6日目(20)―密かな脱出劇
あまりに唐突に中継が終わったため、多くの視聴者が困惑した。
トラブル?
あるいは、意図してこうなった?
誰もが図りかねた。
テレビ各局は、その尻ぬぐいをさせられた。
「えー、はい、再びスタジオです。えー……どういった事態になったのか……只今、犯人と総理との対話の映像配信が途切れました……配信が突然途切れました。現在、状況を確認中で……」
――21時15分
龍馬は、ヘッドセットで再び百武と話した。
「こちら01。05、総理も配信を切ったか?」
「こちら05。はい、ちょうど今、切りました。こちらの配信は予定通り続けています」
「それでいい。02、03、04は、無事逃げきれたか?」
「はい。02、03、04からは、先程、退避が完了したと連絡がありました」
◇ ◇ ◇
じつは、遡ること40分ほど前。
碧、東海林、桐生の三名は、すでにハーバースクエアを脱出していた。
もともと、碧の立てた計画もそのようなシナリオだった。当初から、メンバーの中でハーバースクエアに最後まで残るのは、龍馬ひとりの予定だった。龍馬は、総理との直接対話後、最終的には人質としてここを出る。そうでないと、参加者名簿に記載があるのに不自然だからだ。加えて、当初の計画からは想定外であったが、先の配信でも人質として登場したからなおさらだった。
しかし、他のメンバーはそうはいかない。事前に脱出する必要があった。そのための逃走ルートも、事前に龍馬たちは確保していた。そのルートとは、エレベーターで地下1階の駐車場に降り、そこにある共同溝マンホールから、まず左隣のビルの同じく地下1階に移動。そこから、一旦、地上の狭い路地に出て別の共同溝トンネルを経由し、最終的に都立港館高校近くの公園のマンホールから脱出するというものだった。
すでに一昨日の深夜、ルートを逆から桐生が実際に移動してみて無事もたしかめてあった。また、この先行脱出は、作戦用に持ち込んだ機材や余った物資を極力3人で持ち去り、遺留品から足がつく可能性を最小限にするという意味合いもあった。
脱出の際、近藤たち人質役の生徒らの手伝いもあり、あっという間に荷造りを終えると、碧、東海林、桐生は、出発のためエレベーター前に立った。龍馬に加え、43名の生徒たちも見送りに立った。
そして、先行脱出する3人はそれぞれ、ひとり残る龍馬に声をかけた。
「龍馬、総理との対決がんばれよ。こんなことを言ったら変かもしれないが……楽しかった。ラグビーしか知らなかった俺を、こんな楽しい祭に誘ってくれてありがとな、龍馬」
そう言うと、桐生は少し鼻をすすった。
「まだ、終わってねえよ」
龍馬が笑顔で返した。
「すまんすまん、そうだったな。じゃ……3ヶ月後に」
そして、ふたりは固く握手した。
なぜ3ヶ月後かと言えば、百武も含めた5人の実行メンバーは、計画実施後の身の安全確保を考え、最低3ヶ月は互いに会うことも連絡することも控えようと事前に決めていたからだ。それは、同じ学校に通う龍馬と碧も例外ではなく、学内でも元の他人のように振る舞うよう決めていた。つまり、このエレベーター前の別れは、同じ志を抱き濃密な6日間を過ごした4人のしばしの別れも同時に意味していた。
「龍馬! この国の未来とか、政治とか、俺にはよくわかんないけどさ……少なくとも俺の未来は、龍馬と会って変わった。それだけは、まちがいない。教室の隅っこで縮こまってた俺に、未来という希望をくれて、ありがとな。団総理なんかに負けんなよ!」
そう言うと、東海林は少し赤い目で握った拳を前に突き出す。
「任せろ!」
龍馬はそう応え、東海林の拳に自分の拳をコツンと合わせた。
最後は碧の番だった。
碧は、しばらくうつむいたままだった。そして、龍馬の方にそのままゆっくり近づくと、無言でハグをした。その行動に周りの生徒たちは口笛を吹いたり、はやしたてたりした。
予想外の碧の行動に赤面する龍馬に対し、
「ムカつくけど……私もあなたのせいで未来を変えられた……気がするわ。責任、取ってよね」
と碧は龍馬にだけ聞こえるよう耳元でつぶやいた。
そして、龍馬を乱暴に跳ね飛ばすと、
「ガツンと総理にかましてやんなさい! わかってる?」
と最後はいつもの碧らしく胸を反らせて言い放った。
3人はエレベーターに乗り込むと、龍馬たちに手を振った。
一方の龍馬も他の生徒たちも、笑顔で手を振り返した。
まもなくエレベーターの扉が閉まり、3人の姿が完全に見えなくなった。
最後は、みんな笑顔だった。
もう人質カメラにスイッチする必要もないので、43名の生徒たちには少し狭いが隣の502会議室に移動してもらい音を絞りテレビ中継を見ていてもらうことにした。
それまで東海林が使っていた配信機材は、ほぼ東海林が脱出の際に持ち去り、龍馬とともに最後まで配信を続けたのは、最小限のカメラ一台、マイク一台、PC一台のみだった。
◇ ◇ ◇
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます