第二話 人喰い用の人間シチュー

 ミーシャ達の通う一欄台学園。

 その正門に大きな業務用鍋が湯気を立てて、何等かの洋食の香りを放って置いてある。

 そう、ポンと不自然に巨大な鍋が置いてあったのである。先日のミーシャの人喰いを示唆したようなポスターに続いて連続で起きる変なイタズラ。

 さすがにこれは学校も警察に連絡、この料理が冷えてくると妙な匂いがした為、動かそうとしてその鍋をひっくり返してしまった。

 それを見ていた女生徒の叫びが最初だった。



「キャアアア!」



 そして次々に悲鳴、そしてスマホで写真が撮影される。それは人間と思える腕から手にかけての骨。

 さらに、その業務用鍋が置いてあったところに一枚の紙にでかでかとこう書かれていた。


の食事』


 と……

 このダブルパンチは再びミーシャのクラスメイト達の空気を不穏な物に変えた。そして今回ばかりは、アキと麗奈ですら引いてしまっている。



「ミハイルその……」



 麗奈が何か声をかけてくれようとした時、ミーシャ達のクラスに、見知らぬ男が二人やってきた。彼らは教室の外で待ち、学年主任の先生がミーシャの下にやってくる。



「大熊、少しいいか?」

「あっ、はい」



 誰しもが外で待っている男たちは刑事なんだろうと気づいていた。明らかに堅気の人間ではない空気。そしてミーシャが学年主任と共に連れていかれる様子をじっと見つめていた。

 ミーシャはあまり慣れたくはないなと思ったが、これもまた一度や二度ではなかった。それにしても今回の悪戯はあまりにも度が過ぎている。

 生活指導室に通されたミーシャはふたりの警察官、というか二人は刑事だった。



「私は下林。大熊君、今回君を呼び出させてもらった理由は、君のあの痛ましい事件に関して愉快犯が出ている可能性が……ね?」



 何か含んだ物言いにミーシャは恐らく刑事が考えている事に関して言ってみた。



「あと、僕がこの事件の犯人かもしれないという事ですよね?」



 そのミーシャの発言に下林ではない若い刑事が口を挟んだ。



「それは違うよ大熊君!」



 その若手の刑事を次は下林が制止する。



「まぁまて杉本。この大熊君は賢い子だ。こっちも手を晒していこう。そうだ。君には申し訳ないが、君を容疑者の一人としてこちらは考えている」



 ミーシャはそれに少しばかり強い口調でこう言った。



「その根拠は何でしょうか?」



 ミーシャと下林はにらみ合う。そして下林が言った言葉。それにはミーシャの心が挫けそうになった。



「ちゃんとした情報はもう少しかかるみたいだけど、あの業務用鍋の中で煮られて料理された肉と骨の持ち主、あれは君のクラスの担任。桐ヶ谷貫先生という事が分かったんだよ」

「は?」



 正直言っている意味が分からない。ミーシャの担任の桐ヶ谷貫。少し頼りないところもあるが面白く、可笑しいみんなの人気者。

 その桐ヶ谷が亡くなった。

 ミーシャは昨日の朝に会っている。そんな事ありえないとそうミーシャは思った。



「そんな、嘘でしょ?」

「うん、多分嘘じゃないだろうね。君が最後に桐ヶ谷先生と会っているという事はもう調べがついているんだ……あとこれもね。杉本」



 そう呼ばれてしっかりと梱包された凶器の写真を見てミーシャは気を失いそうになった。それは前日部室に置いてあった大きなハンマー、そしてそれには痛々しい血痕がついている。恐らくそれで殴ったんだろう。

 あの桐ヶ谷貫を……何者かが……



「これに関して見覚えは?」



 下林の口調は全く変わらない。変わらないが下林が明らかにミーシャに対してチェックメイトを打ってきているのはここにいる杉本も学年主任もまた感じていた。



「あります。昨日、部室で見つけました」



 正直に答えたミーシャに下林は頷く。



「そう、じゃあこれを大熊君はどうしたんだい?」

「部室に桐ヶ谷先生がいたので先生の持ち物かなと思って、先生に渡しました」



 これもまた事実であった。だが、この事実を知っているのはミーシャと恐らく今は亡き桐ヶ谷貫。



「杉本、動画再生できる?」

「あっ、はい。少しお待ちください」



 杉本はモバイルパソコンを取り出すと、ミニSDカードをパソコンに刺した。そしてミーシャもよく知る文芸部の部室映像が流れる。

 それは昨日の映像。



「これって……満月先輩の……」

「うん、この学校の文芸部部長。大熊君の先輩、満月さじ君。彼は凄いね。四つも部室に監視カメラを仕掛けているなんて、彼がこの動画を提供してくれたよ。君のアリバイを証明できるかもしれないとね。だけど、残念ながら大熊君が桐ヶ谷先生にハンマーを手渡した瞬間は撮影されていないんだ」



 確かにその動画は桐ヶ谷が部室にやってくるところから録画されていた。彼は部室の簡単な掃除や何か不要物を持ってきていないかを調べているようだった。監視カメラを見つけた時はいつもの笑顔で手を振っていた。

 そして机の整頓なんかをしている時にミーシャがやって来る。ミーシャと何かを話した後にミーシャはカメラの死角から大きなハンマー、恐らくは犯行に使われたそれを持って教室の外へと向かう。



「う~ん、そうか、じゃあ桐ヶ谷先生は大熊君から手渡されたのかな」

「……はい」



 ミーシャのこの言葉に、下林の口元が少しだけ緩んだ。それは言葉通りゲームセットだったんだろう。



「大熊君。昔ね? 私を育ててくれた刑事の大先輩がいたんだ。その人はとにかく犯人を見つけるのが上手かった。まだ現役でやっていけるのに、ある迷宮入り事件を追ってしまった。その人が言ってたんだ。正しい事を繋げ、おかしな事を排除した結果。それが真相だってね」



 下林はほぼほぼミーシャを桐ヶ谷殺害の容疑者として絞ってきた。それにミーシャが言えるのは力無い質問だけだった。



「何が言いたいんでしょうか?」



 学年主任が用意したお茶を一口飲んで下林はミーシャに最期の一手を放った。



「このハンマーね。君の指紋しか検出されてないんだ」



 ミーシャは言葉に詰まった。確かにあのハンマーはミーシャが桐ヶ谷に手渡した。桐ヶ谷は手袋等もせず、素手で受け取ってそれを持って行ったハズだった。

 それ故、ミーシャは取り乱した。



「ほんとです! 本当に僕は先生に手渡したんです。そんな、なんで? ちゃんと調べてください! おかしいですよ。こんなの!」



 そう、下林は喚くミーシャに対して強制終了の言葉をかけた。



「続きは警察署で聞こうか?」



 事実上、ミーシャが警察に連れていかれる姿を見た生徒達に風のような速度でミーシャの逮捕と桐ヶ谷の死が伝わった。

 それは学園に混乱を、ミーシャの知り合い達は焦燥感にかられ、ミーシャの風評被害は当然の如く、火が燃え移っていくように広がっていく。

 スマホでニュースを確認していたアキは黙り、泣きながらアキに懇願するように麗奈は言った。



「アキ、これって絶対何かの間違いだよね? そうだよね?」

「……分からないわよ。だって……桐ヶ谷に最後に会ったのは大熊なんだろ? だったらそうかもしれないじゃん」

「そんな事言わないでよ! ミハイルがそんな事さ……そんな事」



 その日はお昼で学校は終わり、下校前に生徒達には桐ヶ谷貫が亡くなった事が告げられた。彼はバラバラに解体されて大きな業務用鍋にシチューとして煮込まれる。

 そんなタダでさえ狂った事件が起き、その容疑者が数年前に人を食べたのではないかという大熊ミハイル。

 出来すぎたロケーション、これももちろん各種メディアが食いついた。学校に、ミーシャの自宅へと訪問する取材陣。

 再び炎上し、当時とは比べ物にならないレベルでミーシャの情報は拡散されていく。それには芸能活動をしているミーシャの姉も再び脚光を浴び、記者会見、さらには色んな取材に応じていた。

 そしてこれに関しても弟を使った一番やってはいけない炎上商法と一部で言われるも、ミーシャの姉は弟であるミーシャを擁護するわけでも、批判するわけでもなかった。

 ミーシャの姉のしたたかさは舌を巻く、そのテレビ番組を屋上で見ていた満月はこう呟いた。



「やっとミーシャが捕まったか……そしてこいつがミーシャの姉さんか、なんてしたたかな女だ。ミーシャを使ってこう出てくるというのがまた面白いな。ある意味黒幕は、ミーシャの姉さんじゃないだろうな……」



 本日は部活も自粛という中、満月は屋上から動かない。自分が今すべき事、それを考えていた。

 そして自分のスマートフォンを地面に投げつけそうになる。



「……ははっ、やっと次のステージに歩を勧められる。そうだろう? 理穂子」



 何故かここにいない茜、いないハズの彼女に話しかける満月。満月が見る先、そこにはミーシャが桐ヶ谷に渡したハンマーと全く同じ物があった。

 スマートフォンを握り締めるその手、満月は取り乱すわけでも、かと言って冷静に振る舞うわけでもなく、空虚なところを見つめる。



「人喰いは俺がさらけ出してやる」



 ルルルルルル♪


 満月のスマートフォンが着信する。そしてその番号に見覚えがない為、恐る恐る満月は電話に出た。



「もしもし?」

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