Chapter3【死体】

【午後三時五十分 処理場 第九廃棄物分別所】


「このオレンジのふくろが、もえるゴミ」


 説明しながらフランは運んできたポリ袋をリリの前に置いた。Bと大きく書かれた袋は半透明で、中には紙くずや布切れなどが詰め込まれているのが見える。


「このふくろをなるべくいっぱいつんで、ショウキャクロまでもってくの。トラック、うんてんできる?」

「えっと、はい、たぶん大丈夫だと思います」


 たどたどしい説明を精一杯理解しようと努めながらも、リリは未だ自分の置かれた状況に気持ちの整理が追いついていなかった。


 目の前には大量に積み上げられた色とりどりのゴミ袋の山。

 身に着けているのは処理作業者専用のガスマスク。

 雑菌や有毒物質を防ぐために作られた特製のアンダースーツ。

 サイズの合わないブカブカのつなぎと手袋。

 丈夫なミリタリーブーツ。

 長い黒髪は頭の上でまとめている。


「青いふくろはもえないゴミ。黄いろは生ごみ。みどりは再生ごみ。ほかのふくろは別の人たちがもっていくから、やらなくてへいき」

「わかりました」


 膨大な量のゴミ袋の山からフランに言われたとおりオレンジ色の袋だけを集め、せっせとトラックに載せていく。中には木片が大量に入ったものなど、かなり重い袋もあった。フランはそれを一つ一つだがてきぱきと運んでいく。その姿に感心しながらリリも倣って作業を続ける。暑さで汗は吹き出し、足腰がふらふらになっていた。


 なんでこんなことになっちゃったんだろう………。

 

 手を動かし続けながらリリはこれまでの経緯を振り返っていた。



【午後二時十分 処理場 医務室】


「よし。わかった。とりあえずお前ここで働け」


 リリが自らを処分してくれと懇願した後、しばらくのあいだ何かを考えるように立ち尽くしていたギズがようやく発した言葉がそれだった。


「…は?」

「人手が足りねーんだよ。うち」

「いや、そうじゃなくて、私は」

「さっき言っただろ」

「?」

「拾ったもんをどうしようと拾った奴の勝手だって」

「…いや、あの、ですけど…」

「フランさん」

「なに?」

「この人に仕事を教えてやってくださいな」

「わかった」

「うん、じゃあそういうことで。俺ちょっと用事できたから」

「え、ちょっと、そんな、待ってください」


 呼び止める声を無視してギズはそのまま部屋から出て行こうとした。

 放っておいてもリリが納得しそうにない様子だったので、ギズは仕方なく部屋の出入り口で立ち止まり一言だけ付け加えた。


「あんたの処分については、今日一日、仕事を手伝ってくれたら考える」

「そんな……………」

「それが条件だ。んじゃフラン、あとよろしく」


 そういってギズはあっさり部屋を出て行った。扉を閉める直前に「んだよもーめんどくせーなチクショー」とぶつくさ文句を言う声がはっきり聞こえた。


 部屋にポツンと取り残されたリリとフランが目を合わせる。


「……えーと……」

「おきれる?きて」



【午後二時二十分 処理場二号館‐三号館連絡通路】


 医務室を後にしたリリはフランに連れられるまま、処理場の廊下を歩いた。階段を上り、また上り、別の階段まで廊下を歩き、再び下って、渡り廊下を渡り、また階段を上がる。


 どうしてそのような造りになっているのか最初はわからなかったが、どうやらこの建物は増築や修繕を何度も繰り返しているようで、真新しい部分と今にも崩れそうな老朽化した部分とがツギハギになって出来ていた。最初リリがいた保健室は壁が白くて病院のように清潔な印象だったが、今二人が歩いている廊下の壁は何十年も前に作られたのであろうボロボロのコンクリートが剥き出しになっていて照明も薄暗い。途中、『立入禁止!』と書かれた扉が幾つもあった。フランの後ろをついていくことしかできないリリは段々と不安な気持ちになってきた。


「ど、どこまでいくんですか?」

「すぐそこ」


 廊下の突き当たりを曲がると再び建物の様相が一変した。今まで通ってきた場所の中では一番真新しく見える。広い廊下の両隣に部屋がいくつもあって“応接室”とか“会議室”と書かれたプレートがそれぞれの扉の横についていた。その中の一つの扉の前でフランが立ち止まる。


「ここ」


 立ち止まったその部屋のプレートをリリが確かめた。


《所長室》


 フランが扉をゴンゴンと乱暴にノックし、返事が返ってくる前にガチャリとドアノブを回して勝手に扉を開けた。


「しつれーします」


 フランの後ろからリリは覗き込むように室内の様子を窺うと、部屋の中央に置かれた机の奥に座っている白髪の老人の姿が見えた。


「フランか。すまんが少し待ってくれ」


 老人は掌の中で、なにやら見たことのない小さな機械をいじっている。顔に複数のレンズがついた奇妙な眼鏡をかけていた。どうやらこの老人が処理場の所長であるらしい。


「あと五十七秒で終わる」


 視線を掌中の機械に落としたまま所長はフランにそう告げた。どうやら今は手が離せないらしい。時々眼鏡のレンズを入れ替えてピントを調整しながら物凄い手さばきで機械の塊に細い工具を突き刺している。リリが既視感を覚えたその姿はルービックキューブや知恵の輪といった立体型のパズルを解いているようにも見えた。


 更に目を細めて観察すると、鳥の卵の形をしたそれは、装飾が派手で、高価なアンティークの置き時計に見えた。しかし、中央に取り付けられていたのはデジタル計で、数字の羅列が上下段に分かれている。上段の数字はすべて0で、下段の表示は今「00:00:51」となっている。数字は徐々に減っているようだった。


「ばくだん?」

「うむ」

「え?」


 リリは思わず部屋に踏み入れようとした足を止めた。


 ばくだん…?爆弾?聞き間違いだろうか?


 もう一度それを確かめようと老人の手元を覗き込む。しかし確かめる前に側にいたフランがそのままスタスタと部屋の中に入っていってしまった。


「え?ちょ、あれっ?」


 部屋の中に入っていったフランが机の手前まで寄っていき、背伸びして机の上に顎を載せ、それをじっくり眺める。


「きれい」

「すばらしいだろう。稀代の芸術家にして爆弾魔、ジョン・マクファールの作だ。彼の作品は全て一級の芸術品であると同時に精巧な時限爆弾でもある。どんなに美しいものでもいつかは壊れる。諸行無常。創造と破壊を一つの物質に込めようとしたんだな。今じゃこの世に現存しているものはほとんど無い。この数字の部分のデザインを見なさい」


 所長は冷静に、しかしどこか興奮しているような語調で解説を続ける。その間も指先は物凄い速さで動き続けている。


「ぜろぜろぜろぜろさんなな」

「デジタル計にも関わらず、一秒一秒、数字のデザインが変わるんだ。有為転変。時間の概念を見事に表現している。つい、ずっと見ていたくなるだろう?それがこの作品の恐ろしいところだ。外国のコレクターが持っていたんだがね。カウントダウンが終わるギリギリまで手放そうとしなかったのを、昨日、遂に処分を決意して持ってきたんだ」

「さんぜろ」


 所長の手を動かすスピードが更に上がった。


「この仕掛けがまた……………なんとも………緻密で…………極上…………」

「にげたほうがいい?」

「いや、すぐ終わる」


 残り十五秒。


 突然、所長の手の動きがゆっくりとした動きに変わった。ピンセットのような細いはさみでコードを一本一本切断していく。だが、その間もカウントダウンは進む。


「ご、よん、さん」

「これで終わりだ」


 パチンと音がして、所長が最後のコードを切り終えると、デジタル計は「00:00:02」という数字を表示したままカウントダウンを止めた。


「とまった」

「うむ、止まった。………………………やはり残り一秒まで見ればよかったかな」


 緊張が解けたのか息を大きく吐いてリリはその場に膝をついた。その気配で所長はようやく少女の存在に気付いた。


「ギズが拾った娘か」

「リリ」


 フランが付け加えるように紹介した。


「君もこっちへおいで。お茶でも入れよう」

「あ、はい。えっと……………………入っても大丈夫ですか?」


 所長はなるべく少女を怖がらせないよう優しく微笑みを浮かべ、ちょいちょいと指先を動かし、少女に室内に入るよう促した。リリはなんとか膝に力を込めて立ち上がり恐る恐る部屋に足を踏み入れる。


 そこでようやくリリはその部屋の異様さに気づいた。


 四角い部屋は所長が座っているデスクからリリが立っている部屋の入り口までがかろうじて通路のように床面が見えている状態で、それ以外の全ての空間が奇妙な骨董品やガラクタでびっしりと埋め尽くされていた。


 金色の角をもつ鹿の剥製。

 ガラスの地球儀。

 一つずつ種類の違う果実をつけた樹木。

 水槽の中を泳ぐ虹色のサンショウウオ。

 古城の前で戦争をしている写実画。戦っているのは人ではなくロボットだった。

 飛行機のプロペラは配線の先にコーヒーミルが繋がっている。

 ホルマリン漬けにされている人体模型がこちらを見た。

 直径一メートル以上もある銀貨。

 エメラルドのトゥ・シューズ。

 鳥かごの中にいた小さな悪魔の彫像が口を開く。

「爆弾の解体なんて他所でやれってんだ、あのくそじじいめ。なぁ、あんたもそう思うだろ?」 


「具合はどうだ?」


ガラクタの隙間から両手にティーカップを持った所長が現れ、リリに片方を差し出した。もう片方に自分で口をつける。


「は、はい。おかげさまで」


 怪訝な顔で悪魔の彫像を眺めていたリリがはっと我に返りカップを受け取った。所長はリリがここに来た経緯については、ある程度の報告を受けているらしい。少女の顔を眺めて様子を確かめると「ふむ、何よりだ」と小さくうなずき、ポケットの中から小さなオレンジジュースの缶を取り出してそれをフランに渡す。


「で、なにかご用かな?」

「あ、ええと、その」


 何も聞かされないままフランの後をついてきたリリはこの場所に来た目的を知らない。戸惑うリリの代わりにフランが答える。


「ギズが、フランがリリに仕事おしえろって。いい?」

「ほう」


 なるほど、といった表情で所長はにやりと笑みを浮かべた。所長はフランとリリを交互に見ながら快くそれを了承した。


「そうかそうか。それは一向にかまわんよ。新入りはまず私に顔を見せるよう職員たちに言ってあってね。それでフランは君を連れてきたんだろう。フランはここでは誰よりルールをしっかり守る。仕事をするならギズよりフランのほうがよっぽど教わりがいがあるんじゃないか?」


 そう言って「はっはっはっ」と声をあげて笑う所長にどう反応してよいのか判らず、とりあえずリリは「はあ」と気のない返事をした。


「ありがとう、フラン」

「うん。あと、おんなのひとの服とマスク、かして?」

「ああ、そうか。よく覚えていたな。やっぱりフランはえらい」


 いまひとつ状況が飲み込めていないリリの表情を察して所長が事情を説明した。


「ここで作業をするには専用の装備が必要でね。生身で作業すると色々と危ない。ゴミは、全てがそうとは言えんが、やはりあまり清潔なものではないからね。仕事に慣れている連中なら口うるさくも言わんが、お嬢さんには必要なものだろう。特にマスクとスーツは必ず着けておいたほうがいい」

「スーツ、ですか?」

「ああ、マスクは確か部屋のどこかにあったと思うが」


 喋りながら所長はいきなりガラクタの山の中に足を踏み入れてった。どこをどう歩いているのか、ガチャンガチャンと音はするものの不思議と物が倒れたりはしない。やがて「あったあった」と声がして所長が顔を出し、ガスマスク、つなぎ、手袋を次々に引っ張り出して鹿の剥製にかけていった。マスクはどうやら新品のようでフィルターの部分にビニールがかかっている。つなぎはどうやら男物らしかった。


「とりあえずこれで間に合うだろう。しかし女性用のスーツはここにないな」

「ない?」

「来客用に作ったのがどこかにあるはずなんだが、女の客なんぞ滅多に来ないからどこかに片付けてしまったな。誰か女の職員に借りたほうが早いかもしれん。それに女物のスーツはサイズやら何やら俺にはよくわからんし。AとかBとか…」

「下着なんですか?スーツって」

「いやまぁ、そういうわけではないんだが。ダイバーが着るウェットスーツのようなものだと思ってくれればいい。サイズがキツ過ぎると窮屈だし、あまり余裕がありすぎてブカブカでも動きづらい」


 そういって所長は顎を撫でながら少女を一瞥した。


「やはり女性職員に聞いたほうが早いだろう。フィオにでも尋ねてみたらいいんじゃないか?あいつならきっと世話してくれる。私の指示で、と伝えていい」

「わかった」


 フランが答えると、所長は引っ張り出してきた作業着をリリに一式手渡した。


「じゃあそういうことで頼むよ。ここは常に人手が足りなくてね。非常に助かる。なんなら今日だけと言わずに何日でも手伝ってくれて構わない。ここにはなにかと珍しいものも沢山あるから、ついでに見学していくといい」


 それからリリの手の上に置いた装備をポンと叩いて「ぜひともがんばってくれたまえ」と付け足した。


「あ、はい。ありがとうございます。あの」


 そのままデスクに戻ろうとした所長をリリが呼び止める。


「ん?なにかね?」

「あの、私、実は」


 たどたどしく何かを告げようとしたリリの顔を所長は少しのあいだ訝しげな顔で、何かを確かめるように見つめていた。ギズと同じ、相手を射抜くような、心を見透かすような目だった。その視線を浴びて少女が言葉を詰まらせていると、何かを察したのか、所長の表情は段々と柔らかなものへと戻っていった。


「この街に来た人間はみなそんな顔をするんだ。初めはね」

「その、私がここに来たのは」

「君を拾ったのがギズとフランである以上、私が君をどうこうするつもりはないよ。それがルールだ」

「…………っ。そう…ですか」


 所長は医務室でのギズとリリのやり取りまでは報告を受けていない。だが長年の経験から少女が自分に何かを訴えようとしているのを見抜いたようだった。


 リリは、処理場のトップであるこの男であれば、ルールを越え、自らの望みを聞き届けてもらえるのではないかと期待した。だが淡いその目論見は外れ、少女は肩を落とす。


「まぁそう暗い顔をすることはない。どうやら君は勘違いをしているようだ」

「勘違い…ですか?」

「君は、この街の噂を耳にしたことがあるんだろう?この街はあらゆるものが、人間さえも捨てられる、ごみ溜めの街なのだと」


 リリは口を硬くつぐんだ。その通りだった。


「この街は戦時中、様々な兵器を生産する軍事拠点だったんだ。戦争が終わった今でもファクトリアと呼ばれる工場群が当時のまま街の中央に存在している。名目上、生活用品や自動車の生産工場に変わったとされているが、実態はわからない。工場群は今も何かを作り続けている。戦争末期から、工場群の周りには廃棄物が溢れかえっていた。中には危険な実験の失敗作もあった。いつしかそのゴミに紛れ込ますように街の外からもゴミを捨てに来る輩が増えていき、それらを目当てに集まってくる連中も増えていった。彼らの中には自分自身や過去のしがらみを捨て去りに来るものもいた。戦争が終わった今も、この街ではそういった営みが続いている。あらゆる過去の集積がこの街を『最果て』だとか『万物の終着駅』などと呼ばせている」


 言葉を止めて所長は部屋の奥に一つだけある小さな窓の外を見た。その先に街の中心にある工場群があり、絶え間なくモノクロームの煙を吐き出し続けていた。切り取られた景色はまるで変化し続ける一枚の風景画のようだった。


「だが実際のところ、この街の性質は今、まったく別のものに生まれ変わりつつある」


 所長はもう一度リリのほうへ向き直った。隣にいたフランが二人の顔をじっと見ているのに気づくとその頭にポンと手を置き、それからリリを見つめ、またほんの少しだけ微笑んだ。


「ここは『輪廻の入口』なんだ。きっと君も生まれ変わることができる。ゆっくり色々と見ていくといい」



【午後二時二十分 処理場 第二駐車場】


 医務室を後にしたギズは、この後の予定をすべて考え直さなければならなかった。


 フランにリリを任せている間に、少女のことを調べる必要がある。彼女が何者で、いつ、誰に、どうして捨てられたのかを。理由もなく生きた人間を処分するわけにはいかない。面倒ではあるが、本人がそれを明かさない以上、彼女の身辺について調査することは必須になった。


 それを始める前にギズは処理場の駐車場に向かった。ドタバタしているうちに、収集車に回収したゴミを積みっぱなしでいたことを思い出したからだ。分別などの細かい仕事はもう今日中にはできないと諦めたが、コンテナからゴミを降ろすくらいの仕事はしておかないと他班の業務にも支障が出る。ゴミを降ろすだけなら急げば三十分もかからない。


だがそのタイミングで駐車場に向かったことを後悔したのは、巡回を終えたばかりのトニーに声をかけられてからのことだった。


「幼女趣味の暇人が。また仕事をサボってるのか」


 ギズの収集車の隣に止まったもう一台の汎用型収集車から降りてくるなり、トニーはギズを睨みつけてそう言った。


「……誰がロリコンだよ。七三メガネ」

「暇人、は否定しないのか」

「お前より働いてる奴なんていないからな。お前が暇人だっていうなら、多分俺は暇人なんだろうよ」

「皮肉か。相変わらず嫌なやつだな。お前は」


 お前がそれを言うのかクソッタレ。ギズは心の中で呟いたが、それを言ってしまうと悪態がさらに続く。確かに俺は暇をこよなく愛しちゃいるが、今日だけはお前に構っていられるほど暇じゃない。


「ああ、ギズさんでしたか。お疲れ様です」


 助手席から降りてきたもう一人の同僚、ホンが頭を下げてギズに挨拶をした。ギズもそれにつられて滅多に下げない頭を下げる。トニーのバディであるホンはトニーとは違って腰が低い。見た目も中身も街の外ではどこにでもいる中年なのだが、変人ばかりの処理場では逆に職員たちから一目置かれる存在だった。


「お疲れ、ホンさん」

「あれ、珍しいですね。フランさんは一緒じゃないんですか」

「ああ、ちょっとね。客の相手をさせてんだよ。厄介そうなの拾っちまってさ。連絡いってない?」

「例の女の子ですか。無線で話は聞きましたが」

「そう。今、職場体験やらせてる」


 こちらの調査が終わるまでの時間稼ぎも兼ねて。


「ろくに働かないくせにまた女なんか拾いやがって。割に合わない面倒な仕事ばっかり持ち込むな、貴様は」


 トニーがここぞとばかりに嫌味を挟んでくる。


「トニー君、それも我々の仕事だよ。君だってわかっているだろう?」

「………すみません」


 ホンは同じ年頃の二人に対して、ギズには「さん」、トニーには「君」と使い分ける。K班には立場の上下はないのだが、ホンにとってギズは自分よりも先にK班にいた先輩だから、という理由で二人をそう呼び分けていた。それがまたトニーにギズへの嫉妬を募らせているささやかな要因の一つにもなっているのだが。


「で、子供にその厄介なものを押し付けて、お前は何をしてるんだ」

「あ、そうだ、ホンさん。あのさ、悪いんだけど、俺その件で調べものしなくちゃいけなくてさ。代わりにうちの分もコンテナ片しといてくんないかな。今度ビールおごるから」

「自分でやれ。こっちは忙しいんだ」

「お前には頼んでねーよ。俺はホンさんに頼んでんだよ」

「まあまあ。仲良くしてくださいよ」

「無理です」

「ああ、そりゃ無理な話だ」


 ホンは子供のように張り合う二人に呆れつつも、決してその笑顔を表情から外すことはしない。以前の仕事のときからの癖なのだそうだ。


「私は二人とも似たもの同士だと思うんですけどねえ。ですがギズさん、こっちもちょっと面倒なものを拾ってしまいましてね。そちらの処理に手間がかかりそうで、今日はお手伝いする余裕がないんですよ」

「面倒なもの?」

「はい。見ておきますか?」


 ホンはそういって自分たちが乗ってきた収集車の後方部、テールゲートの前までギズを連れて行くと『危険!』と書かれたコンテナの扉を開いた。


 ほのかに冷気がこぼれる中を覗くと、そこに黒い袋が二つ横たわっている。袋そのものの大きさは二メートル弱。一般的にはボディバッグとか納体袋と呼ばれているものだ。


「死体か」

「はい。F班が忙しいみたいなんで、私たちのほうで片付けることになりまして」

「状態は?」

「キレイなものですよ。外傷も特にありませんし」

「それは怖いな」

「ええ」


 この街に捨てられている死体で一番恐ろしいのは傷のない死体だ。一見して死因のわからない死体、ということは、病気や薬で死亡した可能性が高い。さらに万が一の最悪を想定するのであれば、それが外の世界では手に負えない、未知の病気ということもありうる。


「片方は推定七十代の女性です。拾得は西ブロックの路地裏。こちらを最初に見つけたときにはただの死体遺棄だと思ったんですが、帰り際にもう一体、若い男性の遺体を見つけたんです。奇妙なことにこの二人、簡易血液検査で同じ種類の薬物反応が出たんですよ」

「薬物反応?」


 死因が特定できない死体は危険だ。しかし拾得した死体をいちいち検死して死因を特定するのは時間がかかる。そのため現場の人間が簡易的な道具を使い、即時処分が必要な危険があるか、例えばウィルスなどを保有していないかをその場で確かめることがあった。簡易血液検査はその検査の一つにあたる。


「婆さんのほうからも出たの?」

「ええ」

「ドラッグ?」

「それが見たことの無い反応で、何の薬かまではよくわからないんですよ。ただ麻薬ではないと思います。麻薬中毒者の死体は特徴的だし見ればわかりますから。先ほども言ったように外傷は特にありません。ニードルの痕もない。私は最初病死体かと思ったのですが」

「見ていいかな」

「どうぞ。防疫処置もしてありますが、一応手袋とマスクはしたほうがいいかと思いますよ」


 ホンがポケットから使い捨てのビニール手袋を差し出してきたのでギズはそれを受け取り、腰にぶら下げていたガスマスクを着けた。死体の入った納体袋を手前に引き寄せる。


 袋の中央にあるファスナーを半分ほど開けると、彫りの深い男の顔が見えた。年齢は二十代半ばといったところだろう。体温が死体のそれであることを除けば、ただ眠っているだけのようにも見える。もうひとつの袋も引き寄せ、同様にファスナーを開ける。こちらもただ眠るように穏やかな老女の顔がそこにあるだけだった。確かにホンの言う通り二人とも傷やうっ血も無く薬物中毒者には到底見えなかった。


「見ない顔だな」

「少なくともこの街の人間じゃないですね。トニー君も見たことがないと言っていました」

「聞き込みした?」

「念のため。どちらも人気のない場所に捨てられていたので証言は少なかったのですが、男性を拾ったエリアを縄張りにしているクリーナーたちの話によると、今朝方、見なれない男二人組が現場の付近をうろついているのを見た、とのことでした。男性は硬直が解けかかっていたので、まぁこの季節で常温だと死後丸二日ほどですかね。おばあさんのほうが新しくて、こちらは丸一日というところでしょうか」

「流石だね。仕事が早い」

「半分以上はトニー君の検分ですよ。見つけたのもトニー君です」


 トニーは少し距離を置いて二人の様子を眺めていた。


「なぁトニー」

「……なんだ」

「こいつら最初っから服着てなかったのか」

「脱がしたんだ。というより剥いだ。蓑虫みたいに、布でぐるぐる巻きに包まれて捨てられてたからな。布はそっちの袋に回収してる」


 ギズはコンテナの更に奥に別の袋が置かれているのを確かめた。


「どっちも?」

「どっちもだ」

「服がどうかしたんですか」

「いや別に」


 リリの裸を思い出してギズは話をはぐらかした。袋のファスナーを元通りに閉める。死体自体はこの街では珍しいものではない。葬式代を払えない人間が身内の死体を捨てに来ることはよくある。一瞬リリと二つの死体の関連性を考えたが、おそらく死体を捨てたのはリリを捨てたのとは別の人間だ。もしかしたら関連はあるかもしれないが、現状で結論は出せない。


「で、どーすんのコレ」

「最初は火葬しようかとも思ったんですがね。妙な反応が出てしまったんじゃ調べないわけにはいきませんから。ラボに運んでミルダさんに検死してもらおうと考えています」

「よし、じゃあさ、こうしよう。俺がこいつら引き継ぐよ。ラボに運ぶから、ホンさん代わりにコンテナやってくんない?」

「え、いいんですか」

「うん。ちょうど俺もミルダに用事あったし。それに調べ物もしなきゃなんないから。ついでにI班の奴らにも話通してこいつらの身元洗っとく」

「この死体、例の少女に何か関係があると?」

「まだわかんないな。けど関係ないことを確かめたい。何もないならそれでいい」

「ギズさんがそういうのでしたら私は構いませんが……」


 身元の洗い出しから剖検、埋葬までを考えると長い仕事になる。それが二体だ。おまけに未知の薬物反応まで出てる。これだけの用事を代わってやればトニーも文句は言わないだろう。交渉が成立するとギズは二つの死体の入った袋を引っ張り出して右肩に二人分の死体を重ねて担ぎ上げ、左手に死体にまかれていた布を封入した袋を持った。


「いやはや、力仕事はやっぱり頼りになりますね」

「こいつはそれしか能がないんですよ」

「うるせーな。ぶん投げるぞ」


 罰当たりな言葉を口にしつつも、ギズはなるべく丁重にそれらを扱うよう心がける。


「じゃあ私がギズさんたちのほうのコンテナをやりますから、トニー君は私たちのコンテナをやってもらえますか」

「………わかりました。けどね、ホンさん。こいつの頼みなんか、そんなホイホイ引き受けてやることなんかないんですよ。こいつはいつも自分で好き好んでトラブルを拾ってくるんですから。本来ならさっさと処分すべきものを何故か生かそうとする。そのせいで他の仕事が疎かになるくらいだったら、拾わなきゃいいんです」

「別に俺の勝手じゃねーか。ノルマは守ってるし。そもそもお前が働きすぎなんだよ」

「いいや、お前は何もわかってない」


 トニーが一歩前に踏み出す。今にもギズの胸倉をつかみそうになるトニーだったが、ホンの手前もあって辛うじてそこで踏みとどまった。


「いつもそれで周りが迷惑してるんだ。ホンさんだって覚えているでしょう?この間、工場群から捨てられて街に逃げた実験動物を捕まえたときのことを。俺が早めに殺処分しようとしたら土壇場になって『殺すな』と言ってこいつが大騒ぎしたのを」

「あーアレですか。トニー君あのとき死にかけましたからね。咬まれて」


 ホンが気の抜けた声でのんきに笑う。


「なんだよ。お前まだアレ根に持ってんのか」

「根に持って当然だろう!」

「いいじゃねーか。そのおかげでアイツが毒持ちだってわかって、お前の望みどおり処分が決まったんだからよ」

「全然よくないだろう!そういう事故を!起こさないために!俺は処分を提案したんだぞ!」

「だってフランが『可哀想だから殺しちゃダメー』って言うからさぁ…」

「子供の意見だったのか!?」

「まあまあ。仲良くしてくださいってば」

「無理です!」

「ああ、こりゃ無理だな」


 やれやれ、といった表情でホンが溜息をついた。


「しかしギズさん。トニー君の件は抜きにしても」

「何で抜くんですか、抜いちゃダメでしょう」


 トニーが不満そうな顔で訴える。


「近頃の貴方は、やはり廃棄物に深く関わりすぎているように見える。私がK班に配属になった頃、それが少なからずリスクを伴うことを教えてくれたのは他ならぬ貴方だった」

「…そうだったっけ」

「そう。捨てられたものには元の持ち主がいる。そしてどれも少なからず傷を持っている。そういったものを拾うには、傷に触れる相応の覚悟がいる。それができないならいっそ関わらないほうがいい。君は確かにそう言った」


 そんな偉そうなことを言っただろうか。ギズは記憶を遡る。


「覚えていませんか?私はよく覚えています。私自身は、あの言葉を受け止め、今では適度な距離感が大事だと思っています。しかし近頃ギズさんのそれは、私が考える距離より随分と踏み込んだものに見える。それは危険ではないですか?」


 表情にかすかな微笑みを残しながらも、ホンのまなざしは真剣そのものだった。


 ギズは過去の自分を思い浮かべる。

 

 確かに当時はあまり自分から厄介そうなゴミには関わろうとはしなかった。あの頃の俺には熱というものがまるでなかった。フランを拾う前。一人で生きるのだけで精一杯だった頃。何もかもが不要なものに思えた時期が確かにあった。


「でもさ」

「でも?」

「結局ホンさんだってしっかり踏み込んで面倒見てんじゃん。自分で拾ったこうるせえ馬鹿犬の面倒を、何年もさ」


 そういってギズはトニーに向かって顎をしゃくって見せた。


「心配してくれんのはありがたいけどさ、危なっかしくても、噛まれても、それが俺らの仕事なんだろ?昔はよくわかんなかったけどさ。俺も、ホンさんも、みんな元々だったわけだし。たぶんそうやって回ってんだよ、いろんなことが」


 そう。自分はかつて野良犬だった。気がつけばこの街にいて、誰にでも噛みついていた。それが悪いことだなんて思いもしなかった。


 所長に拾われ飼い犬になり、フランを拾って今度は自分が誰かの面倒を見る立場になった。そのたびに自分の中で何かが変わった。


 他人に言わせると変わった何かは『価値観』とか『優先順位』とかそういった言葉で表されるのかもしれない。だがギズにとって、変わったのは自分の『人生』そのものだった。その変化があったからこそ今の自分は生きていられるし、他の誰かを生かすこともできると信じている。そしてその変化は別の変化に繋げることができるのだと、この世界にとって必要なことなのだと、今は信じれるようになっている。


「あー、んじゃ、あとよろしく」


 慣れない話をして気恥ずかしくなったのか、目を丸くしてこちらの顔を眺めるホンを放置したままギズはその場を立ち去った。


 しばらく歩いたところで「にやにやしてないで早く仕事してくださいよ」と静かに怒鳴るトニーの声が背中越しに聞こえた。

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