最終話 棚田愛莉空の居場所

「こんには、はじめまして」

「やぁ、まさかこんな形で後輩が訪ねてくるとは思わなかったよ! さぁ、かけてかけて!」



 撮影スタジオの社長。川越祐樹かわごしゆうきは丁寧に満月とミーシャを迎えた。高そうなショートケーキを出してくれるのを満月は遠慮せずにぱくぱくと食べる。



「棚田アリスさんとは同期だったんですよね?」

「棚田? あぁ! 成程ね。あの子は文芸のアイドルであり、当然学園のアイドルでもあったよ。誰にでも優しくて、そして美人でね……あんな事がなければ」


 棚田アリスという名前に一瞬怪訝な顔を見せた後、当時の事件を思い出して途端に暗い顔をする祐樹に満月は問いただす。



「あの日、合宿で何があったんですか? 率直に言って俺達は貴方も疑ってます」



 満月はそう無礼な事を言ってのけ、大丈夫だろうかとミーシャは少し不安そうに満月と祐樹を見る。



「うん。あの日は奥多摩にあるとあるバンガローを二つ借りて男子女子で二泊三日の合宿。そして名目としては『ワリカタ』をしてみようというものだった」

「名目としては?」



 ミーシャが何を言っているのだろうという顔をしていたが、満月がその理由を平然と言ってのける。



「実際は棚田アリスに告白。あるいは合宿に乗じてワンナイトラブでも狙っていたのだろう。俺達で言うところの理穂子サマ相手では絶対にありえないやつだな」



 そういう事かと、高校生といえども性に興味を持ち始めた男子達。本来であれば手の届かない所にいるレベルの女子が目の前にいるのだ。この合宿も大変な冒険だったんだろう。



「はははっ、恥ずかしい。まぁ実際そうなんだよ。僕等はそのつもりだったけど、腐っても文芸部だったからね。『ワリカタ』の物語も本気で考えていたんだ。結局それも棚田さんが読んで、喜んで貰いたいかったという下心が大きかったけどね。これがその時の写真」



 みんなで集合した写真。皆楽しそうな中、微妙な笑顔で写っている男の子。



「彼が、結細一成ですか?」



 数年前に首だけの死体として見つかった男。それに祐樹は頷く。



「一成君は、中々面白い話を書く子だったけど、ちょっと偏りがあってね。私ともあまり話さず。そうだ! 棚田さんが乱歩を読んでいる一成君に話しかけて、それから執拗に棚田さんに関わるようになっていたね。それを棚田さんは嫌な顔しないものだから彼も調子にのって、何度か僕等で注意をしたんだけど中々やめなかったんだ」



 満月は少し怪訝な顔をして祐樹の話を聞いている。この話におかしな点がないのかどうか……



「あっ、満月先輩。このソファーって僕等の部室に」



 よく茜がごろごろしている古いソファー、それと全くの同型の物が奥多摩のコテージに映っていた。



「嗚呼、これね。部費で購入したんだけど、どうしてもコテージで使いたいって棚田さんが言ったらしくて、わざわざコテージに送って貰ったんだ」



 たった数日の為だけにこんな大きな物をというのがミーシャの素直な感想。それには満月もまた思っていたようで聞いた。



「棚田アリスが言ったらしいというのは本人からは聞いてないんですか?」

「うん、彼女。重工棚田の長女だろう? 仕事関係で学校を休む事も多々あったからね。皆で雑談していた時に彼女がそれらしい事を言ったってみんながね。多分、購入したソファーをコテージで使いたいね。みたいな冗談を真に受けたんだと思うよ? 僕等はみんな彼女にぞっこんだったから。でも、いざあると邪魔になって引き取り依頼をしたんだよね」



 写真を借りて離さない満月。それを見ながら祐樹に聞いた。



「このコテージから棚田アリスは消えたんですよね?」

「うん、そうだね。侵入者もなく一体どうして彼女がいなくなったのか僕等には分からない。実は一成君が少し怪しいとみんな警察に言ったんだけどね。彼も僕等と一緒にいた事でアリバイが立証された事……あと少し一成君の家がややこしかったのもあって警察は捜査対象から外したんだと思う」



 満月はふむと頷く。そして次に言った言葉。



「この結細一成が殺された事に関して、祐樹さんはどう思いますか?」



 少し困ったような顔をして祐樹は何度も頷く。



「これはあまり言わないでほしいんだけど、重工棚田によって粛清されたのかなって思ったね。あの会社はそういう荒事も関わっていると大人になって知ったしね」



 それに満月はうんうんと頷く。そこは満月も考えていた事である。それであればもしかすするととミーシャは言う。



「じゃあクリス先輩は……」



 失礼します。と社長室に一人の初老の男が入室してきた。その男を見てミーシャは「あっ!」満月に至っては立ち上がった。

 お茶の御代わりを淹れに来たであろうその男性はミーシャと満月が驚いている様子に不思議そうな顔を見せる。

 そしてミーシャも気づく。


「オッサン! 何日か前に棚田アリスと車に乗っていなかったか?」

「そうです。セーラー服を着た」



 二人の驚きに祐樹は成程という顔をして、自分のデスクから写真を取り出した。



「二人が言いたいのはこれの事かな? 今度、このスタジオのパンフレット写真に使うつもりなんだけど」



 二人が見た物はまさに棚田アリス、あるいは棚田クリスであった。



「これって棚田アリスさん?」

「残念ながら違うよ」



 となると考えられる事はもう一つ。やっぱり棚田クリスの女装。

 ……ではなかった。



「これはね。重工棚田のロボット部門が作った新型のアンドロイドだよ。ぱっと見は人間にしか見えない。棚田クリス君をベースにお姉さん。棚田マリアさんに似せているらしいよ。始めて彼女が来た時は私も飛び上がるくらいびっくりした。棚田クリス君も私がマリアさんを手にかけたんじゃないかって疑っていたよ」



 これは予想と斜め上の展開だった。確かによく見れば人よりも作り物に見える。あの夜、に一瞬だけであれば脳はあれを棚田クリスとして判断してもおかしくはない。

 そしてもう一つ、ミーシャや満月達は棚田クリスの姉の事をアリスだと言っていたが、まさか違った。



「ちょ、これ愛莉空マリアって読むのかよ。ネットとか新聞とかでは愛莉空アリスって記載されてんじゃねーか」

「あはは、君達がアリスと言って信じていたから静かにしていたけど、当時の報道で間違えて愛莉空マリアの読み方をアリスとしてメディアは出してから彼女は本来の名前ではない名前で広まったのかな?」


 実にふざけた展開、あえてそれを重工棚田は指摘も修正もさせなかったのかもしれない。満月はアリス、アリスと連呼していた事を少し閉口しながら話を戻した。



「で、誤解は解けたと」

「うん、彼は信じてくれたよ。そして、これで分かったんだ。結細一成殺害に重工棚田は関与していない」



 そうだ! とミーシャは理解しそれを満月はもっと早くから結論に到達していた。となると一体誰が、一成を……



「一成君の殺害は全然、棚田さん失踪とは関係のない事件なのかもしれないね。棚田クリス君は私のスタジオでこのアンドロイドの撮影をさせてくれて、彼女というべきかウチの会社とも提携してくれた……と私が話せる事はこれくらいなんだけどいいかな?」 



 確かにこれ以上聞ける話もないし、していく話も二人にはなかった。お礼を言って撮影スタジオを去って行く二人。



「ブラフの為にあんな人形を棚田クリスは作ったんだな……あれがドッペルゲンガーの正体か、まんざら近い未来ロボットに自分が取り変わられる時代が来るかもな」



 満月は小説のネタでも考えているのだろう。まだ随分時間があるので二人は一度学校に戻る。そこではソファーに腰掛けて柿ピーを食べている茜と、小説を粛々と書いているクリスの姿。帰ってきた二人を見てクリスは執筆する手を止めて出迎える。



「お帰り二人とも」

「ただいま帰りました」



 上着をハンガーにかけると満月は自分の席に座る。インスタントの珈琲を淹れて、

それを飲んで落ち着いた。



「クリス、やられたよ。あれが女装クリスもとい棚田マリアの正体だったのか、あれはいくらなんでも俺達では予想がつかなかった」



 その話に茜が反応してぴょーんとソファーから離れる。



「なんだよさじ、どういうこった?」



 今までの経緯を説明して茜は満月の飲みかけの珈琲をごくりと勝手に飲む。そして「にげぇ!」と言ってから目を瞑る。



「マジかSFみたいだなおい! で犯人とかクリスの姉ちゃんの居場所は何処は分かったのかよ?」



 それに関しては満月は渋い顔をした。



「怪しいのはやっぱり結細一成なんだけどな……もう死んでるし、確かめ用がない。クリス、すまないが俺達で分かった事はここまでだった……そう言えば茜がよく腰掛けてるソファーがオフ会時に使われていたという事は分かったんだけどな。それだけだ」



 へぇと茜はポンポンと古いソファーを叩く。

 そんな中、棚田クリスがパチパチと手を叩いた。何事かと思った三人だったが、棚田クリスが涙を流しているのでただ事ではないとそう思って慌てる。



「どうしたんですかクリスさん!」

「ちょ、男が泣くな! まぁ……女みてーだけどさ」



 ミーシャと茜が物凄く焦る中、満月もやや引き気味に言った。



「どうした?」

「姉さんは、そのソファーにいるよ」



 言ってる事の意味が全然分からなかったが、満月は何かを理解すると筆箱からカッターナイフを取り出すとソファーを切り裂き始めた。

 愛着を持って使っていた為、それに茜は当然キレる。



「おい、さじ! 何してんだよおめー!」



 茜の寝床と言ってもいいそこを切り裂いた中。さじが切り裂き始めてミーシャも薄々感じていた物が出て来た。

 骨組みに何かの骨。何やら粉のような物も砕いた骨なんだろう。



「これはもしかして……」

「嗚呼、姉さんだ。乱歩に異常なまでの興味を示していたというから人間椅子は想定内だった。まさかこんなソファーにされているとはね。多分、これを行ったのは結細一成で間違いないだろう。当時、このソファーをコテージに送ったのも、そこから学校に運んだのも彼の所属する宗教団体が関係する運送会社だった事は調べがついている」



 クリスはその事を知っていた。そんな話ぶりである。



「クリスさんはいつからそれを知っていたんですか?」

「この前、僕が監視カメラに写っていた時だね」



 既にクリスはここに自分の姉が辱められている事を知っていたのに、あえてそれを言わなかった。やや不気味さを感じさせるその行動に対して満月は冷静に言う。



「なんで、こんなまどろっこしい事をした? 俺達を試そうとしていたのか? この通り、俺達はただの学生だ。ある程度までしか真相には近づけない」



 少し怒っているようにも見える満月にクリスはほほ笑む。



「前にも言ったよね? 僕の姉さんは乱歩好きだって」

「ああ」



 クリスは自ら切り裂いたソファーを撫でながら言う。



「姉さんが簡単に殺されるだろうか……と思ったんだよ。もちろんこの骨は多分姉さんの物で彼女はこの通り亡くなった。色々考えたんだよ。本気で重工棚田が姉さんを監視していればこの事件は起きなかった。もし起きたとしても、どんな手を使っても解決に導けた……多分ね。僕という後継者がいなければそうしていたと思うんだ。そこで分かってしまったんだよ。姉さんは自らこうなる事を望んだとね」



 クリスが何を言おうとしているのかミーシャには分からない。そして茜はけっと罰が悪そうに椅子をこぐ。



「クリス。お前の会社が姉ちゃんを見捨てたと?」

「そのあたりに関しても調べさせてもらったけど、全く当時の調査資料が出てこない。逆に言えば出てこないという事が証明だろう。殺したのは結細一成かもしれない。だが見捨てたのは僕の会社であり、家族なんだよ。だから、せめて姉さんの大好きだった乱歩の謎解きを彼女の供養にしたかった……すまない。これがこの事件の真相だ。だが信じて欲しい。僕も姉さんがこのソファーにいると分かったのは本当にあの瞬間なんだよ」



 あれから何度棚田クリスは謝罪の言葉を使ったかミーシャは覚えていない。それを責める者もいないのに彼は謝り続けた。

 それはもしかしたら重工棚田という大きな会社の経営者というプレッシャーに潰されそうな彼の本当の気持ちだったのかもしれない。

 その後、一週間もしない内に棚田クリスは転校していった。ミーシャにとって初めての新入部員は言葉通り嵐のような人であった。

 棚田クリスとの連絡先はスマホ等で交換していなかったので、連絡の取りようがない。そんなミーシャのスマホに宛先不明のSMSが入る。


『ブンゲイブ ニハ キヲツケロ クリスタナダ』


 わざわざミーシャに送ってきた事で、ミーシャはこれを見て見なかった事にした。

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