第四話 文芸部の怪人二十面相

 ミーシャのその言葉に満月は見上げるようにミーシャを見る。



「先輩はつけてくれないんだな。まぁいいけど」



 カタカタとタイプをする満月の元にミーシャは恐る恐る歩む。何故なら満月が座る席の足元にはあのミーシャが使ったとされた凶器。

 あれと全く同じハンマーが無造作に転がっているのだ。それを見てミーシャは意気地が砕けそうになる。こみ上げてくるのは、怒りではなく悲しみ。

 どうして、満月が自分を……

 あの日々は全て嘘だったのか……折れそうになる心を無理やり奮い立たせてミーシャは叫ぶ。



「答えろ!」

「俺は桐ヶ谷を殺してない。ある意味桐ヶ谷を殺してしまったのはお前だなミーシャ」



 この状況で満月はそう言った。それはいかに温厚なミーシャであっても一線を越えるには十分な一言だった。

 ミーシャは満月にきつい一発をお見舞いする。それにはガシャンと満月は机から倒れ、眼鏡は割れた。

 満月は落ちた眼鏡を拾ってかけ直そうとする。

 それがもう不可能な事がわかると満月は眼鏡をポイと捨てる。ミーシャが殴った頬の腫れが痛々しい。それに若干の罪悪感を感じ始めたミーシャに満月がかけた言葉。

 それは“気が済んだか?”

 等ではなく。



「辛かったな。よく戻ってきてくれた」



 そして、満月はぎこちなくミーシャにやさしく微笑んで見せた。そんな顔でそんな事を言われたらミーシャには返す言葉が見つからなかった。



「何言って……」

「確かに、ミーシャ。お前は社会的に桐ヶ谷を殺してしまったかもしれない。だけど、桐ヶ谷はもっと前、少なくとも4年以上前に殺されてる」



 満月の言う言葉の意味は理解できなかった。桐ヶ谷は四年以上前に殺されていた。だとしたら、いつも生徒の事を第一に、優しくて面白いあの桐ヶ谷貫は一体何者なのか?

 聞きたくはない……だが、もし満月の言っている事が正しいのであれば……あのシチューにされた人間は?



「満月……先輩。あの正門に置かれたシチューの……」



 中身は? とはさすがに言えなかった。思い出しただけで吐き気がこみ上げてくる。それに満月は当然だろうという顔でこういった。



「あれが桐ヶ谷貫だ。俺たちの知らない方のな」



 頭痛がする。一体何が起きているのか? それともこの満月が言っている事がやはりおかしいのか? そこでミーシャはあの棚田クリスのメッセージを思い出した。



「すみません。僕は満月先輩の言う事が信用できない。クリスさんから、実は僕にブンゲイ部には気をつけるようにって……」



 話している最中のミーシャを見て満月は肩で笑う。そしてそれは馬鹿笑いに代わった。



「だはははは! やっぱミーシャだわ。これだろ? これ」



 満月はスマホを見せるとミーシャに送られているメッセージと同じ物がそこには表示されていた。それにミーシャはさらに困惑する。



「これは理穂子にも送られてる。今までの話しでもうさすがにわかるだろ? 部活動ってのは部員だけじゃないんだ。部室があって顧問がいる。本来存在すべきではない桐ヶ谷貫。そしてこの部室に気をつけろ。棚田クリス、あいつは凄いやつだよ。屋上で茜と飯食ってた時、ここまでのシナリオは予測してた」



 ミーシャは思い出す。あのインスタントラーメンを屋上で茜が作っていた時。何かを楽しそうに話していた。そして確かにクリスは部室で何かを探していた。

 それは自身の姉。棚田マリアを探す為だったのではなかったのか?



「俺も最初は今のミーシャと同じだ。棚田マリアの遺体を捜しに来たんだと思ってた。というか、本当にそのつもりだったのかもしれない。そして調べる内におかしな事に気づいた。この部室の細工、そして桐ヶ谷が別人のように明るくなっているという事。もちろん、俺たちには知る由もない」



 おかしな事。

 桐ヶ谷は一時期休職をしていた事はミーシャも知っている。何が原因だったかは知らないが、ミーシャは復職してからの桐ヶ谷しか知らないのである。



「桐ヶ谷が休職していた時期、2014の夏頃から、原因は学級崩壊。心身ともに相当疲弊していたらしい。そこで桐ヶ谷はとある新興宗教団体に入信する。なんでも自分を不幸に追い込んで幸福になろうという、何処かで聞いた事がある話だよな? そこで全財産を寄付した桐ヶ谷はどうなったと思う?」



 わからないという意思表示をしたミーシャに満月は言う。



「少しずつ良いことがおき始めたんだ」

「そんな馬鹿な!」

「そうだ。普通に考えれば馬鹿な事だ。たぶん、そのカルト教団がそうなるように仕組んだんだろう。さらにお布施でもさせる為にな。だが、桐ヶ谷はもうそんな判断もできない程度には参ってたんだ」



 どれだけ本当の桐ヶ谷が辛かったのかミーシャには知りえないが、神にも縋りたくなる気持ちは自分にも覚えがあった。そんな時に同じような事が起きたらミーシャもまた騙されたかもしれない。



「それで……桐ヶ谷先生はどうなったんですか?」



 満月はミーシャに殴られたところをさすりながら大きなハンマーを拾った。少し身構えてしまったミーシャだったが、満月の言った言葉。



「ここから先は、俺も知らん、。なので、張本人に聞いてみようぜ。桐ヶ谷センセ、もといさんよぉ!」



 思いっきり満月はハンマーを振りかぶると壁に向かって打ちつけた。コンクリートの壁が軽々と壊れる。

 というより壁の間に空洞が見えた。そしてそのまま力任せに壁を崩していく。そこには小型冷凍庫と並ぶようにミーシャのよく知っている男性。

 桐ヶ谷貫の姿があった。



「桐ヶ谷先生……」



 動揺するミーシャに桐ヶ谷は真剣な顔でこういった。



「話は聞かせてもらった。満月、そうやって大熊を騙して面白いか? 」



 開口一番、桐ヶ谷はそう言う。それにミーシャはハッと満月を見る。すると満月は首を横に振った。



「この後に及んで、そんな所にいた奴のそれが通ると思うのか? 教えてくれよ。なんで桐ヶ谷に成り代わった。あと、なんでミーシャに狙いをつけた?」



 桐ヶ谷は自分が今までいたところを指差すと余裕を持って話し出した。



「ここは元々学校の施設だ。給食を上の階に運ぶ為のエレベーターみたいな役割があったんだ。今は使わなくなったけど、周知の事実さ。それよりも満月、お前の方が夢物語みたいな事を吹き込んで大熊を惑わしているじゃないか、大熊。警察に戻りなさい。君の無実は俺が必ず証明する。そして満月、君も本当の事を言うんだ。一緒に付き添ってやるから。さぁ」



 それはいつもの桐ヶ谷だった。ひたすらに優しく、そして生徒の事を考えてくれる。ミーシャはわからなくなった。

 どちらが嘘を言っているのか? その時、満月が口を開く。



「ミーシャ、俺を信じろ」



 それに桐ヶ谷は首を横に振る。満月を哀れむように、そしていつのも大丈夫だ。俺に任せておけというあの表情でミーシャに言った。



「なぁ、俺に教えてくれないか? 満月。俺はお前たち文芸部の部員達に何かしてやれる事は全然なかったよ。だけど、お前だって私の可愛い生徒だ。さっき言ってた通り、俺は一度、学級を崩壊させてしまった。良かれと思ってやった事で沢山の生徒達の信頼を失った。だから、俺はもう二度とあんな風にはならないと決めたんだ! だから、満月。お前の本当の気持ちを教えてくれ!」



 嗚呼、桐ヶ谷の目は潤んでいる。それに対して満月は非常に冷たい表情。何か汚い物でも見るように桐ヶ谷を見つめていた。

 ミーシャはこれはどちらに転んでも最悪の展開だったが、まさか満月が一連の犯人だなんて認めたくはなかった。

 桐ヶ谷は自分の部の部員がとんでもない事をしでかしたのにも関わらず、手を差し伸べようとした。それを満月は払いのける。

 満月先輩! と声をかけようとした時、満月は話し出した。



「ここまで来るとアンタおもしれーは! 厨二病、ここに極まれりだな。アンタ。怪人二十面相のなりきりのつもりだろ?」



 この場で満月は何を言っているのか? それは桐ヶ谷も困った顔を隠せない。あきれ果てた表情を向けて満月は真っ直ぐに桐ヶ谷を見る。



「本当の桐ヶ谷の首を小船に乗せたのは獄門船のつもりだったんだろ? 今程ネットが一般的になってればもう少し話題にもなったかもしれないが、残念だったな。ネット黎明期のある意味だな。ちなみに全然似てなかった」



 ミーシャは記憶をたどる。獄門船は江戸川乱歩の『魔術師』に登場する小さな船に生首を乗せた猟奇的なシーン。殺人ピエロという聞いただけでも鳥肌が立つようなそれ……しかし、一体何故今その名称が出たのかいまいちついていけない。

 それは桐ヶ谷もまた同じだろうとそう思って桐ヶ谷を見ると、そこは今まで見せた事もない鬼の形相を満月に向けていた。



「桐ヶ谷というより、怪人二十面相と呼んだ方がいいか? それとも結細」

「怪人二十面相と呼べ」



 それにミーシャは耳を疑った。今まで聞いた事のない高い声、これがあの桐ヶ谷なのか、ゾッとするミーシャに対して満月は大爆笑。



「マジか! こいつ、ぎゃはははは! やべぇ、本当に末期の厨二病ってこんなになるんだ。じゃあさ、お前の作品。もう無いの知ってた?」



 満月がそう言うと、血走った目を桐ヶ谷は見せ、そして甲高い声で叫んだ。



「なぁんのぉことだぁ!」



 キリキリキリと音を出して満月はカッターナイフの刃を出すと、それをあの、棚田クリスの姉、。棚田マリアの骨が仕込んであったソファーと同じ物にむける。

 そして満月がソファーを切り裂き、中をほじくる。そしてそのどこにも当然骨がない事を見ると桐ヶ谷は発狂した。



「なんでなんでなんで? 僕の一番の、一番のぉおおお! 」



 頭をかきむしり、そして満月を睨みつける。その口からは涎が垂れ、涙まで流していた。

 狂気、人間とはこうも異常な姿を人前に晒すのか……ミーシャは何も言えず固まっていると、満月がさらに煽った。



「この人間椅子、趣味悪いだけで全然似てねー」



 バン!

 これには満月も驚愕する。撃たれたのだ。満月の肩から流血。桐ヶ谷は拳銃を満月に頭に向けた。



「て、訂正しろぉ」

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