6日目(6)―賽は投げられた

 ――14時20分


 東海林のカウントダウンの声だけが室内に響いていた。

 10、9、8、7、6――

 それ以降は、東海林が掲げた右手を指折りカウントダウンしていく。

 会議室後方にすし詰め状態の生徒たちも、水を打ったように静まり返っていた。

 その手前では、碧も緊張した眼差しで正面にいる龍馬を見ていた。

 ひとり桐生だけは、階下2階の踊り場で、おそらく最初にここに押し寄せるであろう侵入者を迎え撃つべく、スタンガンとグレネードを手に待機していた。それが桐生の役割ロールだった。


 すべての指を折り、無言のカウントダウンが0になると、東海林は龍馬に合図を送る。

 4つのチャンネルの配信画面が、一斉にライブに切り替わった。

 最初に映し出されたのは、スカルの目出し帽に県立南北高校の制服を着た龍馬のバストアップショットだった。

 コメント欄には、

「はじまった!」

「なにこれ?」

「シュールやな」

「自演乙w」

 などの文字列が踊った。


 まもなく、龍馬が第一声を発した。


 その声は、配信では地声がわからないよう不気味に低く加工されていた。

「はじめに、このチャンネルの配信者による放送を心待ちにしていた人々に謝罪したい。我々は、彼らのチャンネルをジャックし、現在、放送を行っている。だからチャンネルオーナーには、まったく非はない。視聴者諸君も、このまま試聴をやめてもらっても構わない。だが、できれば、このままお付き合い頂きたい。きっと、興味深いものをご覧頂けるはずだ」

 ここで龍馬は一呼吸すると続けた。

「我々の名は、県立南北高校生徒会。10代の声なき声を届けるために蜂起ほうきした。我々は、現在、東京都港舘区立ハーバースクエアで行われていた全国高校生生徒会会議を占拠し、参加生徒44名全員を人質に取っている。これから、我々の要求を発表するが、もしその要求が受け入れられない場合、彼らの命は保証できない。繰り返す。我々の名は……」

 龍馬は、あえて抑揚のない声で繰り返した。 


 冒頭、視聴者のコメントは、これがリアルなのかフェイクなのかという点に集中した。

「これマジか?」

「たしかに開かれてるね、全国生徒会会議」

「自演じゃなかったの? コイツ誰?」 

 それらのコメントが流れた直後だった。

 いきなり映像がスイッチングされ、薄暗い机と椅子のバリケード内で、龍馬と同じスカルの目出し帽をかぶされ、後ろ手に縛られたように見える制服姿の男女がひしめいている映像が映った。手前には碧の制服の右手だけが見え、その手に握られたスタンガンがを放った。


 と、視聴者コメントがいっきに増加する。

「これガチじゃね?」

「リアルじゃねーか!」

「とりま、誰か通報して!!」 

 そうした文字がすごいスピードで次々に表示されていく。


 映像は再び、スカルの目出し帽をかぶった龍馬のバストアップに切り替わる。

「ご覧の通り、人質は我々が完全に掌握しょうあくしている。公権力が少しでも手出ししようとすれば、直ちに人質に制裁が下されるので、そのつもりで。また現在、配信を行っている動画サイトの運営会社にも同様に忠告しておく。未来を担う44名の高校生の命を大切に考えるのであれば、くれぐれも下手な真似はしないように」


 再び言葉を区切ると、龍馬は人差し指を立て、声のボリュームを上げた。

「では、第一の要求を発表する」

 同時に、東海林がビデオミキサーをスイッチングし、画面が新聞記事の見出しに切り替わる。〈都立高3年男子生徒、自宅マンションから転落。事故死か?〉


 そこに龍馬の声が重なる。

「去る、本年4月。都立港舘高校3年の男子生徒が自宅マンションから転落――いや、飛び降りた。即死だった。警察の当初の見立ては、遺書も見つからなかったことから、足を滑らせたことによる事故死だった。学校も在校生に聞き取り調査を行い、いじめ等に当たる事案はなかったと報告。本件は早々に事故死として処理された――」

 再び、ドクロの目出し帽姿の龍馬の顔のアップに切り替わる。それは、さながら死神のようにも見えた。


「――しかし、生徒の遺品から遺族が生徒が生前に書いていた日記を発見した。そこには、表現こそにごしてはあったが、いじめ被害を思わせる記述が見つかった。遺族は学校に再調査を依頼した。が、学校側は再調査をしたが、いじめに当たる事案はなかったと改めて遺族に報告。あまつさえ、『早く忘れた方がいい』とまで言い放った!」

 最後は、まくしたてるようだった。


 そして、改めてゆっくりと語り始める。

「だが、しかしだ。本当はいじめが存在していた。学校側の聞き取りに対し、実際には加害生徒の何人かがいじめを認める発言をした。調査に当たった教師も、それを校長に報告した。しかし、あろうことか校長はその報告を握りつぶした。さらには、区の教育長と結託けったく、本件の完全なる隠蔽いんんぺいを図ろうとしている!」


 視聴者数のカウンター表示を見ていた百武は、思わず目を見張った。

 放送開始直後は瞬間的に視聴者数は減ったものの、ここに来て視聴者数はうなぎ登りに増えていた。おそらく、このセンセーショナルな放送がSNSを中心に瞬く間に拡散している証拠だと思われた。まさに、龍馬たちの狙い通りの展開になっているようだった。


「気になりませんか? この教育者の風上にも置けないクソ野郎はいったい? ――では、お見せしましょう」


 画面に、校長の定岡、教育長の柳田の顔が映し出される。

「いじめの事実を握りつぶしたのは、都立港舘高校校長の定岡増夫さだおか ますお、そして港舘区教育長柳田泰三やなぎだ たいぞうの両名だ」


 ふたりの顔写真は、お尋ね者写真よろしくモノクロ2階調変換され、WANTEDの赤文字がその顔の上に判で押されていた。じつは、この画像加工、東海林の悪ノリだった。が、本画像をかなりの人数の視聴者がスクリーンショットし、以後、SNSに拡散したため、なかなか効果的な加工であったとも言えた。


 再び、映像は、龍馬のバストアップに戻る。

「改めて、第一の要求だ。今、映し出された定岡、柳田の両名に告ぐ。直ちにここハーバースクエアにおもむき、いじめ隠蔽の事実を認め、遺族に謝罪しろ。繰り返す。定岡、柳田の両名は、直ちにここハーバースクエアに赴き、いじめ隠蔽の事実を認め、遺族に謝罪しろ。制限時間は、1時間だ。両名がこちらにそろったところで、放送を再開する。視聴者のみなさんには、しばしお待ちいただきたい。加えて、可能ならこの放送を全世界に広めてもらいたい。両名の処罰に、オーディエンスは多ければ多いほどいい。それでは、一旦、失礼する」

 画面は、先程の定岡と柳田のWANTEDの静止映像に切り替わり、その下に「県立南北高校生徒会 緊急生放送 一時休憩中」の文字が表示された。

「はい、カット!」

 東海林が会議室全体に告げると、生徒らから歓声と拍手が上がった。


 ――かくして、さいは投げられた。

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