2日目 ―フォース

2日目(1)―遅刻厳禁

 不安を煽るが聞こえた。


 J……アラート?


 思わず空を見上げる。

 最初、それは黒い点に見えた。

 だが、やがてそれは複数になり、尾を引く煙も見て取れるようになった。

 それらの点がミサイルの弾頭部分と気づくのに、さほど時間はかからなかった。

 桐生が、勢いよく龍馬に覆いかぶさる。

「総理、少しでも姿勢を低くしてください!」

「しかし、もうこれでは――」

「――この国は、あなたを失ってはならない!」

 桐生が血走った目で、こちらを見下ろし叫んだ。

 

 次の瞬間、世界は真っ白に――

「――うぉ――――――――――――――――――――――――――――っ!」


 気づくと、龍馬は天井のシミに吠えていた。

 Tシャツに汗がにじみ、じっとり湿っている。

 蒸し暑く、息苦しくもあった。

 喉もカラカラに渇いている。

 徐々に、周りの景色にピントが合っていく。

 

 そうだった……ここは20年前の俺の部屋だ。


 そう認識するのに、たっぷり1、2分はかかった。

 体をゆっくり起こすと、手に握ったままだったスマホの時間を確認する。

 午前6時を回ったところだった。

 スマホで調べものをしているうちに寝落ちしてしまったらしい。不自然な姿勢だったからか、首も少し痛む。龍馬は、そんな重苦しい体を引きずって風呂場にまず直行した。熱いシャワーを浴び、全身の完全な覚醒を促し、嫌な汗も同時に洗い流した。30分後、少しすっきりした龍馬は、今日やるべきことを頭の中で整理した。


 今日は、あの桐生をリクルーティングすることがメインになる。


 桐生の通う高校までは、龍馬の地元から電車で約3時間はかかりそうだった。本当は朝から直行したいくらいだったが、昨晩の病院での母とのやりとりが後ろ髪を引いた。


 学校にとりあえず顔だけ出し、早々に早退しようと昨晩のうちに龍馬は決めていた。また、担任の岩槻にも二度と病院に行かぬよう釘を刺しておきたかった。母が合併症で飛沫感染する重い感染症にもかかった、とでも言えば一発だろう。

それに、第二化学準備室ラボにも顔を出し碧とも少し話をしておきたかった。龍馬は5分で制服に着替えると、すぐさま家を後にした。


 ◇ ◇ ◇


「――ねえ、いい火薬どっかにない? ほんの2、30キロでいいんだけど」


 龍馬がラボに入るなり、開口一番、碧が告げた。

「朝一にしては物騒な会話だな」

 やれやれと思いつつ、龍馬も返す。

「無駄話はしないたちなの」

 それでも碧は、変わらずクールな表情で続ける。


「念のため聞くが、俺たちの計画のため、だよな?」

「他になにがあるっていうの?」

「だよな。そこまで俺たちのこと真剣に考えてくれてありがとう、碧」

 碧の頬が赤みを帯びた。

「なな、なに言ってんの!? おっ、『俺たちのこと』なんて言い方やめなさいよ! ご、誤解を生むでしょ!」

「ん? どこが誤解があった?」

「その話はもういいわ! ! 火薬がないと爆弾は作れないし、爆弾が作れなかったら、私たちの計画は凄みのない張り子の虎になるんだからね! わかってるの?」

「あぁ、わかってる。ちなみに、いつまでに欲しい?」

「いつまでって……まさか、当てでもあるの?」

「それは……ない」

「ないんじゃん!」


「でも、なんとかする。してみせる。だって、碧の計画には不可欠なんだろ?」


「まあ……そうね」

 なぜか少しばつが悪そうに碧が答えた。

「じゃあ改めて、いつまでに欲しい?」

「仮に四日後に作戦を実行するとして……最悪でもその前日、明後日にはないと間に合わないわ」

「明後日だな、わかった」


「明後日って、ないのよ!」

、あるだろ?」


「ホント、あなたって――」

「――俺があきらめた瞬間、未来で何千何万人の命が奪われることが確定する。だから、俺はあきらめない」

「わかった、わかったわよ! で、今日のリクルーティングにはいつ行くの? まさか放課後からなんて寝ぼけたこと言わないわよね?」

「もちろん。一限終わりで早退し、リクルーティングに向かう予定だ」

「なら私も……行こう、かな」

 碧の目が、若干、泳ぐ。 

「いいよ、碧は作戦の方を――」

「――あっ、あなたの荒唐無稽こうとうむけいな未来話を信じさせるためには……私みたいな第三者も必要、でしょ?」

 最後は、龍馬を見上げ少し伺うような視線で碧が告げた。

 龍馬は、なぜここまで碧が一緒に行きたがるのか不思議だった。が、同時に碧の言うことにも一理あるとも思った。

「そ、それにね! 移動する時間も計画の議論ができるじゃない? ね、一石二鳥でしょ?」

 碧は、さらに早口でそうまくし立て、探るように龍馬の目を見た。

「まぁ、そうかも……な。じゃ、碧もついてきてくれるか?」

 途端に、碧は破顔し言った。

「しょ、しょうがないわねー。そこまで言うなら、ついていってあげなくもないわ」

 龍馬は、碧の真意を測りかねた。

「やっぱ、行きたくないなら――」

「――行くわよ!」

 龍馬は、思わず気圧された。

「そ、そうか……助かる。じゃ、一限後に校門を出たひとつ目の信号のところで」

 そう答えると碧は、なぜかうれしそうな表情で返した。


「遅刻厳禁だからね!」

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