第二十八話 引きこもりとストーカー

 今思えば、異変はかなり前からあったような気がする。


 そんなはずはないと、少なくとも『俺』はその対象の外にいるんだと、ついつい思い込んでいた。


 その思い込みこそが、罠だったのだ。



 女の子がいた。


 クローゼットの中に。


 な…何を言っているのかわからねーと思うが、俺も何がどうなっているのかわからなかった…頭がどうにかなりそうだった…気のせいとか幻覚だとか、そんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。 もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……というか今まさに味わっているぜ……


 日本人形のように白い肌に、吸い込まれるような真っ黒な髪の毛。それに加えて大きく美しいがどことなく洞のような光のない目が俺を飲み込むようにしてこちらを見つめていた。


「……」

「……」


 俺はそっとクローゼットの扉を閉じると、深呼吸をしてからもう一度扉を開いた。


 いた。


 女の子やっぱりいた。


「……」

「……」


 もう一度、俺は扉を閉める。


「…………うそぉ……」


 もはやそんな言葉しかでない。


 うそぉ……?

 なんでぇ……?


 お化け……? 事故物件……? あれ……? あ、そうか座敷童! よかったぁ……だったら幸福をもたらすもんね。そっかぁ……よかった悪霊とかじゃなくて……

 え? なに? ほかの可能性も考えろ?

 やだよ! だって考えうる限り『クローゼットの中に隠れている謎の女性の正体』として一番友好的なの座敷童なんだもん! それ以外だったらもうおしまいだもん!


 でもどうしよう……扉開けたらいるよね? 一言目はどうしたらいいんだ? だって座敷童と話すの初めてなんだもん。「ようこそ我が家へ!」か? いやでも座敷童なら俺よりも早くこの家にいるわけだからな。やっぱり「はじめまして!」かな。いやいやでも座敷童ならもっと昔から俺のこと見守ってくれたかもしれないし……


「鏡太君! 入るわよ!」

「うおっ!?」


 突然部屋の扉が開かれて、お姉さんが乱入してきた。


「お姉さんとお出かけしましょう! ね! おいしい物食べにいきましょう!」

「ノックしてくださいよもうっ!」

「あら、ごめんごめん」


 まったく反省していない雰囲気のお姉さんだった。この人はもう……


「ん? どうしたのクローゼットの前でぼーっとして……もしかしてお着換え中? 出かける予定でもあったかしら?」

「あ、いや……別に……ちょっと整理でもしようかと思って……」

「素敵じゃない! 整理整頓のできる男の子はモテるわよ」

「わ、わかりましたって……今忙しいんであとにしてもらってもいいですか?」

「もう……鏡太君は冷たいのね……」

「すぐ終わらせるんで、そしたら夏南も呼んで一緒に行きましょうよ」

「……」

「な、なんですか?」

「……いえ、道は長いなと思って」

「はあ……?」


 ぐぬぬ……と言った表情でお姉さんは部屋を出て行った。なんだったんだろう……


「いやいやそうじゃない……そうじゃないぞ……」


 問題はクローゼットの中だ。

 どうする? なんかお姉さんと会話をして一拍を置いたから、それのせいで冷静になって恐怖がぶり返してきた。


「…………ふぅぅぅぅ……」


 深く深く呼吸をして、ゆっくりとクローゼットを開けると――


「……(にっこり)」

「ヒッ……!」


 満面の笑みだった! こえぇえよ!!


「きょーくんッ!?」

「うおおお!! びっくりした!!!」


 俺が悲鳴を上げてからノータイムで夏南が部屋に飛び込んできた。まるでずっと部屋の前に張り付いていたかのような……


「さっき秋洲さんがきょーくんの部屋から出てきたら、なにかされたんじゃないかって!!」

「そ、そんな心配しなくても……」

「大丈夫!? 『消毒』する!?」

「えなにそれは」


 『消毒』? 専門用語? めちゃくちゃ不穏な響きだけど……


「ん? きょーくんお着換え?」

「ああいや、また一段と寒くなってきたら服の整理を……」

「………………匂い」

「へ?」

「…………知らない女の匂いがする」

「うそだろこいつ」


 どういうこと? 匂い? 犬かなんかなの?


「前々から少し気になっていたけど、やっぱり秋洲さん以外にも女がいる……」

「こ、怖すぎるわ!」

「大丈夫! きょーくんはあたしが守るから!」

「怖いのはお前だよ! うわおいやめろだめだめクローゼットをあけないで夏南ストップストップ!!」


 しかし悲しいかな俺の意見が通ったことはなく、夏南は強引にクローゼットをこじ開けた。


 このままでは貞子 VS 伽椰子みたいになってしまう。八咫野家がホラーハウスになってしまう……


 もうだめだぁ……おしまいだぁ……


「出て来い泥棒猫ッ!! ……あれ?」

「……?」


 手で目を覆っていた俺は、夏南のきょとんとした声に反応して少し指の間に隙間を開けた。


「あれ……? い、いない……」

「……へえ……?」

「あ、やべ……」


 思わず『いない』と口に出してしまった……


「やっぱり……誰かいるんだ……?」


 暖房をつけていたはずなのに部屋の温度が-273℃くらいにまで下がった。

 

「そう……なんだ……私がいるのに……きょーくんは知らない女をクローゼットに匿って毎日いちゃいちゃ……」

「いや今日が初対面でしたけど!?」

「……必ず探し出してやつざ――やっつける」

「今八つ裂きにするとか言わなかった!?」


 逃げて! 逃げて座敷童の人!!


「だってきょーくんは……あたしのものなんだから……!」


「それは……違う……」


「「!?」」


 突然響いたそんな声に、俺と夏南は同時に振り向いた。


 今まさに、俺のベッドの下から這い出てきた少女こそが、先ほどまでクローゼットの中に潜んでいたあの少女だった。


「う、うわああああああ!!!」


 あまりの恐怖に錯乱する俺をよそに、夏南と座敷童さんはお互いに視線をぶつけていた。


「鏡太さんは……わたくしの……もの……」

「出たわね……」


 決戦は目の前だった。


 


 


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