第16話 セリ3-1

 新年だ。あたしたちがここで初めて迎える年。


 初日は街全体が静かだったけれど、2日目からは色紙で作った花や生花があちこちに飾られ、お祝いの振る舞い酒やお菓子が配られた。あたしたちもお仕着せのエプロンと七分袖のブラウス、濃いめの茶色いスカートを着て、店の前で食べ歩きできる串焼きを振る舞う。飲食店業の組合に加入している店は領主様からの補填があるので、配分された手当分は必ず無償で振る舞うよう指導されている。ササヅキも加入手続きだけは戻ってきてすぐ済ませていたので名簿に間に合ったのだ。


 もちろん振る舞い分は半日保たずに終わってしまうけど、大店になると自腹切って振る舞いを続けるケースもあるそうだ。ササヅキはそこまでは無理と、無料分が捌けると有料の屋台に切り替えた。


 中央広場では出し物や踊りがひっきりなしだと、教会で街の子達から聞いていた。見に行きたい気持ちもあったけど、ササヅキの店は今日からなので、あたしとミトラとドゥーネは諦めた。また来年がある。見物に行ったニンスとハルタがみんなにおみやげを買ってきてくれた。


 夜になってもあちこちが明るく、道は賑わっていた。そのおかげか食堂にもお客さんが結構来た。立ち飲み屋や居酒屋は多いけれど、ご飯が食べたい人や若いカップルはこういう店があると助かるとイスにかけながら笑った。とくにカップルは、せっかく普段より遅くまで一緒にいられる日なのに居酒屋だと女の子が嫌な思いをすることがあるそうだ。……うーん、宴会で酔っ払ったおじさんたちがちょっかい出すのか。濁してたけどそういうことだよね。


 このあたりにはササヅキの幼なじみがいっぱいいて、開店前から様子を見に来てくれたり退役を惜しんだり試食というタダ飯を食べに来たり開店祝いに持ってきた酒を開けてかってに宴会始めたりと、まあ、飲み屋の騒ぎも想像つく。


 あたしはまだ給仕はやらせてもらえなくて、裏で洗い物と格闘していた。ミトラは本当は料理のほうが好きだけれど、一番大きいので給仕に回ってる。ドゥーネもホールで皿を回収している。

 でも、給仕は配膳時に会計しないといけないのでミトラは大変そうだ。


 計算だけならあたしのほうが早いのに。


 でもあつものをこぼすといけないからと止められている。うう、あたしもホール出たい。というか洗い物を交代したい。冷たくてそろそろ手の感覚がなくなってきた。


「滑らして割るなよ。指が動くうちにそっちの湯に突っ込め」

 調理のササヅキがこちらを見ずに指示する。

「いいの? 油もの用のお湯でしょ」

「皿を割られる損害より低い」


 温まったら足すから大丈夫だと保証されて安心した。今日から開店なのでこんなに皿を洗い続けたのも初めてなのだ。


 新年祝い初日に合わせてかなり遅くまで店を開け続けたけど、翌日からは予定通りの営業時間で閉店した。飲食店では、こういう、人が多い時期に合わせて開店して、リピートや口コミを狙うのが一般的な方法らしい。


 その夜は宿屋のほうも満員御礼になった。といってもうちは個室10部屋の小さい宿だし、3階の広い部屋はまだ貸し出し自体してない。1室にあたしたちがいるのもあるけど、まだそこまで手が回らないのだ。新年のお祭り騒ぎであぶれた人や徹夜で騒ぐ予定だったけど具合がわるくなってしまった人もいて、ミトラとドゥーネは大変だったようだ。あたしは疲れて日を跨いだ時点で寝てしまった。




 初月はつつきが終わりかける頃は、日中の日差しはぽかぽかと暖かい。それでも夕方を迎えると急激に冷え込み、冬と春が綱引きをしているよう。やっと1日のパターンができてきて、身体も慣れてきた。


 寝る前の恒例になったみんなとの軽いお喋りのあと、ベッドに潜る前にと1階のトイレに向かった。その帰り、窓の外でぼうっと空を見上げるササヅキを見つけた。

 なにしてるんだろ。

 ササヅキの姿に、蘇るものがあった。


 ―――レジーディアン。


 一月前のあの日、まだ開店前の準備でてんやわんやの頃、もらったクッキーを作業着のポケットに忘れてしまったことに夜にこっそり食べようとして気がついた。あのスモックは特に誰のって決めてないから、明日着た子に食べられてしまう。慌てて回収しに行って、ササヅキを訪ねるレジーディアンに遭遇しかけた。レジーディアンはあんまりササヅキが好きじゃない。ササヅキは別に悪いことしてないんだけど、ササヅキと話すとイライラするって前に言ってた。


 ケンカになったらイヤだな。


 心配になってそっとついていった。新年になったらレジーディアンは王都に行くんだし、これ以上仲が悪くなるの、あたしがイヤだ。ササヅキもレジーディアンも優しいのに、なにがいけないんだろう。


 と、その時までは思ってた。


 かわいそうだった。すっごいかわいそうだった!


 ……レジーディアン、ササヅキが好きだったんだ……。


 先に食堂に戻ってしまったササヅキに見つからないように隠れ、その後も泣いてるレジーディアンをヒヤヒヤ見守っていたけど、やがて晴れ晴れとした顔で、娼館に戻っていった。


 ―――あの時の場所だ。

 月が作る建物の影から少し離れて、足許に青い光が届く位置。あたしは寝間着のまま飛び出した。


「ササヅキっ」

「うおっ、なんだセリ、怖い夢でも見たか」

「違うよっ」

 後ろからがつんと抱きついたら、ササヅキに持ち上げられた。


「おーろーしーてー!」

「なんだなんだ、薄着で。風邪引くぞ」

「ササヅキだって」

「俺は鍛えてる。真冬の川越えだってしたことあるぞ」

「うわあ、やりたくなーい」


 寒いからくっついてろと、ササヅキはそのままあたしを抱っこして井戸のほうに移動した。縁に腰掛けると「なにか用なのか」と訊いてきた。


 寂しそうだったから。


 とは言えず、でもいい言い訳が浮かばずに「レジーディアンが……」と口にすると、ササヅキの眉が下がった。


「お前、歳の割に寝付き悪いな」

「違うもん、まだ寝てなかっただけだもん」

「じゃあ眠いな。寝ろ。今すぐ」

 運んでやると立ち上がりかけたササヅキを慌てて止める。


「待って待って、誰にも言ってない、ササヅキとキスしてたなんて」


 最悪だ、と呻き声が上がった。


「なんで? ササヅキ、レジーディアンのこと好きだったの? どうして止めてあげなかったの?」

「なんでオンナコドモってこのサイズからおんななんだろ」

「娼館見てればこうなるよ」

「耳年増たちめ。まあ、黙ってたことは褒めてやる。これからも言うなよ。あいつがかわいそうだ」

「言わないけど、なんでもっと早く引き留めなかったの。レジーディアンだってササヅキが辞めろって言えば姫辞めたでしょ」

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