第三章 ドッペルゲンガーの聖母

序章 王子の凱旋

 絵に描いたような豪邸で、平成の世には不格好な大きな携帯で電話をする少年。メイド服に身を包み、それでいて鋭い表情をした女性に手渡されたスマホの画面を見ながら、電話相手にこう言った。



「いえ、僕の姉さんに関してあの高校の文芸部に何かヒントがあるという事まで近づけたなんてさすがですよ。我が重工棚田が隠し続けていたこの事件。いい加減終止符を打とうと思っていましたので、えぇ! さすがは元敏腕刑事さんです」



 電話を切るとそれをメイド服の女性に渡す。



「沢城さん、海外や離島でもないんだからイリジウム携帯はいらないよ。ここは日本ですよ? それとも闘犬の血というやつですか?」



 白い手袋でイリジウム携帯を受け取った女性はその少年に言う。



「御子息様、失礼致しました。使いやすいと思って選びましたが、ご迷惑でしたか?」



 少年はスマートフォンをテーブルに置くと「まさか」と返答してのけた。一口も飲んでいないM&Sの紅茶を見ながら沢城と呼ばれたメイドの女性にこう言った。



「この紅茶を淹れたのは誰かな?」

「それは、新人の小西さんですね」

「そう。クビにと言いたいところだけど、教育しなおしておいてください。沢城さんみたいな有能な人は中々いないものですね」



 沢城は少年が口をつけなかったティーカップを持つと「失礼します」と一言言って飲む。

 すぐにハンカチで口元をぬぐってから傅いた。



「仰せのままに」



 少年はそのままの姿勢で沢城に聞く。



「沢城さんは僕の姉さんについて知らないんですよね?」

「えぇ、ご子息様が当主様になられてから私は英国より派遣されましたので、故・棚田マリア様に関しては一切の面識がございません」



 少年は紅茶と共に置かれているケーキにフォークを入れる。食べるわけでなくただ細かく、細かく切っていく。



「その僕の姉さんが見かけられたって言う情報があるんだよね。姉さんが昔、過ごしていた高校付近でね」



 沢城はふむと頷く。



「お言葉ですが、お亡くなりになられたと伺っているのですが?」

「死体はまだ見つかってないよ」

「そうでしたか、これは大変失礼致しました」

「構わないよ。姉さんが死んでいようが生きていようが正直僕は構わないんだよ。ただし、僕の重工棚田に仇名す者が組織の内外にいる事が許せない」



 細かく切ったケーキをフォークの裏を使ってぐちゃりと潰した。表情は全く変わっていないが相当な怒りの感情をあらわにする少年。



「たった二人の姉弟だよ。そういう意味でも姉さんのこの事件に引導を渡してやろうと思う。少し高校に転入するから手続きをお願いしていいかな?」

「かしこまりました」



 潰したケーキを少しフォークで刺すとそれを少年は口に運ぶ。軽く咀嚼、そしてフォークを置いた。



「パティシエはクビに。代わりがいないのであればしばらくは沢城さんがデザートを担当」

「そちらも承知いたしました」



 そう言ってカップにソーサー、そしてぐちゃぐちゃに潰したケーキを下げながら沢城は少年にこう言った。



「御子息様、たまには妹君にご連絡でも」

「妹? 僕に姉さん以外の姉弟はいないよ。誰の事だい? 誰だった?」

「アリア様です」



 その名前を反芻して少年は不思議そうな顔をした。



「あー、あれか。まだ生きてたんだな。ところで今日の予定は?」



 そう言われると何かメモを取り出すわけでもなく沢城は淡々と本日の少年の予定をあげていく。それに少年はうんうんと頷いてからこう独り言を呟いた。



「それらをさっさと終わらせて、久しぶりのスクールライフを楽しもうかな」

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