4日目(2)―開かずの間

 駅を降り、歩くこと10分。

 

 スマホの地図を頼りに百武に告げられた住所を目指すと、辺りは高級住宅が立ち並ぶエリアに変わっていた。やがて、龍馬たちはそのを見つけた。


「なんか、すげえな……」


 東海林は、感嘆の声を上げた。

 眼前の邸宅の立派な門の表札には、間違いなく「百武」と記されていた。どうやら、立派すぎるこの家で間違いないようだ。


 龍馬が代表し、少し緊張しながらインターホンを押す。

「はい、百武でございます」

 品の良さそうな女性の声が返ってきた。

「はじめまして。未来みくさんと本日お会いする約束をしまして、伺わせて頂きました坂本と申します」

 百武の下の名前は、未来みくだった。それは、先の未来の報道でも知っていたし、念のため昨日、スカイプでも本人に確認した。また、龍馬自身については念のため母親には偽名を使用した。


 しばらくすると、百武の母と思われる女性が、門のところまでわざわざ出迎えてくれた。

「はじめまして、未来の母の美和です。今日は、わざわざお越しいただいてありがとう」

 すらりと背が高い美人で、夏らしい短い丈のワンピースを着ていた。格好からそんなに歳には見えなかったが、目尻の細かなシワに母親の心労を龍馬は垣間見た。

「坂本です」

「証城寺です」 

 まさかその偽名を使うとは思わず、龍馬は笑いをこらえるのに少し苦労した。

「あの……大変申し訳なんだけど、未来からは何も聞いてなくて……未来とは、その……ネットの方で……?」

 美和は、聞きにくそうに言った。

 やはり百武は、自分たちの来訪を母には何も伝えていなかったようだった。

 しかし、その辺りのことは想定していたので、龍馬は想定通り努めて明るく返した。


「あちゃ〜、やっぱり、そうでしたか〜! すみません、突然。しかも、男ふたりで押しかけちゃいまして……」


 さらに東海林が調子を合わせる。

「僕らネットでゲームの実況動画上げてるんです! 未来さんには、色々とその動画にコメントを頂いてまして、僕らそれが凄く励みになってるんです! そのお礼も兼ねて、今日は図々しくもお伺いした次第なんです」

 そして、龍馬は東京から買って来たケーキの箱を美和に差し出した。

「あら、ご丁寧にありがとう。それで……その未来は、じつはね……」

 美和はどうやら娘が引きこもりであることを、龍馬たちが知らないのではないかと懸念しているようだった。


「あぁー、引きこもりだってことですか? 僕ら全然、そんなこと気にしてませんよ」


 再び、龍馬が努めて明るく言った。

「肝心なのは、お互い好きなものが共通で繋がっているっていう気持ちだと思うんです。だから、リアルな話は僕らほとんどしないんですよ。ま、僕らもリア充じゃないですし」

 すると美和の顔がパッと笑顔になった。

「そう……そうなの。ならよかったわ。じつはね、おふたりには本当に感謝してるの。あの子が友達を家に連れてくるなんて……本当に本当に久しぶりで……」

 すると美和が少し涙ぐんだ。

「……もう3年近くなるから」

 それはおそらく、百武が引きこもってからの期間だろう。

 逆算すると百武は、今、学年で言えば中3のはずだから、中学入学以来、ほぼ引きこもっているということになる。美和のそのうれし泣きを見ると、実際は別の目的で来た龍馬も東海林も少し胸が痛んだ。


「私ったら……ごめんなさい。さあ、お上がりになって」

 美和はまた笑顔を作ると、龍馬と東海林を家の方へと導いた。

 邸宅に一歩足を踏み入れると、外観に劣らぬ立派な内観が龍馬たちを迎えた。

特に玄関は、総御影石そうみかげいしで2階まで吹き抜け構造になっていて圧巻だった。


 そして、龍馬たちは玄関のまっすぐ奥にある螺旋らせん階段の前で、しばし待つよう言われた。

「未来? お友達の坂本さんたちがお見えよ」

「……私の部屋に通して」

「わかったわ。じゃあ、お連れするわね。あっ、ケーキ頂いたのよ? ママ、後で持っていくからね」


「ドアの前に置いとくだけでいいから! ママは絶対入らないで!!」


「わかったわ……」

 階下にいる龍馬たちにも、2階の百武と母親の美和のやりとりが薄っすら聞こえた。どうやら、会談の場所は美和も侵入が許されていない様子の百武の部屋らしい。


 まもなく、美和が階段を降りてくると、龍馬と東海林を2階へと案内した。

 2階も広く複数の部屋があるのが見て取れたが、一番手前の部屋のドアに「MIKU」とかわいい書体のシールが貼られており、これが百武の部屋だろうことがすぐわかった。

「こちらが未来の部屋です。未来、おふたりがお見えになったわよ?」

 美和がドア越しに声をかける。

「ママは、下に降りてて!」

「……わかったわ。では、おふたりとも、ごゆっくりね」

 美和は少し寂しそうな笑顔を浮かべ、階下に降りて行った。

 と、ドアが内側からほんの少しだけ開いた。


「ど、どうぞ……」


 先程の母親に対する声とは、比べ物にならないほどか細い声が中から聞こえてきた。

「「――お邪魔します」」

 龍馬と東海林も若干緊張しながらそう返すと、普段は「開かずの間」であろうその部屋にゆっくり足を踏み入れた。

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