Chapter5【葬列】

【午後三時十五分 バホス 民家】


 黒衣に身を包んだ人々の群れがゆらゆらと揺れながら列を成し、汚泥の道に沿ってゆっくりと行進を続けていく。参列者たちは各々が悲しみの表情をかたどった仮面を付けていた。列の中央に一際大きな黒い塊が集まって木でできた棺を運んでいるのが見える。


 俯瞰から見るそれは正に蟻の行列そのものだった。参列者たちは感情を見失い、機械のようにただただ骸を運んでいくだけの装置と化している。蟻の行列と唯一違う点があるとすれば、その行進が歌を歌っていることだった。経に似たこの地方独特の死者を弔う鎮魂歌だけが、かろうじてその葬列を人のものたらしめていた。時折、感情を失ったはずの歌の中に嗚咽が交じることもあった。


「あれが聞こえるか」


 葬列が見える民家の窓辺に男が立っている。年は二十代中頃だろう。羽織ったシャツの隙間から覗く、痩せて浮き出た肋骨から彼の普段の生活がどれだけ貧しいものかが想像できる。


「また死んだ。日ごとに死人が増えてる。今週はもうこれで八人だ。あの人たちがなんで泣いてるのか、あんたはわかっているのか?アレは死んだ人間を想って泣いてるんじゃない。次は自分の息子がそうなるんじゃないかと、恐怖に怯えて泣いてるんだ」


 部屋の奥、暗がりの中には初老の男が立っていた。窓の外に見える現実を拒絶するかのように距離を取っている。その態度が若い男を一層苛立たせていた。


「俺にどうしろってんだ。今更元には戻れない。金もたくさん貰ってる。補助金がなくなれば今度は飢え死にや凍え死にが出る。死に方が変わるだけだ」

「前の方がマシだった。金が無くても助け合えばどうにかやってける」

「無理だ。一度でも知ってしまったら元には戻れない」

「何を」

「金のある暮らしだ。みんな初めてセーターを着たんだ。あの暖かさを知っちまったら、もう脱ぐことはできない」

「だからって」

「お前だって金がなくなれば危ない。それよりもっと金を貰って、ちゃんとした飲み水を買えばいい。水のせいなんだ。みんなが身体を壊すのは」

「あんたの話はもう誰も信じない」

「信じるさ。こうなったのも俺のせいじゃない。俺はみんなの代わりに契約書にサインをしただけだ」

「僕だって読み書きができればあんたに任せたりなんかしなかった」

「でもお前は字が読めないし、自分の名前も書けない。これが現実だ。いいか、みんなに水を買うように言うんだ」

「…水なんてどこに売ってるんだ」

「ザトラチネの市場ならまだまともな水が手に入る。死体を捨てに行くついでに買ってくればいい」

「もうこれ以上あの街に死体を捨てに行くのは無理だ。みんな嫌がってる。ちゃんと埋葬したいって言ってる」

「ダメだ。死人が増えてることがバレれば実験は中止になる。そうすれば補助金が出なくなる。それより街を出ていったことにするんだ。そうすれば怪しまれずに済む」

「不自然だ。誤魔化しきれない。いつかはバレる。だったら早めに言うべきだ」

「ダメだ。ダメだダメだダメだ。いいか。もし実験がなくたって、俺たちはいつ死んでもおかしくなかったんだ。それが実験のおかげで人間らしい暮らしができるようになった。夢みたいな話だ。金も貰えた。これからだったんだ。あともう少しなんだ。だからこんなところで終わっちゃいけない。ちゃんとした水を飲めば大丈夫だ。いいからさっさと水を買って来い!」


 言葉の影に入り混じった狂気に気圧され、若い男は口をつぐんだ。


 この町で一番学があるという理由で代表に選ばれたこの男は彼らの話を最もよく聞き、契約書にサインをした。確かにそれは代筆だった。当時、契約は町全体の総意であり反対するものはいなかった。全員が幸福になれるはずだった。今朝彼の恋人が死に、棺に入る前は、彼もそう思っていた。


「…わかった。水を買ってくる。みんなにもそう伝える」

「ああ、そうだ。それでいい。タバサの死体をザトラチネに捨てに行く帰りに買ってきてくれ。補助金の値上げ交渉は俺からしておく」


 若い男が階段を降りていくのを確かめると初老の男は大きな溜息をついた。それからようやく窓に近づき、若い男が家の外に出たのを確かめる。葬列の様子がチラリと視界の端に入ったが、なるべくそちらに意識は向けないように努めた。


 初老の男は部屋の隅に置かれた机に座ると、懐から鍵を取り出し、引き出しの鍵穴に差し込んで幾つかの書類の束を取り出した。見出しに契約書と書かれたそれを机の上に広げ老眼鏡をかけると、引き出しの更に奥から一冊の辞書を取り出した。契約書の序文を指でなぞりながら読み上げ、数行も読み進めないうちに言葉が詰まる。その度に男は辞書を開き、言葉の意味を探していった。


「乙…が…本…ち、ちけんの…じっしに関して…次の通りに契約をて…………てい、ていけつする……」


 その時、階段が再びギシギシと音を立てた。


 若い男が戻ってきたのだろうか。初老の男は慌てて書類と辞書を引き出しにしまい、机の上にあるはずの鍵をパタパタと手で探す。だが鍵の発見は間に合わず、代わりに平静を装うことに努めた。椅子から立ち上がり、呼吸を整え、階段を上がってくるものを出迎える。


「どうした?忘れ物か?」


 若い男はその問いに答えず、目の前の男に向かって右手に持った包丁を思い切り振り下ろした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Rubbish 章丙 @Sho-hey

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ