第四話 雑種のよしみ

 ミーシャと満月は隠れながら屋上でランチタイムを取る男女を見ていた。ミーシャと満月にそんな覗き趣味のようなものはない。

 その男女が同じ部員の茜と、みんなの王子様である棚田クリスであるという事で二人は気になった。



「茜先輩、コンロバーナーでお湯沸かし始めましたよ」



 茜のお昼ご飯といえばドカベンを掻っ込んでいる姿しか見た事がなかったミーシャ。その様子を初見だったのは幼馴染の満月も同様だったらしく呆れて空いた口が塞がらない。



「あれでインスタントラーメン作るつもりなのか……さすがに馬鹿すぎるだろ」



 そのまさかもまさか、茜はサッポロ一番の味噌としおを出してクリスにどっちがいいかとジェスチャーする。



「クリスさんはしお派なんですね」

「いやいや、重工棚田の御曹司にインスタントラーメンはさすがに……」



 サッポロ一番はインスタントラーメン界のアイドルであり、実に美味いが、せめて手料理を振る舞うのであればインスタントでない物にしてはどうかというのが満月の考え。



「しかし、なんで屋上でインスタントラーメン食べてるんでしょうね」

「学校内デートだべ、ミーシャ。これ……ちゅーとかしちゃうんじゃないの? あの茜がねぇ……なんか俺安心して泣けてきたわ」



 幼馴染だから、その茜が他の男に取られる事に嫉妬とか全然しないあたりが満月らしいかなとミーシャは笑う。

 二人はアンパンと牛乳を持ち込んで張り込んでいる気分で二人を観察。クリスの為に料理をしたというよりはキャンプでもしているように談笑、あるいは対等の関係であるかのように話していた。時折茜は割りばしをクリスに向ける。

 クリスが頭を掻いているので何か、一本取られたような事でもあったのだろう。それはミーシャや満月が期待しているようなするシーンは見られそうになかった。

 静かにバレないようにその場から二人は退散した。



「しかし、いつのまに茜はクリスとあんなに仲良くなったんだ?」



 茜の手元には大量のインスタントラーメン。あれを全部食べるのだろうかと思いながらミーシャは満月に言う。



「今日の朝練時に茜先輩、クリスさんの事をじっとぼーっと見つめてたんで、もう完全に好きになっちゃったんじゃないですかね?」



 ミーシャの話を聞いてほぉと満月は頷く。そしてミーシャの肩をポンと叩いた。



「これで、ちったぁ女らしくなってくれればいいんだけどな……でも嫌だな。調子にのってクソ不味い料理とか作ってきて俺達もそのとばっちりとか受けかねん」



 一体何の心配だよと思いながらミーシャは自習時間に調べた事を満月に教える。それに満月は睨むように聞く。



「成程。偶然かもしれないが、限りなく棚田クリスの姉失踪に、当時の文芸部が関係しているかもしれない。この事はまだクリスには黙っておこう。あいつはあいつで同じ事を調べているかもしれないしな」



 桐ヶ谷と同じく、満月も細心の注意を払って行動をする。そんな彼らを見ていると良かれと思って勝手に人の家族の事にずけずけと調べていた自分が恥ずかしくなってきた。そんなミーシャの胸中を悟ってか満月は言う。



「この事はいずれクリスに話そう。同じ文芸部の仲間だ。もし助けを求めるなら、俺達は協力を惜しまない。もし、必要ないというのであれば全て忘れる事にしよう。それでいいか?」



 なんでこんなにも同じ年なのに満月は大人なんだろうかと、憧れとそして少しばかり悔しくなる。そんな満月はカチャカチャとスマホを操作して言う。



「この撮影スタジオの本社結構近いな。社長にアポとってみないか?」



 少しばかりわくわくと、楽しそうにしている満月。先ほどの張り込みが警察気分なら今回は探偵気分なのかもしれない。



「満月先輩って結構」

「ん? なんだ?」



 子供っぽいな……あるいは厨二くさいなと言いたいが、ぐっと堪える。この時折見せる異様にガキっぽい姿も含めて満月の魅力なのだとミーシャは考える。



「いえ、なんでもないです。でも会社の社長さんが僕等高校生のアポ取に応じてくれますかね?」

「まぁ、任せとけ」



 満月は眼鏡の奥の眼光を輝かせてそう言う満月。お昼休憩後、授業の為にと二人はそこで別れ、各々の巣……もとい教室へと向かう。

 ふと窓の外から見える屋上で椅子に座りながら鍋ごと持ってラーメンを食べる茜の姿。どうやらクリスは授業の為に教室に戻ったのだろう。



「茜先輩は出席とか大丈夫な人なんだろうか? あっ、数学の教科書読んでる」



 それは登山やキャンプ場で食事でもしながら読書をしているように茜は数学の教科書を読んでいた。時折インスタントラーメンのスープを飲む。実に美味しそうに食べるなと思ってミーシャは教室に戻った。



「そういえば三題噺、考えとかないとな」



 ショートショートではなく、短編として書かなければならない。今までの数倍の時間がかかるし、勢いだけでは続かない。プロットの用意が必要であるとミーシャは今から考えておこうと決めた。

 世界史の授業は日本史に比べて覚えやすいなとミーシャは思う。日本史は同じような名前の人が沢山出てくるので覚えるのが面倒なのだ。

 ミーシャは考える。古書店『ふしぎのくに』店主が考えたキーワード、『お好み焼き』『モナコ』『ゾウアザラシ』考えれば考える程にあの店主は何を考えてこのキーワードにしたんだとツッコミたくなる。

 教師がハプスブルク家はフランク人であるとそう主張する理由が全く頭に入ってこない中、ミーシャは棚田クリスの姉が失踪前に参加したオフ会、そしてそれに参加していた者の一人が数年前に変死体で見つかっている事に関してさらに情報がないかウェブサーチを始める。



「これってオフ会じゃない……」



 静かにミーシャは口に出して言う。それを地獄耳の教師はミーシャが他の事をしている事に気づき指した。



「大熊、先生が今言った事を反芻」

「はい、スイスの領主が起源ではないかという事ですよね」



 教師の方を見るわけでもなく、ミーシャが言うので教師は少しばかり不快感をあらわにして「聞いているならいい。ここテストに出るかもしれないからな」

 と負け惜しみのようなセリフを吐いた。もちろんミーシャも教師と張り合うつもりはないので曖昧な返事を返して席に座った。

 放課後になるまでにミーシャは短編のいくつかのストーリーを考えて部室へと向かった。一番乗りかと思っていたがそこにはクリスの姿。



「こんにちはクリスさん」

「やぁミハイル君。君と二人で話す事はあまりなかったね。お互いのよしみだ。仲良くしてくれると嬉しいな」



 ハーフである事を雑種というのは中々の飛ばした発言である。だがそこには皮肉もなくミーシャを笑かそうとしている事がよく分かった。



「僕もクリスさんとこうして仲良くなれて嬉しいです」



 ミーシャのその言葉ににっこり笑うクリス。男子生徒だと言うのにミーシャの胸がドキンと鳴るくらいには魅力的。

 そんなクリスは人懐っこい表情のままで言う。



「何か姉さんの事で新しい情報は見つかったかな?」

「えっ?」



 クリスはミーシャの唇に自分の唇が触れるくらいの距離まで近づくと、ミーシャの制服の襟に触れる。



「ごめんね。とうちょうきをちょっとつけさせてもらってたんだ。重工棚田製、未発売の盗聴器」



 そう言って手の中にある小さな黒い盗聴器を見せてもらう。それにミーシャは少し恐怖するがクリスは笑った。



「ほんとにごめんね。僕はこの文芸部を信用していなかったんだ。だからミハイル君にも、部長にも同じ物を仕込ませてもらった。茜ちゃんにはバレちゃったけどね……凄いねあの娘。お詫びに大量のインスタント麺を奢らされちゃったよ」

「あぁ、クリスさんも食べてましたよね?」



 あのインスタント麺のからくりが一つ解けた。そして代わりに一つ謎が浮上した。クリスの物言いだと、ミーシャ達文芸部は何か疑われている。



「僕等を信用していないというのは?」

「ミハイル君も自習時間に僕の姉さんの事を調べてくれていただろう? そう、姉さんが参加したオフ会ってのはオフ会というより、部活の合宿みたいなものだったんだ。参加者は皆この文芸部の仲間達、全くミハイル君たちとは時間軸は違うんだけど、この文芸部には何かがあると僕は踏んだ。だからまず、君達と仲良くなりながら裏を取ろうとした」



 ミーシャはそうかと納得した。この人の笑顔の裏にある物は自分の姉さんを探す事。それだけにすべてをかけて来たんだろうと……自分も全く立場が違うがこの気持ちは知っている。



「文芸部はどうでしたか?」



 相手はプロの作家であり大企業の経営者。笑われてもちっとも恥ずかしくはない。ミーシャの喉がごくりと鳴った時にクリスは言う。



「もう、びっくりするくらい皆いい子で逆に驚いたよ。是非、就職活動をする際は、重工棚田を候補に入れてほしいな!」



 ぱぁああと花が咲いたように、無邪気にそう言うクリスにミーシャは聞いてみた。



「それは内定という事でいいのでしょうか?」

「ふふっ、ミハイル君は中々面白いね。せっかくだから、文芸部の皆に重工棚田の姫失踪事件の真相を暴いてもらいたいな」



 クリスは真相を知っているかのような口ぶりでそう言う。どのみち盗聴器で全て筒抜けになっているからミーシャは頷いた。



「今日、撮影スタジオの社長にお話しを聞いてもらえないかアポを取る事になっています。何処までできるか分かりませんが、頑張りますね!」



 それを聞いてクリスは少し考えこむ。



「……ああ成程。そういえばそこを調べると言っていたね。うん、恐らくだけどミハイル君達はもう一つの謎も解けるかもしれない」

「もう一つの謎ですか?」

「うん。僕のいや、この場合は姉さんのと言った方が分かり易いのだろうか? ドッペルゲンガーだよ。君達が見たというね」



 あれかとミーシャは思い出す。あれは目の前のクリスが女装した姿ではなかったのだろうか? 本人が否定しているので真相はさだかではないが、文芸部の皆はクリスが女装しているに違いないと結論付けるている。



「成程、そちらも時間があれば調べますね!」



 二人の会話中に、満月がやってきて、続いて茜が欠伸をしながらパーカーのフードをかぶってやってくる。



「おっすみんな! 昼寝するぜぃ」



 そう言ってソファーに飛び込むと茜はすーすーと寝息を立てる。一体どういう身体の構造をしていればこんな一瞬で眠る事ができるのかとミーシャ達は疑問に思う。



「のび太君より寝るの早くないですか?」



 満月は眼鏡を直してみて見ぬふりをし、クリスはそんな茜を見て「茜ちゃんは可愛いね」と面倒臭い事を言ってのける。

 三人が三題噺での短編を書き始めている中、ミーシャは満月に話を切り出した。



「クリスさんから正式に事件を調べていいと言われたので、満月先輩持ってる情報を一旦全部共有しましょう」

「そうだな」



 満月は頷くとスクラップブックのように色んな事件の事をまとめたノートを持っていた。それをパラパラとめくる。

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