最終話 さよなら、人喰いの小熊

 ミーシャ達が山小屋で疲れて仮眠していた隙に桐ヶ谷は姿を消した。満月のコートが無くなり、そして……



「なんじゃこりゃあ!」



 茜の絶叫。



「だははははは! お似合いだぜ理穂子、日本人形みたいじゃねーか!」



 前髪をまっすぐに切られていた。所謂ぱっつんというやつである。切られた髪と恐らくは桐ヶ谷からの置手紙。


『殴られた仕返しだコノヤロー!』


「野郎じゃねー! 桐ヶ谷のバカヤロー!」



 茜は鏡で自分の髪型を見ながらうーと唸る。そんな茜にミーシャが言ってやれる事は一つだけだった。



「茜先輩、結構似合ってますよ。なんていうか、縦にもハサミが入れてあって桐ヶ谷先生しっかりカットしてくれてるみたいですね」

「お?」



 今だ爆笑している満月の男の子の大事なところに茜は無言の一撃を食らわせると、再び手鏡を見て案外悪くない事に段々機嫌をよくしていく。



「桐ヶ谷のクソ野郎、まぁ今回は許してやるか」



 せっかく警察と救助に連絡をしたが、桐ヶ谷が逃げた事。そして救助の必要はない事を再度連絡した時、警察に言われた事。


『知っている』


 という驚愕の返答だった。それに満月はスマホで何かを検索すると、鞄から小さなプロジェクターを取り出した。それを横置きにしてライトニングケーブルで接続する。



「ミーシャ、理穂子。これ見てみろ」



 それは大量に拡散された『動画』。桐ヶ谷がこの山小屋で撮影したであろうそれ。遠くで茜が仰向けに眠っている姿が小さく映っていた。

 そこで桐ヶ谷が語った事は、怪人二十面相としての結細一成の生涯、そして犯行の数々、それらを全て桐ヶ谷は認め告白した。

 光の速さで拡散されていくそれに、時々桐ヶ谷はある数字と比較して喜びながら話していた。それは……



「やりやがった。私のキャスを録画した動画の再生数超えやがった。ぐぬぬぬぬ!」



 ミーシャと満月と茜が仕掛けた反撃のツイキャスライブに対して、桐ヶ谷は昔からある動画サイト経由の生放送。

 その新旧ライブ配信対決の軍配は桐ヶ谷に上がった。

 犯行を暴き、桐ヶ谷を追いつめた正義であるハズのミーシャ達ではなく、全ての犯行動機、そしてミーシャを苦しめた事に対する告白をした犯罪者、桐ヶ谷の生放送は炎上し、叩かれ、彼の死を望む書込みが続く中。


 ”潔い”。”カッコいい”。”こんな先生が欲しい”。


 一部彼を英雄視する意見まで囁かれ始め、その再生数、拡散数はものの数時間でミーシャ達のそれを上回った。

 ミーシャ達のツイキャスライブで桐ヶ谷の悪事は晒され、少年探偵団に敗北した怪人二十面相という構図は確かに叶ったが、それでも尚ミーシャが人喰いであり、殺人鬼なのではないかと思う者が少なからず存在する。そんな人々に向けて、犯罪者であるハズの結細一成が、桐ヶ谷貫として大熊ミハイルについて語った。


 彼が中学生の頃の遭難からどんな人生を送ってきたのか、そしてどんな風に考え、そして生きて来たのか?

 そんなミーシャを自分はどんな風に嬲り、苦しめて来たのか、桐ヶ谷は一言としてミーシャに謝罪する姿を見せはしなかった。

 それなのに、ミーシャを守ろうとしている姿、そんな桐ヶ谷の姿に視聴者達も、そしてミーシャ達文芸部も言葉が出なかった。

 そこには不気味さも、何もない。

 ミーシャ達のよく知っている一欄台学園文芸部顧問。

 桐ヶ谷貫の姿であった。

 それを見てミーシャは呟くように二人に言った。



「桐ヶ谷先生は、最後の最後まで怪人二十面相だったんですね」



 それに満月は「あぁ」と肯定し。

 茜は「けっ」と自分のツイキャスライブが負けた事を根に持っていた。

 だがしかし、三人が同じく思っていた事は、なんともこの桐ヶ谷の行いに対してこそばゆくもありながら羨ましかった。

 彼は、絶対的に物語のキャラクターを演じきった。怪人二十面相という存在は人を物理的に傷つける事を好まない。

 そして、それは時に敵であるハズの小林少年を救う事もあった。紳士的であり、どんな人間にでもなってしまうそんな夢と厨二心の詰まった物語の登場人物に桐ヶ谷は同化して、演じきったのだ。

 それはさぞかし気持ちよく。楽しかったであろうと……ミーシャにはこういうメッセージにも思えた。


”これは演技なのだ。私は君を守ったフリをしているのだ。教師は生徒を守るものだろう? だから勘違いするなよ。私と君は敵同士だ。そうだろう? 大熊ミハイル、いや小林少年”


 とそんなツンデレなメッセージを受け取った。



「桐ヶ谷先生、僕はもう一杯一杯ですよ」



 動画の中で、桐ヶ谷はあのミーシャが雪山で語った空白の時間についてもミーシャが言った通り何も脚色せずに語った。

 そして最後に桐ヶ谷はカメラに向かった言った。


『負けた負けた。また顔を変え、性格を変え、新しい事を考えてお前達にリベンジしたいから、いつかまた遊ぼうな?』


 とんでもない事を言って桐ヶ谷は動画を終了させた。桐ヶ谷の顔は日本全国知れ渡っている。もはや知らない人がいないというくらいの犯罪者。

 それは桐ヶ谷が望んでいた状態だったのかもしれない。桐ヶ谷が外国に出たという記録はなく、今だ日本の何処かに潜伏しているだろうと、そう評論家達は口を揃て語る。


 一時期は桐ヶ谷の顔をメディアで見ない日がないくらい彼は有名人になった。それも桐ヶ谷貫という名前ではなく、平成最後の怪人二十面相、結細一成として。

 そのメディア進出の本当の意味はミーシャの人喰い騒動を風化させる為、かつてミーシャ達の遭難報道で自分の犯行が風化したようにあれを良い意味でやり返した。

 気づけばミーシャが容疑者になってから連日その姿を現わしていてミーシャの姉も沈静化と共に出てこなくなった。

 そう、それは人喰いとしての大熊ミハイルが死んだ事を意味する。全ての真相が分かった今、ミーシャの人喰いのレッテルは終わったのだ。

 とはいえ、ミーシャの完全に関係が終わってしまった家族との生活面が元通りになるわけじゃない。

 もう二度と戻らない事だって存在するのだ。



「ミーシャ、聞いてるのか? 部誌についての短編の期限今週いっぱいだからな」



 あの雪山での出来事からミーシャはぼーっとしている事が増えた。なんだか今まで張り詰めていた何かが、そう緊張の糸が解けたようだった。

 文化祭に向けての文芸部の出し物は年間報告として部誌作成と自分の作品を一作用意する事。

 そしてそれは、満月、茜、そしてミーシャの独自の小説作品の報告と、当然皆が読みたいであろう、結細一成と文芸部との闘いを面白おかしく文章で説明された、それ。

 学校中から、はたまた学外にまで期待されていた為、最初は印刷した物を業務用ホッチキスで止めた物を考えていたが、しっかりとした印刷会社に出して製本してもらう事にミーティングで決まっていた。

 


「すみません、満月先輩。何か調子が出なくて、締め切りまでには間に合わせますので」



 ミーシャはノートパソコンと向き合っても何も文字が頭に浮かばない、ミーシャにとって小説とは自分のストレスのはけ口だったのかもしれない。

 今や、ミーシャの悩みの種は消え去り、同時に創作意欲も何処か遠く、異世界にでも行ってしまったようだった。

 それに気づかない満月ではなかったが、口出しできるような内容でもない為、もう一人の部員に話を振った。



「おい、人間は冬眠する生き物じゃないぞ」



 オヤツをたらふく食べて、ぐぅぐぅと寝息を立てて突っ伏す少女。茜。

 あれから前髪ぱっつんスタイルが気に入ったのか、変えずに同じ髪型を維持していた。

 文芸部は何処か変わった。

 悪く言えば皆、気が抜けてしまった。よく言えば、それだけ落ち着ける場所にここがなったという事。

 そして喪失感。

 桐ヶ谷もとい、結細一成の行いは許せるものではなかった。二人の命を奪い、自分の欲望の赴くままにミーシャや七季いずみ達を苦しめた。

 だが、彼が関わっていた事件に関して楽しかった事が無かったわけではない。それ故にミーシャは自然にこう呟いた。



「桐ヶ谷先生、元気ですかね」



 そんなミーシャに「さぁ、どうだろうな」と満月は言いながら自分の作品を書きあげる手を止めない。

 そしてぐぅぐぅと眠る茜を見ながらミーシャに聞かせるわけではなく自分に言い聞かせるように満月は言う。



「絶対にあれを許してはいけないし、認めてはいけないと思うんだけどな。あーいう真直ぐに歪んでしまった人間ってのは必要なのかもしれないな。それは四年に一度、うるう年があるように、あーいうのがいないと辻褄が合わなくなるのかもな、なんというか説明がしにくいんだけどさ」



 満月が言いたい事、言わんとしている事がミーシャには何となく分かった。純粋な悪と言うべきか、軽々と一線を越えてしまう桐ヶ谷のような存在、そんな絶対的な生まれもっての特異点みたいな存在がいる事で世間は何が正しいのか、それとも間違っているのか一般的な考えや議論を再認識できる。

 それは人間の営みを高次の物へと導くのかもしれない。結果として、ミーシャの中の人食い熊は死んだ。

 常人には絶対に出来ない。悪魔の証明を桐ヶ谷が解意を示し、そしてミーシャの人食いというレッテルを消してみせた。それにミーシャは目を瞑ってそして言った。



「僕はお礼は言いません。だけど、桐ヶ谷先生が罪を償って何処かでまた先生をして、演技でもいい。一人でも多くの生徒を救ってくれる事を望みます」



 満月、そして目を覚ました茜は何も言わない。それは無理だなと思ったのかもしれないし、肯定していたのかもしれない。

 ここは文芸部、彼らには言葉だけでなく自身の気持ちを表現する力がある。文章に想いを乗せ、そして綴る。

 ミーシャは自分のノートパソコンの電源を入れるとピアニストが鍵盤を叩くように力強くタイプを始めた。

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