最終話 名探偵、満月さじ

 深夜2時、文芸部部長の満月さじはアラームよりも前に目覚めると、横で寝ている二人に声をかける。



「おい、いくぞ。起きろ」



 満月の声かけに反応しない二人、満月は少し考えると二人の身体をゆすってみる。されど、二人は夢の世界から帰ってこない為、満月はランタンを持って一人で外に出た。



「全くなんて寝起きの悪い奴らだ」



 夜中のキャンプ場も二日目となると大体何処になにがあるか分かるので、満月もスムーズに前回のルートを歩く。スマホのカメラ機能を野外モードに買えて撮影準備も問題ない。



「きたな」



 満月とミーシャが目撃した動く火の玉が現れた。ただし、緑色の火の玉は見当たらない。それに関しても満月はある程度の検討をつけていた。



「幽霊の正体見たり、枯れ尾花。よく言ったものだな。この言葉が残っているという事で、幽霊は存在しない事が証明されているんだよ」



 独り言を言う満月はつい先ほど見えた火の玉があった方向ではなく、前回緑色の火の玉を見た方向に向かって歩く。



「あいつらのさからすれば残っていてもおかしくはないよな」



 満月はランタンをかざしながら周囲を探る。

 そして、予想していた物を見つけた。



「あった……やっぱりこれか、『ひとだまくん』。緑色に見える火の玉はさしずめ本来やるべきはずの肝試しのデモンストレーションだったんだろうな。こんな不自然な火の玉があってたまるか……次は縦横無尽に動く火の玉か」



 次は墓場近くに向かう満月。遠くから動く光、一瞬火の玉かと思ったが、何かを言っている。



「んぱーい! 満月先輩」



 その呼び方をする人物は世界広しと言えどもたった一人。満月は光の向かってくる方向にランタンを掲げる。



「ミーシャか、起きたんだな? 理穂子は?」

「えっ? 一緒じゃないんですか? 僕が起きた時にはもういなかったんですけど?」

「まぁアイツの事だ。心配ないだろう。とりあえず俺とお前が見た火の玉の一つはこれだ」



『ひとだまくん』を見せられて、ミーシャも「あー!」と懐かしそうに理解する。小さい頃にたまに遊んだ火の玉玩具。

 そして、それの用途がキャンプのイベントの一つであった肝試しに使われるハズだった事もなんとなく理解した。



「これだったんですねぇ! でもあの動く火の玉は?」

「あー、それな。俺もあの日は深夜で頭が回ってなかった。それと偶然に大学生が練習していた『ひとだまくん』見た後だったから頭が誤認識したんだ。俺もミーシャもな。もしあの時、理穂子がいたら俺達ももう少し冷静になっていたかもしれない」



 満月の言葉の意味はいまいち理解できなかったが、何かの見間違いだったんだろうとミーシャも分かった。

 なんだか、そういう謎が解けてしまうのも少し物悲しい気持ちもしたが、真相を知りたいと思うのもまた人間の性である。



「これって小説のネタとかに?」

「あたりまえだろう。文化祭の部誌として販売するつもりだ。ミーシャと理穂子にも手伝ってもらうからな」



 転んでもタダでは起きない男。満月さじ。ミーシャは本当に凄い人だなと感心していると、絹を裂くようと表現してしまうにはやや野太い男性達の悲鳴が聞こえて来た。

 うわーとかぎゃーとかそんな声。

 満月とミーシャは顔を見合わせる。



「これ絶対理穂子だろ」

「で、デスヨネー」



 現場に駆け付けると寝巻替わりの黒いジャージを着た茜が謎の拳法の構えを取って数人の人影に対峙していた。おそらく存在しない適当な構えである。

 が、しかし茜の単純な凶暴性から謎の人影は千切っては投げられ、逃げようとすれば茜のフットワークで逃がさない。



「茜先輩強すぎでしょ」

「あー、生まれる時代が違ったら武王にでもなってたかもな。とりあえず死人が出るまえに止めよう」



 驚く事もなく満月は茜の近くから言う。



「理穂子、どうどう。何があった?」



 ランタンで茜の姿をよく見ると据わった目でこちらを見つめている。完全に理性が吹っ飛んでいるようなその状態。ミーシャは絶対まずいやつだと思っていたが満月はやはり冷静。



「はいはい、またお得意のブチギレ大暴れですか? お前それ何回繰り返すの? ガキの頃からそれで俺が何回被害こうむってるか知ってる?」



 意識が満月にいっている間に逃げようとした連中に大声で満月は叫ぶ。



「動くなッ!」



 彼らをランタンで姿を確認したら案の定、茜に声をかけてぶん殴られた大学生二人と他一人だった。



「お前らさ、さしずめ仕返しか三人なら理穂子をどうにかできるとか思ったんだろ? ライオン相手に人間三人がどうにか出来るわけないだろ。そいつ、ちょっと俺達一般人と頭の出来が違うんだわ。天才の成り損ないってやつだな。思考能力が異常に高いかわりに一定のストレスを越えると、そうやって暴れるの。ちなみに、理穂子が本気でキレたら拘束衣自力で破るくらいの力を出す。アンタ等死ぬぞ?」



 助けてくれと懇願する大学生達。悪い笑顔を見せている満月にミーシャは呆れる。一体何を提案するのか……



「助けてほしいか?」

「頼む! なんて女だ!」



 茜はフーフーと口で息をして異様に気が立っている。ミーシャはこうなった茜を見たのは初めてだったが、これが停学騒動になった時の茜だったんだろう。

 満月は提案を始めた。



「そうだな。まず、お前たちの用意したテント。あれ中々住み心地がいい。俺達三人でも広いしな。あれくれ。それと、当然こんな事をしてくれたんだ。俺達を含む全参加者への参加費の返還」



 正直、納得いかない部分もあり、口を開いた。



「なんでお前たち以外の参加費用も返さないと……」



 言い切ろうとして何でか分かった。先日のパニック騒動である。確かにあれは大きな事件と言える。



「あと、豚汁に毒草入れた事も公表して謝罪しろ」



 それには最初に茜に殴られた大学生が激怒する。



「毒草なんて入れてねーよ! 調子に乗るなよ! 適当な事を言いやがって! 高校生にもなって探偵ごっこか?」

「嗚呼、探偵ごっこだ。俺達は文芸部。小説家だからな。部員の慰安とネタ探しにこのクソキャンプに参加したんだ。但し探偵ごっこで調べた真相はリアルだった」



 満月はミーシャも茜も知らない真相に到達していた。本当にこの人は超高校生級なんじゃないかとミーシャは思う。



「満月先輩。その毒草って?」

「アンタ等も見に行くかい? すぐ近くだ。理穂子、もういいぞ。よく怒った。さしずめ俺かミーシャの悪口でも言われたんだろ?」



 満月は茜の前までくると頬をペシペシと叩く。茜の瞳に光が戻る。



「おはよう理穂子」

「……いっけねー。また変身してた?」

「嗚呼、してた。お前のそのリアル厨二体質ほんと迷惑だからな。どうせだ。あのファビョった豚汁の真相と動く火の玉見に行こうぜ」



 大学生達を連れて野菜の無人直売所へと来たミーシャ達。そこにはもう殆ど野菜はないが満月は指さした。



「お前たち食材の材料ここで買ったろ?」

「……ああ」



 素直に頷く大学生に満月は満足したように指さした。それは直売所のすぐ隣。なんの変哲もない土。



「ここにあった物をゴボウだと思って持って帰っただろ? 俺達は豚汁のゴボウ食わなかったんだよ。そこな理穂子が全部薪替わりに燃やしちまったからな」

「だからなんだよ? ゴボウだと思ったって……それが毒草?」



 適当に土をほじくり返して一つその根を抜いてみた。ぱっとみゴボウに見える。ミーシャもゴボウなんじゃないかと思ったがその名前を満月は眼鏡を直しながら言った。



「チョウセンアサガオの根だ。致死量に至る事は殆どないが、食中毒の代名詞で幻覚作用を引き起こす事もある」



 それが今回大人たちや大学生達がおかしくなった原因。全てつじつまがあった。ポーズをつけて立っている満月を見て茜が笑う。



「おぉ、名探偵じゃねーか!」



 真相を知った大学生達の内輪もめがはじまった。



「お前が食材ケチるから、こんな事になったんだろうが?」

「そんな! お前らだって安く済んだって喜んでたじゃないかっ!」



 なんとも醜い。

 それを見て茜は楽しそうに笑う。ミーシャはこれが大人だと思っていた大学生なのかと……自分達やそれ以下の子供と変わらない。幻滅しているさなか満月は彼らの醜い争いを止める言葉を述べた。



「俺の提案はお前たちの株を上げる為なんだぜ?」

「……どういう事だ?」

「お前たちは薬学部でもなんでもないだろ? チョウセンアサガオの根を誤食してしまったなんて事は意外と多い。お前たちは分からなくて出してしまった事も事実だ。有難い事に小さい子供達は俺達の豚汁を喰って誰も食中毒は起こしてない。全額返金。俺達文芸部には調査費用としてあの高級テントを頂く。安いものだろ? そしてお前たちは公表して謝罪、少しは叩かれるかもしれないが、悪気があったわけじゃない。当然退学にはならないよ。が、俺が告発した場合。お前たちは犯罪者になる。退学どころの話じゃないぜ?」



 満月の見た目に対してクールで知的な脅し。それは名探偵というよりはインテリヤクザにしか見えない事はミーシャは絶対黙っていようと思った。

 観念した大学生達は翌朝に参加者にそれを告白し、返金に応じる事を約束した。そして、コールマンの高級ファミリーテントを文芸部に無償提供する事も承諾。

 これにて本件は終了となり、悲しそうな背中を見せて大学生達は自分達のテントへと戻っていく。



「やるじゃねーかさじ坊」

「あぁ、今回は理穂子がキレたから高級テントまで手に入ったけどな。そんなに俺やミーシャの文句を言われて怒ったのか?」

「いや、お前らじゃなくて別のやつ」


 多分、どういう経緯かは分からないが棚田クリスだとミーシャも満月も想像していた。そして満月は「そっちかい!」となんだか閉口する。



 そんな会話をしながら午前四時。丑三つ時すら終わった頃に墓場前へとたどり着いた。満月は執事のようなポーズで茜とミーシャにわざとらしく言う。



「最後の謎。動く火の玉の正体がこちらです」



 そんな動く火の玉の姿は見えない。待つ事十数分。遠くに車の音が聞こえる。そしてその瞬間。光の乱反射が墓石に起きる。

 なんという事はない。



「これを俺とミーシャは火の玉の移動に見えていたんだ。今回は全部見間違い。そして脳の認識のバグと言ったところか? ゴボウとチョウセンアサガオの根の見間違い。火の玉に関しては玩具を見たあとにこの乱反射を見た為に起きた認識のバグ。まぁ案外俺達が見ている物ってのはそういう曖昧な世界なのかもな」



 そう言って満月はバーナーコンロを取り出すとその場で湯を沸かしてインスタントのココアを三人に配った。



「中々、面白いキャンプだったろ? しめに一杯やらないか?」



 そう言って三人は金属製マグカップをコツンとつけて乾杯。

 ミーシャは本当に、楽しくて楽しくて仕方がなかった。自分が中学生の頃に、人権を無視されるような扱いを受けていた事なんて忘れてしまったかのように……

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