第一話 来る新入部員

「書籍化作家!」



 最初に声を上げたのはミーシャ、なんと! この人を選ぶというか、人が全く来ない文芸部に入部希望者がやってきた。



「ほう、その書籍化作家サマが何用デスカ?」



 すこぶる機嫌悪く話しかけるのは文芸部の紅一点の茜。

 というのも珍しい時期に三年生が転校してきたらしい。その見た目の可憐さから、ミーシャは最初女の子かと思っていたが、男子の制服を着ているし、れっきとした男子。転校初日だというのに女子からの人気も極めて高い。

 実際今初めてミーシャ達は出会ったわけで、学年も違うのだがそれを物語っているのは、普段誰も立ち寄らない文芸部に女生徒たちが覗き込んでいる事。

 入部届を見て満月は言う。



「棚田クリスさん。ペンネーム。マリア・トナー。学生をしながら企業、果ては小説家と……ちなみに俺達が書く小説は所謂、なろう系なんて言われるラノベだ。棚田さんが書くお堅い小説とは旗色が全然違うが、あと外の女子どうにかしてほしい」

「あはは、ごめんなさい。できれば同じ小説を書かれている学生と時間を共に出来るこの部活が気に入ったんだけど、入部認めてもらえるかな? もちろん先輩風を吹かしたりしないし、新人として振る舞うつもりだよ」



 クリスは爽やかに笑い、ミーシャはなんだか凄い人が来たなと思っていた。しかし、一人納得が行ってない顔をしているのは茜。



「入部希望者とか募集してねーんでおかえりください」

「入部は構わない。歓迎しよう。棚田さん」



 茜と満月が同時にそう言い。茜は「は?」と満月を睨みつける。今にも噛みつきそうな茜に対して満月は手を差し出した。



「俺達はアマチュアの作家だから、棚田さんから勉強させてもらえる事は沢山あると思う。部活は基本自分のノートパソコンを持ち込んで創作をしている。参加は自由でホームルーム前に朝練の三題噺と、放課後にここで自分の作品を書いてる。それ以上でもそれ以下でもないけど、もし分からない事があったら気兼ねなく部員に聞いてくれ」



 三年生相手だというのに満月の態度は変わらない。ただし、しっかりさん付けしてある事はやはり年上を立てているのだろうかとミーシャは思った。



「ありがとう部長。僕の事は棚田かクリスで構わないよ」

「おいクリスちゃ~ん!」



 茜のウザ絡みにクリスはほほ笑む。



「僕は神道なんだけどね。キリスト教徒みたいになっちゃったね。どうしたの茜ちゃん?」



 それに満月はプッと笑う。ちゃん付け。それに茜は「は?」とクリスの胸倉をつかもうとするが、その手を返されてフラメンコのようなポーズをとらされる。



「うん、さっきから思ってたけど、茜ちゃん、スタイルいいしモテるでしょ?」



 おぉと満月が感嘆する。茜の暴力に関して抑止力が入ってきたという感動。



「てめぇ! 触んぢゃねぇ!」

「ふふっ、僕にも年の離れた妹がいるんだけど、茜ちゃんみたいに素直じゃなくてね。じゃあ今日は用事があるから明日の朝から皆宜しく……おや? 君は」

「大熊ミハイルです。二人からはミーシャって呼ばれてます」



 そうか、ミハイル君かとクリスは握手を求めて文芸部を後にした。それにつられるように女生徒たちもクリスについて去って行った。

 そしてもれなく大量の入部届けが置いていかれたが、どう考えてもクリス目当てのそれを受理はできない。



「これはシュレッダーに」



 大量のペーパーゴミを勿体ないなと思いながらも、役に立たない紙くずにかえていく。さらに茜の機嫌は全然良くならない。



「おい、さじ坊。なんであんなちゃらっちゃらした奴入れるのかな? 私に喧嘩売ってるのかな?」



 茜がクリスを毛嫌っている理由はミーシャには分からないが、満月がずばっと言う。それは茜らしいというべきか、ミーシャは呆れた。



「書籍化作家に嫉妬するな」

「してねーし! 全然、羨ましいとかじゃねーし! お前こそ、勉強になりますとかミーハーぶっこいてんじゃねーよ!」



 という事。

 茜は相手が実際に本を出す小説家だという事で異様なまでの拒絶感を示していた。それは満月が言う通り憧れからくる嫉妬なのだろう。

 図星に怒る茜に満月はハァとため息をつく。



「棚田クリスの入部は我が文芸部の学園カーストを大きく変えるだろうし、部費も上がるかもしれん。ならあれだ。部活物で必ず起きるイベント、合宿だ」



 それに茜はピクりと反応する。



「合宿……だと?」



 茜の中でどんな合宿がイメージされているのかミーシャは非常に気になったが、満月が茜の交渉はそれだけではなかった。



「お前の言う通り、ミーハーなところが俺にもある。そして俺としても書籍作家がいる事で我が文芸部の個々の実力は上がっていくのではないかと期待している。いいじゃないか棚田クリス、そう言うわけで受け入れて欲しい。なぁに、今日帰りにマックくらい奢ろうじゃないか」



 満月の泣きの一発に茜は腕を組んでうんうんと頷くと呟いた。



「許可しよう!」



 今日の部活はこの新入部員決定閣議で終わった。皆各々に自宅でも小説を書いているのだろうが、ここ最近まともに放課後に部活を行う事が減ったなとミーシャは思う。

 ただ、この二人と一緒に時間を過ごす事がミーシャの楽しみなので、その中身はあまり気にはしていなかったが……



「行きましょう! 二人とも」



 普段、一人で夕食を済ませているミーシャにとって極稀にこうして二人と食べる夕食は実に貴重な時間だった。



「ミーシャ、お前っ、そんなマックが好きなのか?」



 若干茜に引かれながら、駅前のマックへ向かう。そんな中、ミーシャはふとよく知った人を見たような気がした。



「ねぇ、満月先輩に茜先輩! あれってクリス先輩じゃないですか?」



 茜と満月がミーシャの言葉を聞いて振り返ろうとした時、その人物は迎えらしき車に乗り二人ははっきりとは見なかったが完全否定した。



「何処をどう見たらクリスちゃんになるんだよ。セーラー服着てるだろ。この馬鹿ミーシャ!」

「あぁ、さすがにないな。何、もしかしてミーシャ、男の娘とか好きな人?」



 はははと笑われるミーシャはそれを否定しつつも確かに自分の身間違いだったのかと思って忘れる事にした。

 マックに到着すると、茜はいつも通りハンバーガーを十個所望する。もちろん、ケチャップ、玉ねぎ、ピクルス多めである。

 ミーシャはサラダとフィレオフィシュのセット。



「クォーターパウンダーをいい加減、レギュラーにしろと心から叫びたいな。いい加減キングに鞍替えするぞ」



 誰に聞かせるわけでもない愚痴をこぼす満月は遅れて戻って来る。ビックマックを単品で注文したらしい。

 一番コストパフォーマンスが悪いと言われておりながら、実に満月好みの味付けである。

 バクバクとハンバーガを潰して食べて行く茜が満月のビックマックを見つめる。



「なんだ? やらんぞ」

「てい!」



 満月がせっかく綺麗に乗せなおしたビックマックを逆さにして茜はぺったんこに潰した。それに満月は目を吊り上げる。



「何してんだこのイカれた女は!」

「それ公式の食い方だから」

「んなわけあるか!」



 満月がスマホで念のためにそれを調べると、その茜情報が正しい事に満月は思考停止する。そして潰されたビックマックを見つめて呟いた。



「……マジか」



 潰されたビックマックを手に満月は粛々と食べ始める。満月はきっちりした性格をしているので、綺麗に重ねて食べる事が彼の美学としていたが、この茜が潰したビックマック。



「なんだこれ、うまっ!」



 既に十個のハンバーガーを平らげた茜は満足した様子で満月を見つめる。それに悔しいと思いながらも満月は言う。



「この喰い方は考えがなかった。ありがと」



 完全に重なる事で手が汚れず、零れにくい。それでいて一口で全ての味が入って来る。実はこれは食の科学である事を茜も満月も知らない。



「なんだか、二人と一緒に卒業できないと思うと少し寂しいですね」



 ミーシャの言葉を聞いて茜は食休みがてら寝そうになって片目をあけてミーシャの話を聞く。



「これがベタな話なら俺か理穂子のどっちかがダブるかもしれないから安心みたいな事言えるんだろうけど、残念ながら俺達は頭がいいグループなので、まぁ一年一人で寂しく過ごせばいいよ」



 こんな冗談なのか皮肉なのかを言ってくれる学友はこの二人以外にはいない。最近少しずつミーシャと仲良くしてくれるクラスメイトも増えて来たけど、満月と茜以上の関係にはなりえないだろう。

 そんなミーシャの本心を聞いた後にマックを出る。もう随分暗くなったあたりを三人で歩いていると、一台の車が三人を追い越していく。



「「「あ!」」」



 そこには、ミーシャが見たというクリスの姿。確かにクリスであり、セーラー服を着て、運転手と仲良く談笑なんかをしていた。

 だが、雰囲気がなんだか女性っぽい。



「うわーあいつマジでそういう趣味かよ」



 気分を害する茜に、何か深く考え込む満月。それは文芸部がかの有名な芥川龍之介の『歯車』のような世界に足を踏み入れる事になるとはまだ誰も知る由もなかった。

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