第7話 観 光 ①

ガイドが最初に観光するトラピスチヌ修道院の説明を始めたので、話が続かないのをいい事に耳を傾けることにした。彼、ヴィクトリアも耳を傾けて

日本語の説明を理解しようとしている様子だった。


「天使の聖母トラピスチヌ修道院は

函館市郊外の小高い丘の上に建ち、

JR函館駅からは約25分で到着します。直ぐに着きますのでご準備ください。ここは日本最初の女子修道院で、修道院内に立ることはできませんが

前庭は一般開放されています。前庭で最初に出迎えてくれるのがフランス

から送られた「大天使聖ミカエル像」です。ミカエル像の後方に立っている

「聖母マリア像」は大きく手を広げ、すべての来訪者を優しく迎えてくれる表情は見るものに安らぎを与えてくれています。庭には売店と併設された

資料室があり、修道院内の生活などが紹介されています。また修道女が生計を立てるために製造販売している

マダレナ(マドレーヌ)ケーキや

バター飴は人気があり特にマダレナは絹のような生地で仕上がったやさしいお菓子で大変おススメです。ぜひ

ご賞味下さい。駐車場から少し歩きますのでくれぐれも車にお気をつけ下さい。また貴重品は必ずお持ちください。それではバス停車するまでお待ちください。えっと武内さんと佐野さんは最後に降りましょう。」


「あっ、はい」


ガイドの流暢な説明を聞いていたためまさか名前を呼ばれるとは思っておらず、返事の声がうわづってしまった。

こんな事で慌てた自分が恥ずかしく

感じ俯いていたら隣から


「啓太、お願いがあります。

マダナレを1個、買って来てください。」


と声がした。


サングラス越しのヴィクトリアの表情は、はっきり分からないが口元は微笑んでいるように見えた。


笑われたのだろうか?

なんてダメなやつなんだ自分は。


「わかりました。」


俺は落胆を隠すように短く返事をし、温くなって残っていた不味いビールを一気に飲み干した。


バスが停車し次々と乗客が降りて行く中、どうしたら良いか悩んでいた俺を察したのか、ヴィクトリアは私の両手を掴み


「お願いします」


と微笑んで言った。

ガイドの指示に従いながら階段をゆっくり注意しながらバスから降りた。


何年も誰かと手を繋いだりしたこともなかったと改めて認識してしまい

急激に心臓がバクバクと激しく動き

身体を熱くした。


いい歳した男の癖に手を繋いだぐらいで恥ずかしく感じるなんて。


ヴィクトリアに悟られたくなくて

ガイドとヴィクトリアの後ろをノロノロと歩いた。


修道院の前庭まで来ると大きな

ミカエル像が観光客を迎えてくれた。

俺はヴィクトリアから離れ、頼まれた頼まれたマダナレを買うために売店へ向かった。

栞、刺繍のハンカチ、ペンダント、

バタークッキー、バター飴が所狭しと

並んでいた。マダナレは一個では買えなかったので一番少ない個数のものをバタークッキーと一緒に購入した。


お釣りと一緒に渡されたレシートには


「しあわせをおいのりいたします」


と書かれておりこの数日間の事が蘇ってきた。

妻に浮気され、離婚届を叩きつけられだ挙句に全てが嫌になり逃げてきた自分。

死までは考えていなかったものの

生きてる価値が無い自分にとって深い意味がないとしてもこんな優しい言葉をかけて貰えるとは思っていなかったため、目頭と胸の奥がジーンと熱く

なった。


自分は幸せになれるのだろうか?


ついそんな事を考えながら売店の隣にある展示室で修道院での生活の様子暫く眺めてから外へと出た。


前庭の奥にあるマリア像は穏やかに

両手を広げほほえんでしる。


マリア像の方を見るとゆっくり

登っているヴィクトリアを見つける。

しかしその姿はとても目が見えて

いないとは思えなかった。

しっかりとマリア像へと向かっていた。ゆっくりではあるが歩き進ん

でいる。


駅前でヴィクトリアを見かけた時の様に、彼の周りはキラキラと輝き

羽根の生えた子どもや女性たちが

手を引いている。俺は信じられないとビックリしたものの目が離す事ができずに、距離を保ちながらヴィクトリアの後をついて行った。


他の人には見えないのだろうか?


さりげなく辺りを見てみたが誰も

反応していない。


マリア像の前に来るとヴィクトリアは帽子とサングラスを外し、膝ま付き

十字を切り胸の前で手を合わせた。


やはり外国人は日本人に比べて信心深いんだなと感じる。


天使と思われる羽根ね生えた子どもや女性がマリア像に吸い込まれると

ヴィクトリアの周りがますます輝きを増す。


一体何が起きているのか?

さっぱりわからない。

自分は霊感など全くないはずである。

しかしこの見えているものは何なんだろうか?


マリア像からスゥーってと

美しい女性が現れヴィクトリアを

慈しむ様に抱きかかえ

彼の額に口づけをした。


ヴィクトリアは恍惚とした表情を浮かべ微笑んでいる。


女性だったら一瞬で恋を落ちるのだろう。


その表情はとても美しく素敵だった。男の自分でもそう感じてしまうほど

素敵で神秘的な顔をしていた。

言葉では表しきれない程の美しさ

だった。


再び激しく心臓がバクバクと音を立てて活動をし始める。全身の血液が

まるで沸騰してカーッと身体中が

火照り出す。


なんなんだ?

ビールゆ飲み過ぎに違いない。そうに決まっている。


邪魔をしてはいけない気持ちと

素敵だと感じてしまった事を気づかれたら変態扱いされてしまう。

男が男に向かって素敵だなんて

気持ち悪いとしか思えなかった。


すぐさまに私は、ヴィクトリアから離れ入口の方へ歩き出した。

心拍数や頭の中が落ち着くまでは

ヴィクトリアの側には行かない様に

しないとあまりにも恥ずかし過ぎる。


自分以外の誰かに心を乱されるのは

生まれて初めての事で、頭の中が真っ白になっていった。

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