第三話 僕たちの時間(前編)
夜風と同じ冷たい色を宿した目に見えて。
「ご、ごめんね、真中くん! 僕……っ」
反射的になぜか謝ってた。
「は? ごめんて何だよ?」
短い瞬きの後、真中くんにはっきりと現れた怒りの感情。
「えっ? えと、あの……」
「何で
分からない。突然ぶつけられる憤りが意味することが。
ううん。間違えちゃ、ダメな気がする。
「と、とにかく、そーいうことだからっ。これ、借りてたネクタイ、返すねっ」
「美乃……」
早河さんの手で揺れるそれを見てドキリとした。けれど、押し付けられるように渡されたネクタイに、真中くんの意識が僕から逸れて早河さんへと向かう。
呼吸するのを忘れてたかのように肺から息が出た。
「私のネクタイは?」
「ああ、これ……」
いつもと違う真中くんに早河さんは気付いてないのかな。
「じゃあね、
「あっ、うん。わー、本当にすぐ隣なんだねー。あ、じゃあ、真中く……」
いいのかな、このままで。
あの交換したネクタイは、どっちからどんな風に渡したんだろう。
昨日、早河さんの結ぶ自分のネクタイを口に当て「一生その格好してろ」って愛おしそうに笑った真中くん。
それが、二人の重ねた時間?
幼馴染としての距離?
好きとか嫌いとか、そんな単純な感情を越えた、もっともっと深い。
証明可能な男女間の友情なの————?
「待って、美乃梨!」
何か言いたそうに、けれどうまく言葉を繋げない様子の真中くんが、早河さんの腕を取った。きっと今の真中くんにはもう僕の存在なんて映ってないんだろう。
「えっ、何?」
「……本気で、好きなのか?」
「な、何それ。何でそんなこと……っ」
「俺言ったよな、もう付き合うなって。それ
「ちょっ、と、痛いってばっ。それに、声大きいよ、壮空っ」
「ま、真中くん、落ち着いて!」
僕の声は届いてるんだろうか。聞きたくないって僕自身が思ってる、こんな理由の分からない初めて知ってしまった痛い想いは。
「どうなんだよっ? じゃなきゃ絶対認めねー。考えろよっ、美乃梨!」
「うん……、好きだよ」
ほとんど間髪を入れない答えだった。二度目の間接的な告白みたいで、よく覚えてないのに直接言われた時より胸が鳴って、涙が出そうな位嬉しさが込み上げて来て。ただただ、目の前にいる早河さんの迷いの無い答えに、自分の中が温かい感情で満たされていく感覚がする。
「壮空は、心配してくれてるんだよね? ありがとう。でも、今度は大丈夫だから」
僕は初めて見る、伏し目がちにはにかんだ早河さんがすごく可愛く思えて、それが僕を想っての仕草で、有り余る幸せに全部を忘れて見惚れてしまったけど、真中くんもそのまま言葉を失くしてた。
「佐和っ、今のは聞かなかったことにしてよね!」
「ええっ、もう無理だよ。そ、それに、僕、すごく嬉しかったし……」
「や、やめてよ、その顔! こっちが恥ずかしくなるっ」
「えっ、ぼ、僕どんな顔すればいいの?」
照れ隠しにそんな会話をしてる内に、ネクタイを握り締めたまま立ち尽くしてた真中くんの姿は、帰り際にはもう無くなってたけど。
***
どうしよう、僕。さっきからイケメンばっかり目で追っちゃう。
早河さんは、僕なんかのどこを好きになってくれたんだろう。本当に真中くんのこと、完全に忘れられたのかな。
あの時は、真中くんに新しい彼女ができたって思ってたことを後で知った。
それに、真中くんは早河さんのこと……。
「はああ」
知らず、大きなため息が漏れた。
「……つまんない?」
「えっ?」
目の前に座る早河さんと目が合った。
「さっきからずっと上の空だし、ため息ばっかり吐いてるから、今日、つまんないのかなって」
「そ、そんなことないよっ! ちょ、ちょっと考え事してただけだから」
むしろつまらないのは、早河さんの方なんじゃ……。
「そう……。この後、どうしようか。柊二はどこか行きたい所ある? 買いたい物とか」
「買いたい物……」
気分を変えるように明るく聞いてくれた早河さんの向こうで、イケメンの彼氏さんが立ち上がったのが見えた。
僕もあの人みたいにかっこ良ければ、もっと自信が持てるのに。
「……あ、ねぇ、早河さん! ま、真中くんの私服って、どんな感じ?」
「え? 壮空の……? どんなって、うーん、割とキレイ目な格好もするし、家ではカジュアルだし……あ、例えばあの人みたいな?」
わぁぁ、そのまま雑誌から出て来たみたいだぁ。あのシャツみたいなコート、何て言うんだろ。あの髪型、どう言ったらしてもらえるんだろう。
僕でもなれるかな。あんな風に。真中くんみたいに。
そしたら、そしたらもっと……っ。
「ね、ねぇっ、真中くんってどこのお店で服とか買うのかな? 何か雑誌とか読んでるの? 普段どんなこと話す? 好きなことって何? あと、えーっと、えーっと」
それから、それから。
「……ねえっ! 柊二は、壮空になりたいの?」
「ええっ? ま、まさか僕なんかが真中くんになれるなんて微塵も思ってないよ。でも、真中くんみたいにかっこいい方が、その、早河さんの隣にいても似合うかな、って。その方が早河さんだって恥ずかしくないだろうし、何より……」
もっと、好きになってもらえるかなって。
「私は今のままの柊二を好きになったんだけど」
「……え?」
「自分の隣にいて似合うかどうかで付き合いたいって言ったんじゃない」
真剣に僕を見つめる早河さんの目は、
「柊二は……柊二だけは、壮空の代わりとして好きになったんじゃない! そんな風に思ってたんだ? 」
とても、とても悲しそうだった。
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