第十七話 引きこもりと反撃開始
『どうかしら~? 鏡ちゃ~ん?』
春姉ぇののほほんとした声がインカムから響いてくる。
「えっと……まあ、大丈夫といえば、大丈夫ですけど……」
『ちゃんとサンタさんはできそうかしら?』
「いやサンタさんっていうか……」
俺は自分の姿を見下ろした。真っ黒な装束に足袋、頭には頭巾を装備している。
「忍者なんですけど……」
俺は完璧な忍者だった。何を言ってるかわからないかもしれないけど、俺も何が何だか分からないからここは対等ってことで。
『だって~鏡ちゃんがほっかむりは嫌だって言うんだもん』
「いやそれじゃあホントに泥棒じゃないですか!」
『うふふふふ~』
屋根裏に張り付きながら(!?)、俺は呆れた表情で春姉ぇの妖しい笑い声を聞いた。
なぜこんなことになっているのか、少しだけ説明しよう。
★
「春姉ぇ?」
スマホの画面に表示された名前を見て、俺は素っ頓狂な声を上げた。春姉ぇ?
これまではきっと俺のことを気遣ってくれて連絡をして来なかった春姉ぇが、今になってどうしたのだろう。
いや、連絡してくる理由はある。
春姉ぇは妹の夏南のことを溺愛している。
夏南は気が付いていないだろうが、正直妹に対する家族的な愛情とか、すでにそういう感じではない。そう、言うなれば、シスコン。それもかなり重度のやつだ。
それを踏まえてちょっと状況を整理してみよう。
・俺は今、夏南と絶賛喧嘩中
・しかも俺が原因
・そしてあれほど心配してくれていたというのに秋洲さんと知らぬ間に同棲していた(と思われている)
→ 死
「よし……電話は取らないでおこう」
俺はそっとスマートフォンを伏せると、布団を頭から被った。
嫌だ……死にたくない……俺が生きる価値のある男だとは思わないけど、春姉ぇに殺されるのだけはやだ……確実に一番残酷な殺され方をされるから!!
冬の東京湾に沈んでいく自分の姿に震えていると、リビングから電話が鳴り響くのが聞こえた。スマホの着信音も止まらない。
「こ、怖えぇ……!」
だけどダメだ。家じゅうの電話が鳴り響いているが、これに応答した瞬間俺の人生が終わる。
ピンポーン…………
と、信じられない音がして俺は震え上がった。
え!? インターホン!?
真っ暗な部屋にいるので余計に怖い。
来てるの!? 家に!?
かなり心臓が怪しい感じになってきているが、それでも俺は耐えた。いないふり……居留守……そうだ、これまでもそれで切り抜けてきただろう! 頑張れ八咫野鏡太!
ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン
「春姉ぇ!!! ごめんなさい!!!!!」
『あら~、鏡ちゃんこんばんは~うふふ~』
失禁しそうなほどの恐怖に駆られて、俺はスマホを取った。間延びしたいつもの春姉ぇの声だ。そしてインターホンの連打も止まった。
『久しぶりね~』
「は、はい……そうですネ……」
怒ってはいない……? いや声から春姉ぇの感情を計ろうなどとは考えてはいけない。これは確実に怒っているだろう。平謝りに限る。
「あの……夏南は……」
『帰って来てるわ~』
「その、俺――」
『いいのよ~あの子も悪いから~』
俺の言葉を予想していたかのように、春姉ぇはそう言った。
『それよりも、今ピンチなんでしょ~?』
「え、いや、まあ……」
『なら、お姉ちゃんが助けてあげるわ~』
「へ? いや、春姉ぇに迷惑はかけられな――」
『明日のお昼に、昔みんなでよく行ったあのカフェで待ってるわね~』
「いや、あの、ちょっと……今家の前にいるんじゃ……」
『なんのことかしら~?』
じゃあね~よく寝るのよ~
と有無を言わさぬ感じで電話を切った春姉ぇに、俺は呆然とした表情になった。
急すぎる。さすがは春姉ぇだ。
そしてなにより……
「じゃあインターホン押してたの……誰?」
ぼんやりと春姉ぇの妖しい笑顔を思い浮かべながら、俺は震えながら眠りについた。もちろん悪夢を見た。
★
はい。そういうわけで今俺は忍者のコスプレで巨大なお屋敷の天井裏に隠れています。
え? ちっとも理由が分からないって?
あの次の日――すなわち今日の昼、俺は例のカフェで春姉ぇと落ち合った。大荷物を抱えた春姉ぇに底知れない不安を覚えていた俺だったが、存外に春姉ぇは優しかった。
出会ってまず俺を抱きしめると、彼女はそっと俺の頭を撫でつけた。
四季山家の匂いがした。
「よく家を出られました~偉い偉い」
やさしくそう言いながら撫でられていると、なんだかすべてを許されている気がして思わず涙腺が緩みそうになったので、俺は慌てて春姉ぇの腕から離れた。
「か、夏南のおかげですよ。本当に」
「ふふふ~」
すべてを知っているかのような笑顔で尚も俺の頭を撫でていると、春姉ぇは言葉を付け加えた。
「そして、空き巣のお姉さんのおかげでもあるんでしょ~?」
「それは……」
「居場所、わかるわよ~?」
「えっ!?」
春姉ぇの放ったその言葉に、俺は身を乗り出した。
「ほんとですか!?」
「わたしを誰だと思ってるのかしら~?」
春姉ぇは笑うと、そっと俺の手を握った。
「鏡ちゃんにやる気があるのなら、わたしが空き巣さんともう一度会わせてあげるわ~」
俺は迷わず答えを出した。
★
「とはいってもやっぱり強引じゃ……」
『大丈夫よ~鏡ちゃんならきっと上手くできるわ~』
「直接家に乗り込むなんて……それにこんな大きな屋敷だなんて知らなかったですよ」
『大きい方が潜りがいがあるでしょ~?』
「いやそういう問題じゃ……やっぱり春姉ぇちょっと怒ってます?」
『健闘を祈るわ~』
「あ、ちょっと――」
通信が切れた……
俺は諦めて天井の隙間から屋敷を見下ろした。
秋洲邸は静かだった。
この広大な屋敷のどこかに、お姉さんはいる。必ず見つけて、話をする。それだけだ。
十二月二十四日。クリスマスイヴ。
俺は忍者の格好で、まるでいつかの誰かのように、人の家に不法侵入していた。
ここから俺の逆襲がはじまるのだ。
……やっぱりだめかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます