言葉を信じてはならない。
「あ、真治君」
「佳乃子」
教育棟から出てきた佳乃子と鉢合わせする。隣には知らない女子が並んでいた。
「どうしたの?」
「帰るとこ」
「授業は?」
「サボる」
「駄目だよ、ちゃんと出ないと。留年しちゃうよ?」
さらりと恐ろしいワードを出す。が、問題ない。
「大丈夫だって。法学部は4年生まで進級ラインがないから」
「あれ、そうなの?」
「ああ」
法学部は単位の取得状況が芳しくなくても、4年生までは自動で進級できる。必修が少ないこともその一因だ。英語や第二外国語を落とすとヤバいとは聞いたことがあるが、真偽のほどは定かでない。
「でもサボり癖がついてダメじゃん」
「これで二年間やってきたんだからいいだろ、文句言うな。それより、ここで無駄話してていいのか? 食堂混むぞ」
「それもそうかも。じゃあね」
「じゃ」
手を振って歩いていく。途中、友人らしい女子に何か聞かれていたが、別に大したリアクションは起こらなかった。
帰宅してベッドに寝っ転がる。スマホを取り出していじる。
飽きたら漫画を読む。
飽きて小説を読む。
飽きてテレビを観る。
飽きて……以下繰り返し。残念なことに、俺の大学生活に大きな変革の風は吹いていない。佳乃子が同居することになった時は驚いたが、数週間経った今、目立った変化は確認されない。
「こんなもんだ」
こんなものだ。人生、こんなもの。何も変わり映えが無い毎日の繰り返し、無限ループとも思える時間の不動性。直線、無味乾燥、牢獄のような日々。
だがこれでいいと思っている。
社会の人は変化を欲しているようだが、俺はそうでもない。第一、面倒くさい。変化に対応するには労力がいる。労力を使うと疲れる。疲れると他のことに手がつかなくなる。
不変の時間は奇妙なことに、人の手によって365日24時間60分60秒と切り刻まれた。ゆえに時間は限りあるものとなった。限りあるもので何とかしなければならない。すると、余計なことに時間が使えない。変化にとっておく時間は俺にない、っていうことである。
こんな屁理屈をこねながら、今日も俺は6畳の自室で呆ける。
4月もだんだん下旬になって、暖かい日が多くなった。俺の家の周りに桜はないが、キャンパスにある広い芝生には、何本もの桜が植えられている。品種は知らない。それが今を盛りに咲いているから、この時期、「花見」と称して酒を持ち寄り、新入生を交えつつ飲みまくるサークルもある。
それもいいと思う。が、俺は花見は花見として全うしたいという思想の持ち主だ。つまり、花見という名の宴会ではなくて、花見という名の花見をしたい。宴会は宴会でやればいい。宴会は一年中できるが、花見は今の時期にしかできない。
「花見したいな……」
思わず声に出る。つぶやきは虚空へ消える。佳乃子がいれば拾われていたかもしれない。そうして、「花見? いいねいいね、行こうよ!」という一言で、見る見るうちに予定が出来上がっていただろう。
俺にそんな気合はない。花見したいけど誘うのはダルい。「花見しなきゃ母が死ぬんです!」くらいの緊急事態じゃないと、なかなかやる気が出せない。
でも……。
最近、人と関わることが増えた気がする。俺は特に何かした覚えもないけど。それに増えたっていっても、佳乃子と松川の二人だけだし。
が、やはりだんだん生活が変わっているのではないかとも思う。変化は嫌いだが、変化したことを受け入れるのもまた、俺だ。花見に誘うという行為もその変化の表象。
…………。
スマホを手に取りLINEを起動する。
『近々花見行かない?』
送信。
投げ出して寝っ転がる。
意外とすぐに返事が返ってくる。今は講義中のはずだが、退屈しのぎにスマホをいじることも多いのだろう。
『いいね、行こう! 彩音ちゃん誘っていい?』
『いいよ』
『了解!』
『日時と場所はどうする?』
『土日のどっちかがいいな。場所はよく分からないからお任せで』
『あい』
すんなり予定が入った。
参加者は俺、佳乃子、松川。
うーん……。男が欲しい。男子一人女子二人では少々分が悪いような気もする。別に戦争をするわけではないが、きっと気まずさは感じるだろう。
心当たりを探す。探す、探す……。
「いない」
交友の乏しい俺に、気安く「花見行こうぜ!」と声をかけられる友人なんていなかった。
丹波……あいつは女か。
「あ、金山」
チャラチャラした風貌が脳裏に浮かんだ。まさかサークルの後輩を連想するとは俺も悲しくなる。だが、これも仕方がない。
『花見行かないか?』
これもまたすぐに返信が来た。なんなんだ、最近は高速レスポンスが流行りなのか? 通知切って、おまけに常時サイレントマナーモードの俺には考えられない。
『いいですね。いつですか? 参加者は?』
『日時場所ともに不明。参加者は俺と後輩の女子二人』
『なんすかそれ、合コンですか? 俺彼女いるんですけど』
『違う。片方が松川で、片方がその友達だよ』
『ああ、なるほど』
何がなるほど、なのか。
そういえば、金山と佳乃子は面識がないんだった。どうしよう、今から断るのも失礼だよな……。まあ、いいか。あの二人だったら仲良くできるだろ。もし怒られたら何か奢ればいい。
『できれば早めにしたいんだけどいい?』
『いいですよ。空けときます』
『おっけ』
桜の花はすぐに散る。天候一つでも簡単に散るのだ。
さて、これで4人の参加者が決まった。何はともあれ、俺の人望でよくここまで集まったものだと思う。
他に声をかけるべき人間はいなかっただろうか。
「……丹波か」
いや、でも誘っていいものだろうか。丹波は松川と面識があるものの、金山とも佳乃子とも知り合いではない。
が、これで誘わないというのも気が引ける。この前、どこか二人で旅行にでも行こう、なんて話をした仲だ。
やっぱり誘おう。こんな決意をするのも、以前の俺だったら考えられなかったに違いない。
念のため、佳乃子にお伺いを立てておく。
『あのさ、俺の同級生の女子誘ってもいい?』
『先輩?』
『ああ。法学部の』
『そうなんだ、いいよ。私も縦のつながり欲しいからさ』
『了解。あとお前の知らない先輩も誘っておいたから』
『え、誰それ?』
既読無視を決める。ともあれ、これで佳乃子の了解はとれた。
金山は……まあ、いいか。どうせすぐに順応するだろう。
こうして、俺のエゴにより集められた5人で花見を開催することが決定したのだった。
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