第一話 飯盒の想い出

「さて、まず昼飯喰い損ねたわけだが……飯どうするの?」



 茜が今だぐーぐ寝ているミーシャを肘置きにしながら満月に聞く。今回二泊三日のキャンプ合宿となる。



「今晩はカレーらしいな。材料をもらって炊事場で作る。でその辺で食べるみたいな感じらしい」



 パンフレットを見ながら満月がそう語ると茜は満月からそれを取ると読む。



「なんつーか、林間学校の小学生みてーだな」



 そう、満月や茜が考えていたキャンプは好きな時に好きな事をしてそれでいて普段とは違う空気を感じる的なものだった。



「ちょ、おまっ! こんなガチガチなの学校いるのと変わらないじゃないか」



 茜がげんなりしているのを見て満月はツッコむ。普段学校生活をまぁまぁおろそかにしている茜が言っていい事じゃない。



「とりあえず寝坊助ミーシャを起こしてカレー喰いにいくか」

「いや、喰うフェイズの前に調理フェイズがあるからな? そこのところを考えておけよ」



 茜はミーシャをゆるすが起きない。パンパンと叩いてみるがそれも反応がない。



「何こいつ。どうやって起こすの? というか普段どうやって起きてるの?」

「いや、俺に聞かれても」



 二人はしかたがないのでミーシャをおいてカレーを作りに行く。そこでは教えたがりな大学生達が子供達やキャンプ未経験の大人たちに何やらレクチャーをしている。

 茜と満月が材料を受け取ると炊事場で野菜を剥く。

 当然それを行うのは満月。



「おい、私もなんか手伝おうか?」

「お前は俺が野菜を切るのをしっかり見ててくれ、お前は絶対に野菜に触るな。腹いっぱい食べたければ俺の言う事を聞け」

「あい!」



 茜が敬礼するので満月がさらさらとジャガイモに人参、玉ねぎと切り分けていく。それを見て茜が「おぉ!」と感嘆の声を上げた。

 それに満月は醤油と砂糖で味付けを始める。



「さじ、お前これ肉じゃがじゃねーの?」



 満月が作っている物は紛れもなく肉じゃが。茜のツッコミを無視して味を確認すると菜箸でじゃがいもを刺すと茜の口元に持って行く。



「ほれ、食ってみろ!」



 茜は大きく口を開けてそれをぱくりと食べ咀嚼していく。どんどん頬が赤くなり、表情が緩む。



「うんめぇ! おまっ、天才かよ」

「まぁ天才ですけどね。ただし、俺達が作るのはカレーであって肉じゃがではない。この肉じゃをベースにカレーを作るのさ」



 満月がそう言ってただでさえうまい肉じゃがにカレー粉とお湯を入れる。その様子を見て茜はこう叫んだ。



「馬鹿な! 肉じゃが様にお前っ! なんてことすんだよ」



 物凄いテンションでそう叫ぶ茜に、一人の大学生。この『東京フレンドリーキャンプ』のスタッフの一人が話しかけた。



「元気だねぇ! 俺は渡辺淳。ワタジュンって呼んでくれよな!」

「は? 何この痛い奴」



 茜の強烈なツッコミに対して渡辺はあははと笑う。



「これはキツいツッコミだな。二人はカップル?」

「「殺すぞ!」」



 茜と満月が同時に殺気をまき散らしながら一言。それに渡辺は少しおののきながらも笑顔を絶やさない。



「付き合ってはないんだ? めちゃめちゃ爆睡してたよね? それカレー? 超うまそー! そっちの女の子が作ったの?」

「殺すぞ!」



 満月が自分の作った特製カレーを茜が作ったという事にされブチキレる。そんな満月にも渡辺は笑顔で話す。



「何か困った事ないかなって思って声をかけたんだ。えっと?」

「満月さじ、こっちは茜ヶ埼理穂子。テントで三年寝太郎してるのはミーシャ、そして俺達は何にも困ってないから他のキャンプ参加者達を回ってやれ」



 大学生相手だというのに満月の口ぶりは変わらず。茜は持参したスルメイカを食べながらニヤニヤと渡辺を見ていた。



「そう、じゃあまた後でね!」



 そう言って渡辺は離れていく。少し離れたあたりで「全然ダメじゃん。ワタジュン」と他のスタッフの大学生達にいじられていた。



「なぁさじ。大学生ってあんなにアホなのな?」

「さぁな。俺達が同じような大学生になるのか、あるいは大学に行くのかも分からんがあーはなるまいよ」



 真空パックされた米が配られている。

 それをお湯で温めてカレーをかけて食べるという体のつもりらしいが満月はそれに手を付けない。



「キャンプの米は飯盒だろうよ」



 そう言って使い古された真っ黒い飯盒を取り出す満月。それに持参した米を5合入れ、指を突っ込んで水を測る。



「うっわー、それ懐かしいわ。なんか昔よくそれでカレーとか焼肉とか食べたよなー」



 満月と茜が小さかった頃、よくキャンプや飯盒炊爨をしていた。

 それに浸かっていた飯盒であり、満月も「そうだな」と一言。

 肉じゃがベースのカレーが出来上がってきた頃、子供達の泣く声が響く。それに満月は反応するも気にしない。



「なんで子供ってさ、あんなにうっせーんだろうな?」

「安心しろ。お前があのくらいの頃はもっと五月蠅かったわ。まぁなんだ。子供の頃ってさ、俺達と見ている世界が違うのかもな。夜に起きた時、家の家具がお化けに見えたり、何かに集中すると周りが見えなくなったりするだろ? あれ、認識域が俺等とは違うみたいだぜ!」



 子供達が騒いでいるのは火の玉を見たと叫んでいる事だった。大人たちや大学生達が泣きわめく子供達をあやしている姿を遠目で見ながら茜は言う。



「小学校の頃の林間学校でもあーいう事言う奴らいたよな? 集団で幽霊がいただのどうだのオチのない嘘言うやつ」



 満月は嘘だと決めつけて話している茜に苦笑する。だが、その言葉には少し分かるなと思ってしまう部分もあった。

 そして満月は思いだす。



「昔、お前のとこの家族と俺の家族とでこうしてキャンプしてた時におかしな事が起きたよな? 確か……」



 満月が何かを思い出そうとしている時に茜は飯盒に薪をくべながら、子供達をあやしている中でよく知る人物を見つける。



「あれって桐ヶ谷じゃね?」



 そう、ミーシャの担任であり文芸部の顧問、桐ヶ谷貫その人が大学生達に交じって子供をパペットを使ってあやしている。



「なんでいんのあいつ?」

「いや、一応顧問だし、外泊だから奴に報告はしてたからさ」

「ふーん、まぁあいつクソお人よしだから、あーいう一銭にもならない事をするんだろうな。学校でも率先して色んな厄介事引き受けてるしな」



 茜がそう言うので満月はとろとろになったカレーをかき混ぜながら冗談を一つ茜に向かって言ってみる事にした。



「一番の厄介事は俺達文芸部の顧問になった事だろうな?」



 それにクスっと茜は鼻で笑う。



「笑えない冗談だな」

「いや、お前完全に今笑ってたからね」



 そんなやりとりとしていると二人に気づいた桐ヶ谷は人懐っこい笑顔でやってくる。それに茜は焦って叫んだ。



「カレー隠せカレー! 一食分減るぞ」

「どうやってこのクソ熱い鍋隠すんだよ。馬鹿か」



 満月と茜の元へやってきた桐ヶ谷は適当なところに腰を下ろすと笑った。



「東京にこんなところあったんだな。空気は綺麗だし、星もよく見えるな!」

「あぁ、そうだな。先生もキャンプ?」

「いや、俺はもう帰るよ。みんなが楽しそうでなによりだ! だけど、不純異性交遊は目を瞑れないからね! ところで大熊は?」



 茜と満月がテントの方を指さすので、何かを察したように、帰る事を告げて桐ヶ谷は車を止めてあるという方向に向かって歩き出した。



「ほんと変わった先生だよな桐ヶ谷」

「あぁ、私が屋上でサボってても何も言わないしな」



 二人とも桐ヶ谷にはそれなりの一定評価はしていた。学校の教師らしからぬ面白い態度、それでいて生徒達と良い距離の置き方をしている。

 そんな桐ヶ谷について茜は思い出した事を言う。



「あれがうつ病で引きこもっていた奴だっていうから凄いよな?」



 一応、内密になっている事項だったが、今の二年生以上の者は皆、学級崩壊等で桐ヶ谷が精神的に参ってしばらく学校にきていなかった事を知っている。



「一年休学してよくまぁ担任になれたよな? 以前の桐ヶ谷を知らないけど、あいつが鬱になるとかよっぽどのクラスだったんだろうな?」



 うんうんと茜も頷く。

 学校の教師という名目上、もしかしたらやせ我慢をしているだけなのかもしれないが、誰も顧問をする事のなかったこの文芸部の顧問を買って出てくれた桐ヶ谷に茜も満月もそれなりの感謝はしていた。



「カレーの一杯でも喰わせてやれば良かったかな?」

「へぇ、理穂子がそんな事言うの珍しいのな」



 飯盒の蓋に米を持って、そこにカレールーを流し込む。満月特製のにくじゃがカレーを茜は一口食べて大声で空に向かって叫んだ。



「うんめぇえええ!」



 今尚、眠り続けているミーシャの事を二人は忘れはじめながらカレーにひと時、舌鼓を打ち、昔ばなしに華が咲いていた。

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