第27話 冒険者ギルド

 一通りの生活必需品を買い込んでレインスの家に取り敢えずおいて来た後に勇子がレインスを連れて来たのは案の定と言っていいのか、普通の食事店ではなかった。


「おいおい、こんな夜にお嬢ちゃんと子どもだけで出歩くんじゃねーぞ」

「余計なお世話だろうよ。見ろ、黄金級の勲章つけてやがる」

「げ、マジか。先公側かよ」


 人目を惹く美貌の勇子に声が掛けられるが、彼らは勇子の装飾を見ると勝手に散って行った。彼女がレインスにご馳走と言って連れて来たその店はそんな客がいるあまり上品さを感じられない店だった。

 それはそうだろう。文字が読めないと思って緩い警戒で勇子が連れて来たその店の看板をレインスはしっかりとこの店のことを理解していた。


(……夜の冒険者ギルドは子どもにご馳走食べさせに来る場所としては不適当じゃないかなー? お嬢さん……)


 レインスが連れてこられたのは冒険者ギルド。それもエレメンタリースクール、初等教育を受けているような生徒たちに解放される昼のギルドではなくこの世界での成人である15歳以上、中等教育以上を受けている年齢層が入る夜のギルドだ。


(ただ、まぁ……まだ学園都市だけあって普通の町にある夜のギルドよりかは治安がいいみたいだな……それにしても難易度が凄いのがチラホラと。研究機関らしいな……まぁ、公的機関だから報酬は破格なのは見当たらないが。尤も、不当な値段のものもないから安全なものを選んでいけば大丈夫か……)


 ここでの生活基盤を見つけたレインス。薬草摘みなどの雑用と学園に通っている間は支給される補助金があれば親に仕送りを頼まなくとも生きて行けるだろう。かつての彼は王宮騎士団総会学校から支給される金があったため、ギルドに行く必要はなかったためこんなことは考えていなかった。同時に、王宮騎士団総会学校では拘束時間も半端ではなかったため、行く余裕もなかった。

 昼の依頼を見ながらそんなことを思い出していると勇子が依頼に興味を示しているレインスを見てテンションを上げる。


「お、冒険が気になっちゃう? やっぱり男の子だね~でも夜の依頼はまだ危ないからダメだよ」

「行かないよ。夜は眠たいし」

「……あ、そっか。レインスってそろそろ寝る時間なのか……やばいやばい。すぐに色々済ませないと」


 危ないから夜の依頼はダメと言いながらレインスが見てもいない世界最高難易度と題された奈落へ続くダンジョン【地獄道】の依頼書を見せつけて来る勇子。そんな彼女を見てレインスは呆れながらも内心では首を傾げる。


(……世界最高難易度のダンジョンは頂に続く【天への斜塔】じゃなかったか? いや、まぁ【地獄道】とかいうのは北にあるっぽいし魔族との戦争で入れなくなったから依頼から除外されたのかもしれないけど……あの頃は余裕なんてなかったからニュースなんて見てなかったし、よく分からないな……)


 かつて自身がこの学園都市で王宮騎士団総会学校に通っていた頃を思い出しつつギルドに掲載されている高名な冒険者たちの名前を見ていく。そこにはレインスの知っている名前も勿論あったが、知らない名前も多数入っていた。


(……俺が戦えるようになる前に死んだんだろうな)


 何となくしんみりしてしまうレインス。しかしそれを表に出すことはない。出してしまえば意味が分からないことになるからだ。今レインスが演じているのはご馳走に釣られて怪しいところに連れて来られて困惑している子どもの図。

 しかし、自分の考える通りに物事が進んでいると考えている勇子からすれば困惑ではなく色んな所に興味を持っているという思考に繋がる。そのため、ギルドに高位の冒険者名が載っている場所を見たレインスはそこにいる彼らに興味を持っていると考えた。


「んっふっふ~……自慢だけど、そこに載ってる人に結構知り合い居るんだよ。北の地だと戦いが絶えないから稼げるしね。そこで色々あって……会ってみたい?」

「読めない」

「……そっか。まだ読めないよね。ごめん……あれ、じゃあさっきの依頼書は?」

「簡単な単語なら読める」


 異世界からやって来て自動翻訳の能力を持っている勇子には分からないだろうが。そう思いながらレインスは自分が普通であることを印象付ける。実際は前世の旅で多言語に対応できるようになっているが、それを言う必要は全くない。


「ふーん……あ、ご飯食べよご飯。読める?」

「何となく」


 微妙になった空気を誤魔化すように勇子は食事に逃げた。レインスはご馳走と言われているが空気を読み、考えた結果敢えて空気を読まないことにした。


「これ」

「ん。それかー。ちょっと多いと思うけど僕も食べたかったし丁度いいか。僕は別のにしよう」


 注文を終えると二人は雑談に入る。殆ど一方的に勇子が話す形になるが、レインスも否定するところは否定する。そのため、二人の間では会話として成立しているが外から見た場合は勇子が圧倒しているように見えたようだ。


「あら、勇子。北に行って来たんじゃないの? 僕ごめんね? お邪魔するわよ」

「あ、レーノ。レインス。この人はレーノさんって言ってね、昼の間はギルドで事務をやってる人だから何か困ったり難しそうな依頼を受けたりするときは頼った方がいいよ」

「うふふ、初めまして。レーノです」

「レインスです」


 非常に簡素な自己紹介。しかし、指示でもされていなければ初等教育を受ける頃の子どもの挨拶などそんなものだろう。レーノも気分を害したようには見えない。

 というより、彼女は勇子の方に用があったらしい。二人は会話を始めた。


「で、どうしたの? これからレインスと夕飯なんだけど」

「仕事終わりに知り合いを見つけたから声を掛けただけよ。あ、ミィ。エールをいただけるかしら?」


 酒を頼む妙齢の朗らかな女性。レインスはストレスが溜まっているんだろうなと思うだけだったが、勇子はそうではないようだ。


「ちょっと、子どもの前であんまり醜態晒さないでよ?」

「うふふ、ちょっとだけよ。ちょっとだけ」

「君、それで済んだことないじゃないか……」


 間もなくドリンクが届けられる。レインスには南の方で採れた果物のジュース、勇子はアイスティー、レーノにはエールが届けられた。乾杯の音頭。レーノはそれと同時にエールを文字通りさかずきから乾かした。


「うふふ、乾杯なのだから杯、乾かさないとね。ミィちゃん、もう一杯~」

「始まった……まぁ今日はレインスがいるから逃げる口実があるしいいか……」

「う~ん、今から逃げる算段を考えられると私も少しショックよ?」


 少しもショックな様子を見せずに彼女は笑いながらそう告げる。しかし、勇子は至って真面目にレインスに告げた。


「レインス、いいかい? さっき頼っていいって言ったけど、酔っ払ってる時の彼女はダメだ。当てにならない」

「あてならあるわよ~ほら」

「……しかもこんな感じでしょうもなくなる」


 彼女の下に新たに用意されたエールと従業員に何も言わずとも用意された酒の肴を手で摘まんで掲げながらそう告げるレーノ。行儀が悪い上にしょうもなかった。


「もう、本当に残念美人なんだから」

「ありがと~」

「褒めてない」


 そんなやり取りを見ながらレインスは凄まじい悪寒に襲われていた。言うなれば一挙手一投足からこちらを見透かそうとする蛇に睨まれた気分。先程から上機嫌で酒を頼んでは飲み干している彼女。その顔は笑いながらその目はこちらを獲物を見る捕食者のようにレインスの一挙一動を観察していた。


(……とんだ食わせものっぽい。困った、頼るように言われたが近付くと危険そうなんだけど……)


 自然な子どもらしく振舞うのであれば彼女を頼るのが普通だろう。しかし、ボロが出そうだ。ただ、この探りようからすれば子どもに何となく怖いと思わせるには十分だろうと何となく避ける口実は出来たと内心で呟く。


(尤も、魔術の類じゃあ仙氣は測れないから仮にボロが出てもこの人じゃ怪しいと思うところまでが限界だろうけど……用心しておくに越したことはないか……)


 学園都市でも色々と気を付けていく必要がある。そう思いながらレインスは気を引き締めるのだった。




 

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