第十六話 引きこもりと最強のお姉さん


 突然ですが、初めまして。


 四季山春南と申します。


 以後お見知りおきを~


「うわーーーーーーーーーーーん!!!!!」

「あらあら~」


 今日は突然帰って来たと思ったらいきなり私に縋りついてむせび泣き始めた妹の頭を撫でています。

 かわいいわ~❤


「夏南ちゃ~ん? 鏡ちゃんのお家に行ってたんじゃなかったの~?」


 妹の夏南は四日ほど前に家を出て以来、幼馴染の八咫野鏡太の家に泊まっていたはずだ。話を聞く限り上手くやっていたようだけど……


「じづばがぐがぐじがじがでぇぇぇええええええ」


 『実はかくかくしかじか』で?


「あら~そんなことがあったのね~」


 は~い。把握しました~


「ぜっだいぎょーぐんにぎらわれだぁあああああ」

「そんなことないわよ~」


 わんわんと泣き叫ぶ夏南ちゃんの頭を撫でながら、わたしは優しく語りかけた。


「そんな簡単に嫌いになるわけないでしょ~?」

「ぜっだいぎらいになっだもん!!!」

「だいじょうぶよ~」

「ぜっだいぜっだいぎら――ふにゃぁああぁあああ!!!?!?」


 それでも泣きじゃくる妹に四の字固めを仕掛けると、ほどなくして夏南ちゃんは大人しくなった。やっぱり泣く子には四の字ね~~


「どう~? 落ち着いたかしら~?」

「ギブギブギブ!! 落ち着きました!!!」


 夏南ちゃんを解放した後、わたしはぎゅっと彼女を抱きしめた。


「よしよし、いい子いい子~」


 わたしは妹が大好きだ。好きで好きでたまらない。


 八咫野鏡太。

 夏南が小さなころから思いを寄せる幼馴染の男の子。

 明るくて、純粋で、そしてまっすぐな男の子。

 それこそ小さな頃は夏南の方がお姉ちゃんで、鏡ちゃんは夏南ちゃんの後ろをついて回るようにしていた。子供の時は女の子のほうが体も大きいから、ただでさえ活発な夏南ちゃんに鏡ちゃんは振り回されていたのだけど、大きくなるにつれて――そう、中学生の時にはもう鏡ちゃんの方が大人っぽくなっていて、一緒にいると夏南ちゃんをリードするようにもなっていった。


 鏡ちゃんの方はまったく気づいていないようだけど、そのころから夏南ちゃんはすでに鏡ちゃんのことを意識し始めていた。二人とも段々と大人になっていったらいつかは……なんて思っていた矢先に、


 鏡ちゃんの両親が事故で亡くなった。


 相当ショックが大きかったのでしょう。それになにやら鏡ちゃんと親戚の間でトラブルがあったらしく、明るく純粋だった鏡ちゃんは家に引きこもるようになってしまった。


 妹はそんな彼に今でも恋心を抱いているようで、鏡ちゃんが引きこもっているの知ると真っ先に家に飛びこもうとしていた。その時は確かコブラツイストで止めたっけ。


 こつこつ毎日連絡をする。そうすることによって一人ぼっちの鏡ちゃんの潜在意識に『四季山夏南』という存在を刷り込む。そしていつかくる時のために八咫野家の母の味を完璧に習得させる。これが女の戦い方なのよ~~~


 ある日連絡の途絶えた鏡ちゃんを心配して八咫野家まで行った夏南ちゃんは、勢いそのまま八咫野家に住み込むことになって……それから四日ほどで帰って来た。


 なるほど……突然現れた空き巣の巨乳のお姉さんが鏡ちゃんを誘惑して……


「夏南ちゃん? よく聞いて~?」


 そっと妹の顔を上げさせると、潤んだ双眸がわたしに向けられていた。

 思わずキスしたくなってしまって、わたしは思いとどまった。

 いけないいけない……ここは威厳ある姉として振る舞わなくては……


「夏南ちゃんは鏡ちゃんと出会ってどのくらいかしら~?」

「えっと……15年以上……」

「小学生の時、初めて行く京都ではぐれたときに一番先に見つけてくれたのはだれだったかしら~?」

「きょーくん……」

「中学生のとき、陸上部で中々結果が出なかったときにいっつも夜遅くまで練習を手伝ってくれたのはだれかしら~?」

「きょーくん……」

「結果はどうだったかしら~?」

「県大会まで進めた……」

「高校で赤点をとって留年しそうになった時、休日を返上して数学を教えてくれたのはだれだったかしら~?」

「きょーくん……」

「きょーくんと同じ大学に行きたいからって泣きながら勉強してたのを手伝ったのはだれかしら~?」

「……それはお姉ちゃん」


 そうでした~

 わたしとしたことがつい~


「じゃあ、大学で鏡ちゃんに彼女はできたかしら~?」

「できてない……」

「女の子もたくさんいるサークルに入っているのに、あんなにかわいい鏡ちゃんに彼女ができないのはなんでかしら~?」

「……あたしのことが……すきだから……?」

「その調子よ~」

「いやいやいやいやそれは短絡的すぎるよお姉ちゃん!」

「そうでもないと思うけど~」


 ようやく目に光が灯った夏南ちゃんの頭を撫でながら、わたしは言葉を続けた。


「鏡ちゃんはだれにでも優しいわ、それは夏南ちゃんも前から知ってるでしょ~?」

「うん……」

「それでも自分だけにやさしくしてほしいのよね~?」

「………………うん」

「でも夏南ちゃんが好きなのは、そんな『みんなに優しい』鏡ちゃんでしょ~?」

「それは……そうだけど……」

「ふふふ……」


 素直にうんうんと頷く夏南ちゃん。

 かわいいわ~~~~~~!!

 もう食べちゃいたい!


「そう考えると、案外家を飛び出してきたのは正解だったかもしれないわ~」

「それってどういう……」

「うふふふ~」

「もうっ! お姉ちゃんったら!」


 わたしはぷくっと膨れた夏南ちゃんのほっぺたをつつきながら、内心で策をめぐらせた。


「ここはいったん、このお姉ちゃんにお任せなさ~い」


 秋洲香波。

 わたしの見立てでは……ふふふ……



 独りになってからの時間はあまりにも長かった。

 いきなり奈落の底に突き落とされたかのような孤独と後悔で、俺は自室のベッドの上から動けないでいた。


 立ち上がるって決めたのに、支えてくれる人の気持ちを無駄にはしないって決めたのに。


 結局は夏南を傷つけてしまった。

 お姉さんに関してはあれほど濃い時間を過ごしたというのに、知っているのは名前くらいのものだ。


「なんであんなこと言ったんだろう……」


 後悔してももう取り返しがつかない。家にはもう俺しかいない。

 これが俺の招いた結果だ。


「はあ……」


 思考が堂々巡りしている。

 夏南とお姉さんが居なくなってから今までずっとこの調子だ。今度こそ再起できる気がしない。

 俺は本当にダメでクズでどうしようもないバカでもうとにかく――


 リリリリリリリリリリリリリ……


「うおっ!?」


 突然スマホが鳴り響いて俺は仰天した。


「夏南か!?」


 LINEも着信も全く受け付けてもらえていなかったが、気が変わってくれたのだろうか。

 はやる鼓動を押さえながらスマホの画面を見ると、そこには意外な人物の名前が表示されていた。


「……春姉ぇ?」

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