シャーブルズ
第26話 学園都市
学園都市アルシャディラ。教国の中でも首都に次ぐ人口を誇るこの町でレインスは勇子に連れられて借家を訪ねていた。
「んー……ボロっちいね。レインス、僕がお金払うからもっといい家に……」
「いいよ。お父さんとお母さんがここって言ったんだから」
「……何か虐待受けてる親戚の子どもを見ないふりしてる気になるから嫌なんだけど……お金の事なら気にしないでいいよ?」
「お母さんがただより高い物はないから気をつけなさいって言ってた」
(……確かにボロいが、その金を借りることによってお前に借りが生まれるのが嫌だ)
遠慮しなくていいのに。そう呟く勇子を横目で見ながらレインスは割と酷いことを考えつつ借家の状態を確かめた。
殆ど寝るための場所と言っていいであろうこの部屋には簡素な板張りのベッドと勉強用の机と椅子、それから備え付けのクローゼットと簡易キッチンが置いてあるだけだ。ただ、教国における一般家庭の子がこの町で部屋を借りるというのであれば広さがある分、まずまずの部屋と言えるだろう。
だが、一般の出ではない勇子からすれば不満のようだ。
「……んーレインスがちゃんと独り暮らし出来そうだって思うまで僕も一緒に生活するつもりなんだけどなー……これはちょっと……」
勝手にレインスの知らない予定を呟く勇子。レインスは何を急に言い出したんだと思うが、彼女はそれよりも先にレインスに尋ねる。
「……あ、一緒のホテル行く?」
「え、俺はここに部屋あるんだけど……」
「いいからいいから……まぁ説得はいいや。連れて行ったら気が変わるでしょう! というわけで」
「!」
抱えあげられるレインス。一般人を装っている彼に逸般人である彼女の拘束を解くことは出来ない。大人しくされるがままだ。そんな彼を見て勇子は笑う。
「借りてきた猫みたいで可愛いね。大人しくしてなさーい」
「降ろせ、自分で歩ける」
「アハハ、迷子になるでしょ? はいはーい、こっちですよー」
何やら楽し気な勇子。眉目秀麗な彼女は只でさえ人の目を惹くというのに奇妙な行動を取っていれば尚のこと人の目を惹いてしまう。その視線の先にいるのが自分であることを理解しているレインスは非常に嫌だった。
「めっちゃ見られてる」
「あはは……ごめん。ちょっとアレだった。手を繋ごう。それならいいでしょ」
「……うん」
しょげて見せる勇子だが、いつの間にか行くことが前提となっている。これもまた詐欺師がよく使う手口だ。実は勇子は敢えて空気を読んでいないのではないかと思うレインスだが、これは計算でやっている訳ではないということは嫌と言うほど知っている。
そもそも、仮に計算が出来るのであれば一般の子どもとして行動しているレインス程度簡単に丸め込めていただろう。そう考えつつ半ば諦めたようにレインスは周囲を見ていく。
(流石、学園都市。全体的な年齢層が若いな……)
道行く人、店頭の人、そのどれもが若い。極稀にしか大人はいなかった。しかしレインスよりも年下の子どもというのはまず見られない。外見上、別の種族がいて幼く見えることもあるが氣の質から内実が分かるレインスにはそれが分かった。
これが学園都市の基本人口構成となのだろう。周囲を見てそう考えるレインスに対し、勇子はのんびりとした感じで尋ねる。
「何か気になるお店でもあった? そういえばお昼まだだったからお腹空いて来たかな?」
「別に……」
「素直じゃないなぁ! アハハハハ!」
(……何でこいつこんなに上機嫌なんだ?)
年下の生意気な子どもを演じているレインス相手にそんなに楽しいと思える要素はないはずだ。レインスはそう思う。しかし、勇子はレインスと一緒にいる時には基本的に楽しそうだ。それは他の人が語る情報からも同じようだった。
疑問に思うレインスだが勇子の方は自分の知り合いの子どもの頃を見て何となく面白いと思っているだけ。レインスが生意気であることも行動を共にすると決めている彼女からすれば大人になった時のいいネタだと思う程度だ。あわよくばそれで将来的に
そんな碌でもないことを考えながら手を繋いで高そうなホテルに入る二人。勇子の名を出せばすぐに部屋に案内された。ホテルというのにレインスの借家より遥かに広い部屋。そこでレインスはようやく手を解放される。
「さて、レインス。聞こうか。あの狭い部屋の小さいベッドで僕と一緒に寝るか。それともこっちの広い部屋のおっきいベッドで僕と一緒に寝るのか。考えたらもうわかるよね?」
「別々の部屋になればいいんじゃ……」
「それじゃ予定合わせるのに面倒だよ。レインスの入学金とかのお金、マドレアさんから預かってるのは僕だってことは分かってるよね?」
「ぅ……」
言葉に詰まるレインス。そうなのだ。レインスが勇子と常に行動を共にし続けているのにはこういう理由があった。そうでなければ……とレインスは考える。
「わかった。この部屋にする……」
「あはは、初めての一人暮らしが楽しみだったところごめんね? でもまぁ準備が出来るまでの話だから。それまでたくさんお姉さんに甘えていいよ……って、言うと甘え辛いか。でも実際、寂しくなる子が多いみたいだから遠慮はしないでね」
「はーい……」
レインスがホームシックになる可能性を考えている勇子だが、生憎レインスはそういう精神年齢でもない。確かに、今は帰りたいと思っているところであるが、それは彼女の下にではなかった。
「さて、まずは入学前にレインスが入れる学校を見つけるところからか。レインスならどこがいいかな~王宮騎士団総会学校とかかな?」
(止めてくれ。死んでしまう……)
かつてのレインスが通っていた学校の名前を挙げられてレインスはげんなりする。そこに入れられれば半強制的に人外染みた力をつけなければいけなくなる。勿論、入ればの話であり現実には厳しい試験があるため普通は入れない。
因みに、シャロはその厳しい試験に合格して今はその学校に通っている。何も知らないシャロにその学校への推薦状を書いた勇子に恨み節が込められた手紙からそれは判明していた。
「ま、レインスならどこにでも入れそうだけど……どこがいい?」
「……勉強しないでいいところ」
「アッハッハ! ないね!」
「じゃあ、簡単なところ」
そう言ったレインスに勇子は「なーんでこのレインスはやる気がないんだろう」とレインスに聞こえないように呟く。だが、その言葉はレインスに聞こえていたし、ついでに言うのであれば彼女の目がよくない意味で光ったところまで見えた。何か企んでいる時の目だ。
しかし悲しいかな。一般人を装っている以上、一瞬にも満たない間の空気の変化を指摘すると不自然なことになってしまう。そのため、レインスは分かっていても何も言えなかった。そして白々しい勇子の話を聞くことになる。
「んーまぁ、学校はどうせ明日訪問するから……今日はレインスのお部屋の道具とレインスの門出を祝ってご馳走にしようか!」
「ご馳走……」
勇子の見え透いた誘惑。しかしそれら全てに反応しないというのは子どもらしくないのでご馳走というワードには反応して見せるレインス。一応、生意気な子どもを演じてはいるが食べ物で釣られる分かりやすい子どもという側面も演じてはいるのだ。そうでなければこの年齢にして達観し過ぎた不自然なこともになってしまう。そういった意味を込めて行っているレインスの演技を無邪気に信じる勇子は得意げに頷いた。
「うんうん。お姉さんからのお祝いということで今日何も気にしなくていいよ! これくらいはいいでしょ?」
「いいのかな?」
「いいよいいよ! じゃあ、買い物にレッツゴー!」
レインスはその後に待ち受けるであろう何かに備えつつ、今回は勇子のテンションに合わせて行動を共にした。
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