6日目(16)―煽動

「――あえて言いましょう。ジジババ栄えて、国滅ぶ」


「はっ?」

「高齢化社会とは、端的に言えば国民に占める高齢者の割合が増えるということだ。逆に言えば、若い世代の割合が減るということ。これもすでに人口動態で決定事項だが、今後20年でこの国の働く世代の人口は、じつに1750万人減る。1750万人だ! にも関わらず、高齢世代の年金や医療費の多くを働く若者世代が負担する、いわゆる還付方式を『100年安心』などと言う荒唐無稽こうとうむけいなキャッチコピーでごまかし維持しようとしているのは、どこの国の厚生労働省と政府ですか?」


「なんだ、年金の話か? どうせ若者はもらえないとでも言うんだろう? 君はわが国の年金積立金が150兆円以上もあり、かつ年金財政の悪化を避けるためのマクロ経済スライドという制度が――」

「――マクロ経済スライドは、インフレ化でしか発動できない欠陥制度じゃないか! そもそも、2015年の一度しか発動されていないのがその証拠だ!!」


「そ、それについては……政府も多少の修正は必要だろうと、まさに議論を――」

 団は思わず口ごもった。テロリストにしてはそこそこ勉強している。また正直、団の知識的に社会保障はあまり得意分野ではなかった。表情にこそ出さなかったが、少し厄介なことになったと団は内心思っていた。


「――結局、今の高齢者を救う代償として若者や未来世代に莫大なツケを回し、最大一億円以上の世代間格差を生むと言われる社会保障制度だとわかってはいるが、本音では変えたくない。そうお思いなんじゃないですか? 総理」


「そんなことはない! なにを根拠に――」

「――根拠ですか? 有権者のマジョリティはすでに高齢者だ。御党の支持者もまたしかりだ。減っていく一方で、投票にも行かない若者のことを考えたって票には結びつかない。腹の底では、そう思ってらっしゃるんじゃないですか?」


「だから、そんなことは思っとらん! 常に時代に即した制度を――」

「――話は変わりますが、総理はたしか今年で68歳におなりですよね?」

「あぁ、いかにもそうだが……」

 団はその時、嫌な予感がした。その予感は、後に的中することになる……。


「団塊の世代ですか……いい世代ですよね? ゲームで言えばだ」

「なにを言っとる! 失敬な! 大半の者が高卒で苦労し懸命に働いて、この国の高度経済成長を支えたんだ!」


「あぁ、金の卵でしたっけ? 学がなくとも、能力がなくとも、誰でも正社員として採用されたっていうアレですか? それこそ、いい時代ですよね? えっ、怒ってます? では、数字的な根拠も示しましょうか? 団塊の世代が働き始めた頃、1970年の20~24歳の失業率はわずか1・8%だった。しかし、その団塊の世代が退職を目前に控えた2003年の20~24歳の失業率はじつに11・2%にもなっていた。70年代と当時の失業リスクを比較すると、実に6・2倍ですよ? 若い頃に失業すると、その頃に本来、仕事で得られたはずの知識や経験が蓄積できず、賃金、職種、職階に生涯にわたって影響する。そこに相関関係があることは、様々な調査でも明らかだ」


「それがなんだと言うんだ! 時代のせいだろ!!」

 団のこの発言に、撮影カメラの横にいた菱川は思わず顔をしかめた。総理の発言としては、明らかに失言だと感じたからだ。

「それがなんだ? 時代のせい? 2003年当時、若い世代の採用を極端に抑制し、失業率を最悪レベルまで押し上げたのは――その頃、多くの企業や団体のマネジメント層になっていた、あなた方、じゃないんですか?」


「そ、そんなこと……一概には言えないだろう! 世代へのレッテル貼りはやめろ!」

「いいや、あなた方は自分たちがどれだけ恵まれた世代だったかわかっていない! 誰でも正社員で入社。若手の頃は、高度経済成長期で黙ってても給料は右肩上がり。みんな揃って三種の神器を買って、車を買って、マイホームを買って。歳を重ねただけで順調に昇進、年功序列で親方日の丸。時代の要請どおり、右にならえで生きていれば、そこそこの蓄えもできた。オイルショックはあったものの、その後はバブル景気の恩恵に浴し、ちゃっかりギリギリ終身雇用もしてもらえた。これって、まさにイージーモードっていうんじゃないですか?」


「そ、それは結果論だろ! 上っ面だけで俺たちのことを語るな! ふざけるなぁ――――!!」


 気づくと、団は顔を真赤にし、完全にキレていた。

 菱川が懸念していた悪癖が、最悪のタイミングで出た瞬間だった。


 ――それはまさに、龍馬の狙い通りだった。

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