第一話 始まる絶望

 いつもの朝練の時間、満月がやってきた。少し欠伸をしているのでミーシャは夜更かしでもしたのかなと聞いてみる。



「満月先輩眠そうですね?」

「あぁ、深夜に昔見てたアニメの再放送やっててなんとなく見てたら、続きが気になって、アマゾンの会員サービスで続きをマラソンで見ちまったら夜が明けてた」



 大体12話編成の1クールを視聴して今に至るのだろう。欠伸をしながら今日の三題噺のお題をミーシャに見せる。



「『今日』、『京』、『凶』。全部同じ音で繋げて来たみたいだな」



 意外とのこのタイプは難しい。ミーシャはベタに京都を舞台にしたショートショートにしようかと考える。

 そこで一旦思考を止めた。



「う~ん、多分。僕のこういうところが創造力が低いんんだろうな」

「まぁ逆に考えてみたらどうだ?」



 欠伸をしながらカタカタとタイプしながら満月はそう言う。どういう意味だろうかとミーシャは満月の言葉を待っていると満月は言う。



「ミーシャは、頭でストーリーはすぐに練れるんだろ? だからそれはそれでプロットとして置いておけばいいんじゃないか? それをベースに全然違う物語を肉付けしてみたらどうだ?」



 ミーシャは何事も悪い方向に考えがちだが、この満月はその真逆で何事も良い方向に考えるようだった。それにミーシャは勇気づけられ頷く。



「……そうですね」

「ふぁ~あ。今月の月間紹介なんだった?」

「今月、ホラーですね」



 毎月の月間紹介小説の情報を得て満月は眠そうにプリントアウトとした作品を段ボールの中に無造作に放り込む。



「今日、理穂子のやつ遅いな? まぁ戸締り宜しくな。俺はホームルームで寝るわ」



 頭の良い満月だからこその余裕のあるこの一言。それにミーシャは手を振って見送る。ホームルームまではまだあと三十分程ある……が茜がくる様子はうかがえない。



「今日部活休みかな?」



 結局ミーシャが三題噺を完成させた後も茜がくる事はなく、ミーシャは戸締りをして部室を出た。



「今日の部活は図書館かな」



 そんな事を考えながらミーシャは教室に入る。そして、クラスメイト全員の視線が自分に集まっている事に気が付いた。



「えっ? なに? お、おはよう」



 ミーシャが反応するとクラスメイト達は目をそらす。この視線をミーシャは知っていた。それは数年前、中学生の頃に自分に向けられていた目だった。



「……ははっ、久々だけどキツいな」



 そしてそれはミーシャが想像していた物のそれで間違いなかった。それはミーシャに関わろうとしなかったクラスメイト達の中で、唯一ミーシャに関わってくれる友達。

 アキと麗奈だった。



「おい、大熊。これホントなのか?」



 二人がミーシャの前に見せたのは、何処かの新聞記事や週刊誌の切り抜きを集めて作った雑なポスターだった。それをミーシャは見て、ついに来たかとそう思った。

 それはミーシャが中学時代、登山部で遭難した時の記事、そして目を隠してはあるがそれがミーシャであるとよく分かる写真。


 ミーシャが食人。同じ部員を食べて生き永らえたという記事であった。人が獣になった瞬間、生への固執故、人食い熊になった少年、それはそれは一方的かつ酷い記事であった。

 そしてどの記事にも書かれてる健康状態が非常に良いのは動物性たんぱく質を摂取したからであると書かれていた。

 今やクラスメイト達はこの一年年上で、同じ学年にいる少し関わりがたい少年は、人を食べた異常者としてミーシャを見ていた。

 その瞳が懐かしいものの、慣れたという風なミーシャを見てアキは吠える。



「おい、大熊聞いてのか?」

「ミハイル、こんなの嘘だよね?」



 アキは怒っている。それはこの記事に関してではない、こんな真似をした顔の見えない誰かに対する怒り。

 そして麗奈はミーシャーの口から否定の言葉を聞きたかった。ミーシャは自分を信じてくれる友達がいる事の心強さに胸を打たれながら頷いた。



「うん、この事件の事はみんなよく知ってるよね? 僕が登山部で遭難したのは本当の事だけど、僕は部員の誰一人食べてなんかいないよ。あの事件の後、こういう記事や取材のせいで僕の家はおかしくなった。そして僕は一年間学校に通えず、僕は僕の事を知らない人しかいない街に転校してきたんだ」



 そう、このクラスメイト達の知らなかったミーシャの正体。それを聞いてもやはり怯えた目でミーシャを見る者、また先ほどとは変わってミーシャに対して憐れみの表情を浮かべる者。そしてアキと麗奈は先ほどと変わらずにミーシャを見つめている。

 そしてアキがクラスメイトに向かって言う。



「大熊は喰ってないってさ! これでいいだろ? それともこのクラスにこのつまらないポスターを学校中にばら撒いた奴がいるなら、許さないよ? 違うというなら自分の席に座りな」



 アキがそう言うのでクラスメイト達は各々自分の席に座る。そして麗奈が少し紅潮した表情でミーシャにこういった。



「麗奈達はミハイルの味方だからね!」



 麗奈はニコニコと、アキは冷めた顔でミーシャを見つめる。それにミーシャはこう返した。



「ありがとう。二人とも! 凄く嬉しいよ」



 ミーシャの微笑みに二人は満足したように自分の席に戻っていく。アキはパンパンとミーシャの肩を叩いた。

 それでクラス自体の大きな問題は収まったかに思えたが、次の問題がすぐに発覚する。待てども待てども担任の桐ヶ谷がホームルームにやってこない。



「桐ヶ谷なにやってんだよー!」



 それはあのお調子者で、みんなの人気者である桐ヶ谷だからこそ、全然ホームルームに来なくとも笑いを誘う。

 結局一時間目の数学教師がやってきても桐ヶ谷がホームルームに姿を見せる事はなく、そのまま授業が開始された。

 ミーシャの事を誹謗中傷したポスターは全て回収され、誰がそれを行ったのか犯人捜しまでは学校は執り行わない。

 その日は何だが学校にいずらく、アキと麗奈が食堂でランチを取ろうと誘ってくれたが、部室にミーシャは向かった。

 そこではサンドイッチと紙パックの珈琲を手元においてタイピングをしている満月の姿だった。



「満月先輩、お昼一緒にいいですか?」

「あぁ」



 満月の目の前の席に座るとミーシャはコンビニの御握りを二つ、そしてペットボトルのお茶を取り出した。



「今日はえらく大変だったな」



 当然と言うべきか、満月もミーシャが人を喰ったのではないかというあの記事に目を通していた。仕方がない事だがミーシャは少しばかり気まずく小さな声で「はい」と頷いた。



「満月先輩。あれ、どう思いました?」



 満月はハムサンドをパクりと食べ、ゆっくりと咀嚼する。そして雪印のコーヒーで喉を潤した。



「どう思うかって言われてもな。そもそも知ってたしな……しいて言うならミーシャ、キャラクターの設定乗せすぎだろって思ったな……まぁ、ミーシャは人を喰うような根性はないだろうし、災難だったな」



 ミーシャはよくよく考えれば満月や茜は文芸部、あらゆる資料を集めてそれを文字に起こし、物語に作り替える事を得意としている。

 季節外れの転校生、それも年齢が一年遅いと来たらその素性くらいは満月なら調べているんだろう。それに妙に納得しながらミーシャは聞く。



「その、僕の事。気持ち悪いとか、怖いとか……思わないのかなって……ははっ」



 サンドイッチを食べ終わった満月は小さなクーラーボックスのような物を取りだした。一体何が入っているのかとミーシャが見ていると、それを満月は開ける。



「うわっ! なんですかそれ!」



 モクモクと白い煙が飛び出してくるその箱に驚くミーシャだったが、その箱から出て来た物は衝撃の一言だった。



「ミーシャも喰う? クッキー&クリーム」



 ハーゲンダッツアイスクリームが二つ。それを一つミーシャの手に乗せた。



「えっ? アイス? えー!」



 この白い煙はドライアイス、満月は学校にアイスクリームを持ち込む方法を考えていたわけだ。茜は学校でインスタントラーメンを作ってみたり、この二人の寄行はミーシャも想像が出来ない。



「氷菓を食べたいと思ったが、夏の時期に氷を持って来るのは至難の業だ。冷凍庫をここにおいても良かったんだが、そこまでして喰いたいわけでもない。となると気温の低い冬ならわりと簡単な装備で維持できる。冬に食べる氷菓としてアイスクリームだろう。で、今に至るわけだ」



 もふもふとアイスクリームを食べながらそう話す満月にミーシャもまたアイスクリームを食べる。そして身体が冷えるので満月はエアコンの暖房を入れた。



「ちょ、ミーシャ。ヤバくねーか? 冬のアイスクリーム美味すぎだろ!」

「ですねー! 茜先輩がこの味を知ったら毎日やりそでうすね!」

「あぁ、その理穂子だがな……学校に来てない。まぁアイツの考える事は分からん」



 茜が学校に来ていないという事に少し心配した表情をするミーシャ、そしてそのミーシャを見て満月は質問を思い出した。



「お前を見て気持ち悪いとか、怖いとか俺が思うかって質問だけどな?」

「はい」



 ミーシャもアイスクリームに舌鼓を打っていて忘れていた。ゴクりと喉を鳴らして回答を待っていると満月は食べ終わったアイスのゴミをゴミ箱に放り投げてからこういった。



「お前より気持ち悪い奴も、怖い奴も肩代わりしてくれる奴がこの部にはいるからな、そんな事思った事もない。というか、ミーシャはハーフであるという設定以外はあまりにも普通すぎる。普通すぎるから、そのくらいのネタがあった方がハクが付くんじゃねーか? いや、全然知らないけどさ。俺も多分、理穂子の奴が今日の事を知ってもその程度でしかお前とその事件に関しては考えてない。これでいいか?」



 満月も茜もこういう人だ。それにミーシャは泣きそうになりながらアイスを掻っ込む事で自分をクールダウンさせた。

 このほとぼりはその程度では冷めないというのに……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます