5日目(3)―最後の見舞い

 龍馬が次に向かったのは、病院だった。


 タイムリープしてきた初日以来、母の見舞いには行けずじまいだった。

 明日、予定通り作戦決行となれば、おそらく病院に来ることはできない。つまり、今日以外で死神との契約の6日間に母に会えるタイミングはなかったのだ。


 だから、龍馬は作戦の準備も佳境だったが「30分だけ」と自分の中で区切りを決め、ひょっとすると最後かもしれない母との面会に訪れたのだ。


 院内は、まだ見舞いの人もまばらな時間帯のせいか静かだった。

 先程の会長との騒がしいやりとりが、まるで別の惑星での出来事だったように感じられた。まもなく、病室前に着くと一呼吸し扉をスライドさせる。

 

 大部屋の向かって右側。一番奥。

 母のベッドの前まで来ると、閉じられた白いカーテンを龍馬は慎重に開けた。中から微かな寝息が聞こえていたからだ。


 案の定、英恵は眠っていた。

 ただ、3日前にはなかった酸素吸入器が英恵の口元に付けられていた。たった3日しか経っていないのに顔色は明らかに悪くなっていて、唇も少し乾いているように見えた。


 龍馬の胸の奥に、また切ない感情が込み上げた。


 たしかに、そうだった……。

 先の時間軸でも、病魔はある段階から加速度的に母をむしばんでいった。

 また20年前のあの最期の日が、龍馬の脳裏にフラッシュバックした。

 堪えきれず、涙の雫が頬を伝った……。母が眠っていてよかったと思った。

 

 少し落ち着き涙を拭うと、龍馬はベッド脇に腰を下ろし、ただ静かに母の寝顔を眺めた。眠りつつも、母は時折り荒い呼吸になり苦悶くもんの表情を見せた。せめて寝ている間だけでも、母に安らぎを。そう祈らずにはいられなかった。そして気づくと、いつの間にか30分が経っていた。

 

 このまま起こさぬように、出て行こう。

 

 元々、ひと目だけでも見られればいいと思っていた。結局、龍馬は鞄からノートを取り出すと一枚だけ破き「また来るね 龍馬」とだけ書くと、そのメモをサイドテーブルの上にそっとのせた。


 龍馬は、母の顔をもう一度だけ目に焼き付けるように10秒ほどじっと見た。そして、迷いを振り切るように背を向けた。


 あとは一切振り返らず、龍馬は足早に病院を後にした。

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