第107話 将来展望
「おっ、来たか。前回のレポートはよかったぞ。おめでとうレインス。これでお前も進級が決定だ。この単位数なら卒業も問題ないだろ」
「どうも」
社会科見学やその他の進級に必要な単位を取得したレインスはこの世界における初等教育の最終学年に入ることが決定した。このまま何事もなく行けば来年の春には学校を卒業することになるだろう。その後は中等教育に進学するか、他の都市に流れて冒険者をするか、故郷に戻って家業を継ぐかの選択になる。
レインスとしては三番目の選択肢を選びたいところだが、現時点においても色々としがらみがあるので今は選択を棚上げして卒業までの身の振り方を考えることにしている。
「ま、お前には今更言うまでもないが最上級生として日頃の振る舞いに気をつけろよ? 新入生は悪いこともいいこともすぐに真似するから」
「はい」
「じゃ、戻っていいぞ」
「はい」
教師の話を適当に受け流してレインスは本日も帰路に就く。職員室を出ると彼を待っていたシャリアと合流。そしてそのまま学校を後にした。
その途中で二人は行きつけの喫茶店を通りがかる。外に設置されていた看板には新作メニューの文字が躍っており、シャリアの目を惹いたようだ。
「レインスさん、ちょっと寄り道してもいいのです?」
「ん? 勿論」
「じゃあ、お姉ちゃんにも連絡して……」
魔具を通して姉のリティールに連絡するシャリア。その間にも隠していてもすぐにわかるほど巨大な魔力がこちらに近づき始めた。そしてシャリアが笑顔で告げる。
「お姉ちゃんも来るみたいなのです」
「みたいだね」
「先に入って待ちましょう」
そう言ってレインスを伴って喫茶店に入る二人。最初はシャリアに見惚れていた店主も今やもう慣れたもので少しぎこちなくなる程度で二人を店内に案内する。
そしてレインスがいつもの紅茶とチーズケーキのセットを頼み、シャリアが新作メニューを姉の分まで注文。二人はリティールが来るまでしばし待つことになる。
「早いものでもう来年には最上級生なのです。おめでとうございますなのです」
「まぁ……うん。やっと卒業できそうって感じかなぁ……」
レインスの進級を嬉しそうに祝うシャリア。レインスとしてはまだまだ先は長いという感じがするが、棚上げにしている問題を解決するためのタイミングが近付いているという気分でもある。
(……早いところライナスとかが成人して魔王を倒して、世界に平和が齎されればいいんだけどなぁ……)
人任せにそんなことを考えつつ先に出されていた水で喉を潤すレインス。彼の頭の中では問題を棚上げしている内に上手い事行って、選びたい選択肢を選び、都合の良い未来が到来する展開が繰り広げられている。即ち、現時点においても将来を有望視されている兄が活躍することでその出自的な関係で自宅の道場が潤っている姿だ。そんなことを考えているとシャリアが口元を綻ばせて言った。
「レインスさんも何だか楽しそうでよかったのです」
「ん? まぁね……色々と上手く行ってるといいよね」
「なんだかよくわからないけど、レインスさんが嬉しそうなら私も嬉しいのです」
レインスがバラ色の未来を描いて顔を少し緩めているとそれを見ていたシャリアも嬉しそうにしていた。そうしていると巨大な魔力の持ち主が店の前に訪れる。
「あ、来たみたいなのです」
「だね」
巨大な魔力の持ち主はそのまま店内に入って来ると人目を引きながらレインスとシャリアがいる席までやって来て二人の様子を見て首を傾げた。
「……二人して楽しそうね? 何の話してたの?」
「進級のお祝いなのです」
「あぁ……おめでとう」
巨大な魔力の持ち主……リティールは微妙な顔をして二人の進級を祝った。彼女自身は最近も特に何もしていないので未来に向かって頑張っている二人に何となく顔向けするのが難しい気分になったのだ。だが、シャリアは何も気にせずにお祝いの言葉を受け取る。
「ありがとうなのです」
「進級ねぇ……そう言えばレインスも大きくなったわね。いつの間にか私の身長を大きく超してるわ」
「ありがとう。リティールは相変わらずかわいいね」
「はいはい」
レインスの褒め言葉を適当に流すとリティールはレインスに質問する。
「それで? 学校を卒業した後はどうするのかしら?」
「んー……まだ考え中」
「その考えの中身は教えてもらえないのかしら?」
「別に面白いものはないよ? 普通に進学して同じような生活を三年延長するか、冒険者として別の道を歩むことにするか、実家に戻って家業を継ぐか。そのどれかになるだろうね」
リティールの問いに軽く答えたレインスは運ばれてくるティーセットを受け取りながら続ける。
「まぁ、個人的には三つ目の選択肢が無難かなとは思うけどね」
「ふーん……私としては旅に出るのをお勧めしたいけど。リアはどう思うの?」
「私はレインスさんについていくのです。どれでもいいのです」
その言葉を聞いてリティールはティーカップで顔を隠しながら少し考えた。
(恋は盲目と言うけど、リアの入れ込みようが凄いわね……まぁレインスに限っては大丈夫とは思うけど)
自分は冷静に見ているつもりで当の本人もかなりレインスに肩入れしていることに気付いていない様子のリティールだった。彼女たちの内心など知らないレインスは気だるげにしている。
「はぁ……旅に出るねぇ。野宿とかはあんまり好きじゃないんだけどな」
「じゃあ家に帰ればいいじゃない」
「……そっか。リティールはかしこいなぁ」
「何よ。馬鹿にしてるの?」
個人で長距離を飛べる大魔術師様に野宿など無縁の話だったようだ。レインスはリティールの感覚に苦笑しながら彼女の意見を聞いてみた。
「じゃあリティールはどうしてみたい?」
「せっかくだし色々と見て回りたいわね。ヨーク程の魔力も魔族の様な身体能力もない人間が栄えている理由を知ってシャーブルズにも役立てたいわ」
「流石お姉ちゃんなのです」
「ありがと、リア。で、どうなの? 卒業したら旅に出ましょうって言ったらついて来てくれる訳?」
リティールは感情を読む魔眼を使わずに尋ねてくれる。それに対し、レインスは何とも言えない顔で答えた。
「まぁ……野宿とか過酷な旅とかじゃないなら考えてもいいかなってくらいかな」
「そんなのやりたくないわよ。私が考えてるのは栄えてる町や新規隆興している町とかを見て回る感じね」
「それならまぁ、参加することはやぶさかではないけど……」
「けど?」
小首を傾げるリティール。その細やかな仕草すらかわいいと思いながらレインスは続けた。
「……若い内にある程度お金を貯めなきゃ老後が困るからさ、その辺のことも考えつつやっていってもらうなら。って感じかな」
「ふーん、まぁその辺りは癪だけどギルドを利用する感じかしら? いやだけど」
「ここのギルドと馬が合わないだけかもしれないから落ち着いて」
「……あ、シャロちゃんも来たのです」
シャリアの言葉で一行の視線が店の入り口に向く。そこには白霊虎の少女シャロ
が疑いようもなく立っており、レインスたちの方へと向かっていた。
「……シャリアが呼んだの?」
「えっと、そういう感じになったのです」
「……レインスは私が来たら嫌なの?」
猫耳をペタリとさせて無表情ながら悲しそうにレインスに尋ねるシャロ。言葉が刺々しくなったか、と少し反省してレインスはシャロの問いに答えた。
「そういう訳じゃないよ。騎士校の方はいいわけ?」
「うん。もう今日は終わり」
「じゃあ」
ケーキでも一緒に食べるか。レインスがそう言おうとしたその時。外で爆発音が鳴り響くのだった。
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