5日目(4)―作戦前夜

 龍馬が自宅に戻ると、朝にはなかったダンボール箱で玄関が占拠されていた。


 そのダンボールの隙間から、東海林がにょきっと顔だけ出して言った。

「龍馬、お帰り〜! スゴいっしょ? このダンボール!」

 東海林の学校は一足先に今日から休みだった。だから龍馬は東海林に留守番を頼み、昨日や一昨日にネットで注文した様々な作戦に必要な荷物の受け取りを頼んでおいたのだ。


 機材関係をはじめ変装用のマスクに至るまで、大量発注が必要でかさばりそうなものや特殊なもので近くで買えそうにないものはすべてネットで購入した。この方が、店から足がつくというリスクも軽減できると考えたからだ。また念には念を入れ、なるべく購入店を分散させ、購入から足が付くリスクを極力下げるようにした。


 荷物の中には、必要最低限で用意したもあった。

 護身用スタンガンと催眠ガスが放出されるグレネードだ。当然、極力これらの武器使用は避けるつもりでいたが、人質の威嚇用と警察などと事を交えた際などに備え護身用として調達したものだった。


 また自宅から作戦に参加する百武以外が、作戦時に顔を隠すために被る目出し帽も届いた。サバゲーなどで使用する、黒地に不気味なスカルが描かれたものだ。じつは、このマスク、人質の人数分も用意してある。銀行強盗を扱った某サスペンス映画で使われているトリックで、人質全員に犯人と同じ格好をさせることで、警察の目を撹乱させる狙いがあった。映画好きの東海林のアイデアだった。


「届いてみて思ったんだけどさ……明日これ全部搬入するのには、やっぱ車いるね」

 東海林がダンボール群を眺め、お手上げといった感じで言った。

「その話なら今朝解決した。車を運転できる仲間が1人加わった」

「えっ、なにそれ? マジで?」

 驚く東海林に、龍馬は今朝の御影石妙とのやり取りを話した。


「そっか、そんな展開になったんだ……」

「きっと真相を知って、腹が立ったんだと思う。そこに俺が計画の話をしたもんだから、ある意味、渡りに船だったのかもしれない」

「ま、それはこっちもでしょ? 休みの日に朝から高校生がワゴンタクシー呼んで、こんだけの荷物を運んでたらどう考えても怪しいもん」

「あぁ。それにいざという時、一人でも大人の、しかも会場の外にいる仲間がいるのは心強い。ひょっとしたら、まさかの時の切り札になるかもしれない」

「切り札ね……でも、そのがないことを祈るよ」


 すると、ちょうどそのタイミングで碧が玄関に入ってきた。

「お腹減ったー……ってなに? この荷物!」

「うわっ、たしかにスゲーな……このダンボール」

 続いて、桐生も入ってきた。

 ふたりは、昨日に引き続き、碧宅の地下ガレージで爆弾作りの仕上げをしていた。

「スゴいだろ? ふたりとも間違えて踏んだりすんなよ。ところで、そっちは……完成したか?」

 龍馬は尋ねた。もちろん爆弾のことである。

「えぇ、もちろんよ。私を誰だと思ってるの?」

 例によって、碧が自慢気に胸をはった。

「まあ、今晩無事に例の場所に設置して、本当の完成だがな」

 桐生が冷静に付け足した。

「も、もちろんよ! それは言わずもがな!!」

 猪突猛進の碧に対し、冷静沈着な桐生。

 このコンビ、案外いいバランスかもしれない。


 その後、4人で協力しダンボールの荷解きを終えると、龍馬が告げた。

「じゃ、ちょっと早いけど、ランスルーするか?」

 ランスルーとは、すべて本番と同じく通しで各自が役割を確認しながらリハーサルを行うことだ。じつは劇場型政治を標榜した龍馬が特に大事にしていたのがこのランスルーだった。


 どんな小さな演説でも、龍馬はランスルーを怠らなかった。

 スタッフとしつこく最初から最後まで段取りを確認することで、事前に問題点を潰し、演説の効果を最大化するよう常に努めていた。それに、あらかじめ通しでリハしておけば、少なくとも段取りでゴタつくことはない。ましてや今回の作戦はほとんどがぶっつけ本番ということもあり、龍馬としては段取りだけでも確実に共有しシミュレーションしておきたかった。


 そのため龍馬は、横軸に各自の名前、縦軸に時間が書かれ、そのマス目の中に各自のタスクが書き込まれた「香盤表」を自ら作成していた。これで時間ごとのメンバーそれぞれの動きが一目瞭然にわかる。そして、各自のスマホやPCにも同じ香盤表を事前にシェアしていた。

「じゃ、昨日メールした香盤表を開いてくれ」

 さらに龍馬が続けようとすると、東海林が待ったをかけた。


「ちょっと待ったー!」


「どうした? 東海林」

「ランスルーするんならさ、まず格好から入らないと!」

 東海林はうれしそうにそう告げると、昨日の午前中に秋葉原で購入してきたというある衣装をメンバー一人ひとりに手渡した。その衣装は、東海林に調達を依頼しておいた作戦時にメンバーが着る服だったのだが……。

「じゃ、各自着替えたら集合で! 明日も使うから、くれぐれも汚さないようにね! あっ、ちなみに未来ちゃんにはすでに昨日配布済みだから」

 そう言えば、昨日の会談後、東海林が百武になにか紙袋を渡していたのを龍馬は思い出した。


 約10分後。

 4人は、某有名アニメの登場人物たちが着ていた、少しアレな制服に身を包んでいた。端的に言えば、コスプレ制服だった。しかも、ディスカウントストアなどに売っているペラペラしたものでなく、無駄に縫製や刺繍なども凝っており、二次元の制服デザインを本気で三次元化したような代物だった……。


 正直、東海林以外のメンバーは、微妙な表情をしていた。それは、ちゃぶ台の上のPCモニターに映る百武も同様だった。百武も律儀にそのコスプレ制服に身を包んでいたが、さっきから赤面しうつむいたままだ。


「おっ、みんな似合うじゃん! いーじゃんいーじゃん、一体感出たじゃん!」


 やたらテンションが上がってるのは、東海林のみだった。

「ちょっと、証城寺! どんなチョイスしてんのよっ!」

 最初に非難の声を上げたのは碧だった。

「えっ? あの超有名アニメの県立南北高校の制服ですけど、なにか?」

 なぜ碧が怒っているのか東海林には理解できないようだった。

「たしかに、メンバーは架空の制服かなにかで揃えた方がいいと言ったわ。でもね、それは当局を混乱させるためであって装飾のためではないから! なんなの? この無駄にデコラティブな制服! だいたい不自然でしょうが、この肩の盛り上がりとか! おかしいでしょ! それになんでニーハイなの? あっ、あと、ス、スカート短すぎるし!!」


「そうかな? どうせ着るならカワイイ方がいいじゃん! 男子もカッコイイ方が正義の味方っぽくていいと思うけどなぁ。なにより南北高校の制服ってだけでアガるものあるし!」

 すると、次は桐生が声を上げた。

「東海林、百歩譲ってデザインのことはあえて言わない。ただ、俺にはこの制服、少々サイズが小さくてな。正直、パツンパツンなんだが……」

 たしかに肩幅も足の裾もギリギリで、桐生は窮屈そうな顔をしていた。

「そう? ちょっとタイトなくらいがこの制服はイケてると思うけど。それにそれ、XLなんだよ? コスプレだからさ、その辺は勘弁してもらわないと。だって、コスプレはガマン、だからね」


「あんたね! 『お洒落はガマン』みたいに言ってんじゃないわよ! とにかく、この制服はあり得ない! ねぇ、未来ちゃんもコイツになんとか言ってやってよ!」

 碧は画面の中の百武に同意を求めた。

 と、それまで黙っていた百武がぼそりとまさかの発言をした。


「……か、かわいいと思います……私は」


 東海林以外のメンバーが驚きとともに画面を覗き込んだ。

「ねっ! そうでしょ? 未来ちゃん、わかってんな〜!」

 東海林がうれしそうな声を漏らす。

「えぇ、あの……個人的に一度……着てみたかったんです。あっ、あと……碧さん、とてもとても、かわいいです。似合ってます。正直、萌えました」

 百武は本気ので、うつむいているだけだったことが判明した……。その返答に碧も言葉を失い、なんだか頬を赤らめ、うつむいてしまった。 


 この百武の発言をきっかけに、結局、他の代替案を見つけることも難しいといった消去法的な結論として「県立南北高校の制服」が作戦時のチームの服装として採用されることになった。


 加えて、この後に顔を隠すためのスカルの目出し帽も百武を除く4人は被ってみたのだが、これによりさらにオタク感やコス感が増し、テロ集団というよりコス集団的な見え方になってきたことを誰もあえて口にしようとはしなかった。


「僕みたいなオタクにウケがいいってことはさ、ネット受けいいってことだからね? 大丈夫、これで正解だって。あとさ、この制服なんだし自分たちのこと『県立南北高校生徒会』とかって、いっそ呼んじゃおうよ! アニヲタ勢、歓喜間違いなしだよっ!」


 という東海林の根拠はあまりないがオタクを代表したような発言に、最後は一同なんとなく渋々同意したのだった。龍馬も、ネット世論を味方につける重要性は感じていたので、ここは未来の親友の言葉を信じてみたのだった。


 そんな若干イタい印象のある格好に身を包んだ4人+スカイプ参加の百武で、改めて、明日の作戦のランスルーは開始された。最初は龍馬の作った香盤表を見ながら、各自の動きを確認していた一同だったが、3回目のランスルーが終わる頃には、自然と次の行動を頭で思い描くことができるまでになっていた。またランスルーすることで、作戦の中で見落としていた穴をメンバーたちは潰していった。


 時間はあっという間に過ぎ、あたりを闇がすっかり包んだ頃。

「そろそろ、花火を仕掛けに行く時間だ」

 桐生が静かに言った。

 それから、実際の設置を担当する桐生、碧に加え、荷物持ちと見張り役として龍馬、東海林も加わった4人で家を出て、碧宅の地下ガレージへと向かった。搬出時には妙に車を用意してもらい、中身は告げぬまま運んでもらい、妙とはそのまま別れた。


 一方、百武には引き続きをオンライン上で盗む作業を継続してもらった。そして、ある場所に4人が爆弾を設置し終えたのは、日付回って作戦当日の午前2時過ぎのことだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る