第9話 魔鉱専試験
――『帝国魔鉱石収集専門学校・帝都ラピス総本部』
魔鉱専の外壁は白亜造りとなっており、侵入防止の柵は真鍮製でキラキラと輝いている。
だだっ広い入り口には、赤、黄、緑、青、紫、白、黒の半透明な魔鉱石で造られた柱が色ごとに七本立っていて、柱の上には学校創設者といわれている精霊魔術師七名が
校門の手前からでも見えるその美しさに、私は思わず足を止めて溜め息を漏らした。足元はステンドグラスを浴びて変色する光のように、日を反射させた
「うわぁ……」
ああ、すごく綺麗。
帝都の魔鉱専は、数ある支部を束ねる総本部だ。
精霊魔術師七人の粋を集めて建設された元の価値に歴史的な背景を加味すると、建物の時価総額はとんでもないことになる、らしい。私もこの高価で高級な魔鉱専のご利益にあずかりたいところだ。
門兵に「試験を受けに来ました」と言って通してもらい、敷地内に入って無駄に深呼吸をしてみる。神社に行って常香炉から出る煙を浴びるがごとく、めいいっぱい魔鉱専の空気を吸い込んでおいた。
こんなことをやってみようと思う気持ちになったのも、やはり私が一つになったからだな、と感じる。前のジュリアは人前で何かをすると緊張してしまうし、葵には感受性というものがあまりなかった気がする。
ともあれ、地球でもこんなに美しい建造物を見たことがなかった。
海外旅行をすればきっと似たような感動を味わえたかもしれなかったけれど、葵であった私にはそんな余裕もなく、一緒に行ける友達もいなかった。
あ、思い出したらちょっと悲しくなってきた。
あまり考えないようにしよう。
七色の
すると、背後から鈴を鳴らしたような可愛らしい声が聞こえてきた。
「ちょっとあなた」
「……?」
振り返ると、月の精霊かと見紛うほど美しい女の子が立っていた。
身長は私より十センチ以上高く、金色の髪が艶やかに肩へ乗って胸元まで下がっている。瞳は透き通るブルーで、魔鉱専の制服を着ている姿はパンフレットに載っている模範学生のようだった。
彼女は何か言いたげな目で私を見下ろしている。
「……アリス・ディリアハートさん?」
彼女はかつて帝国魔術師学校で一緒のクラスだった、アリス・ディリアハートという同い年の少女だ。
彼女も魔鉱専の試験に来たの……?
子爵令嬢の彼女は、なぜかことあるごとに私へ突っかかってくる、もっとも警戒すべき人物であった。元のジュリアは彼女のせいでかなり神経をすり減らしていた。
「魔術も学問もダメな落ちこぼれのジュリア・シーザー。この魔鉱専に何をしに来たの?」
アリスは淡々と言った。
彼女の美しさも相まって、冷たい目で見られていると緊張感が倍増する。出かかっていた言葉がずるりとどこかへ落ちてしまった。
「あ、あ、あの……」
ジュリアの癖でどもってしまう。
大丈夫、自信を持つんだ。私は私で、本当の自分になったんだから。
大きく深呼吸をして――よし、大丈夫。
「ごきげんようアリス・ディリアハートさん。私は試験を受けに来ました。あなたも?」
アリスは帝国魔術師学校を上から数えたほうが早い成績で卒業した。就職先にも困らないはず。そんな彼女が魔鉱専の入学試験へ来ていることに違和感を覚えた。
「あなたも、ですって?」
彼女は大きな瞳を釣り上げた。
「それ以外に何があるっていうの? そんなことより、あなたここで何をしているのよ。合格しない試験を受けて一体何になるのかしら。早く帰ったほうがあなた自身のためよ」
門へ右手を向け、退場したほうがいいと促すと、彼女は私の目をじっと見つめた。
「私の合格は確実だから制服も新調したわ。魔術のできないあなたが魔鉱専を受けたって、恥をかくだけよ。おやめなさい」
「私は……」
「なぜあなたは私の行くところ行くところに現れるのかしらね?」
それは私が言いたいセリフだ。
ただ、彼女の言っていることもあながち間違いではない。帝国魔術師学校での私は本当にできそこないの落ちこぼれだった。アリスと何度かグループを組むことになり、相当な迷惑もかけてしまった。そう思うと、怒りより彼女への申し訳なさで胸がいっぱいになってくる。
「とにかく、帰るなら今のうちよ」
彼女はそれだけ言って、さっさと歩き出した。
金色の髪を揺らして遠ざかっていくアリス・ディリアハートの後ろ姿を、見つめることしかできなかった。
まさか彼女もこの魔鉱専を受けているとは思わなかった。もし同じクラスになったことを考えると……おおっ、神よ、と言いたい気分になってくる。
いつも一方的に言われ続け、一人孤独に授業を受けてきた悲しい魔術師学校生活が思い出されて、なんだか暗鬱な気分になってきた。
ダメ、弱気になってはいけない。
私はお父様のため、デュラスのため、今まで不幸だった自分のためにも、前に進まなければならない。今なら、こんな気分だって跳ね返せる。いつかアリス・ディリアハートにも認めてもらえるよう、一歩ずつ前へ進めばいいんだ。
「行こう」
自分に言い聞かせるようにして、私も試験会場へと足を進めた。
受付でポケットから財布を取り出し、なけなしの一万ラピスを支払った。さらば銀貨十枚よ。
名前と番号の書かれた首掛けの名札をもらって首に通し、ひんやりとした魔鉱専の廊下を進んでいく。受付終了間際だったせいか、私以外に受験会場に向かっている人はいない。
魔鉱専は内部も洗練された作りをしていて、柱一つ取っても細部にまで意匠を凝らした彫刻や絵が描かれている。魔鉱専はいたる都市に支部があるけれど、わざわざここ帝都まで来て入学する人がいる理由がよくわかった。
受験会場の扉には仏頂面をした魔術師が一人立っていて、私の名札を一瞥すると、早く入れと催促した。
開け放たれている扉から会場に入った。
中にはすでに数百人がぎっしりと席について、もうすぐはじまる試験に備えて参考書を広げていた。
まずは筆記試験だ。
静かなる熱気が部屋に充満していて、いやでも緊張してくる。
「すみません……ここ、空いてますか?」
どうにか空きを見つけ、職人らしいおじさんに声をかけた。
黙ってうなずかれたので一礼して静かに座り、筆箱から使い古した筆ペンを取り出した。
魔鉱専は十六歳以上であれば誰でも受験が可能だ。仕事柄資格が必要になり、四十を超えてから取得しに来る人もいる。隣のおじさんもその口であろう。基本的には若者が多く、ざっと見回してみても、やはり十代、二十代が目についた。
「時間です。皆さん、参考書をしまってください」
紋章入りのジャケット、プリーツスカート、膝上のブーツをはいた女性魔術師が言った。
がさごそと受験生が荷物をしまう音が部屋に反響する。
それを見届けると、女性魔術師が注意事項を黒板に書き始めた。
要約すると、カンニングしたら一発退場&受験資格剥奪。制限時間を過ぎて解答すると全問不正解。魔術を使った者も即退場。上位十名は名前が学校の掲示板に貼り出される、など。
そうこうしているうちに、裏返した試験問題が配られていく。
試験時間は九十分。
大丈夫、私ならできる。落ち着いて深呼吸だ。
「それでは始めてください」
女性魔術師が言うと、皆が一斉に問題用紙を表面へ返した。
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