最終話 不幸少女日記

 翌日、ミーシャがいつも通り朝練をする為に部室に入った時、満月と茜は部室を掃除していた。

 非常に珍しい。

 今日は木曜日、いつも部室の掃除をするのは学校が休みになる前の金曜日の部活後と決まっている。



「おはようございます……ってなんですかこれ?」



 文芸部の部室は赤い塗料がそこら中にぶちまけられていて、ミーシャ達が今まで印刷して保管していた三題噺のプリントアウトした作品はそれは気持ちいいくらいバラバラに破かれていた。



「ミーシャも手伝え。今朝来たらこのザマだ」



 そう言ってモップを渡されたのでミーシャは同じく部室清掃に励む。そんな中、当然というべきか茜がイライラしていた。



「茜先輩……」



 乱暴に床を磨く茜に満月は言う。



「生理か、メイド」



 その言葉にカチンと音がするように茜は満月に詰め寄る。お互いの鼻先が触れるか触れないかという距離、一触即発の事態。



「なぁ、部長。犯人分かってんじゃねーのか? 誰だよ? ここで詫び入れさせて地獄に送ってやる。教えろ」

「俺がそんな有能に見えるか? 笑わせる」



 フンと笑う満月に茜はチッと舌打ちをして掃除をつづけた。当然朝練の時間内だけで終わるハズもなく続きは放課後に行おうとそれぞれホームルームへと戻る。

 ミーシャもジュースでも買ってからクラスにと思ったその時、ミーシャは呼び止められた。

 振り向くとそこには満月の姿。



「満月先輩?」

「ミーシャ、部室のあの嫌がらせの犯人。昨日一緒に茜のメイド姿という罰ゲームを見たあの大人しい女の子だ。名前は七季いずみだったか?」



 満月の言葉を聞いてミーシャは無意識に満月の制服の胸倉をつかんでいた。元々ラフに着ているから少々着衣が乱れても気にしない満月はこの状況でも至って冷静にかつ全く動じない。


「痛い。離せよ」

「あっ、すみません」

「まぁ別にいいけど、可能性の一つとして部室に隠しカメラ置いてたんだよ」



 スマートフォン等からアクセスして動画が見れるそれ、満月達が来る前の教室がめちゃくちゃになる前まで巻き戻す。

 もちろんこの犯人が汚していくわけだが、巻き戻し中で既にミーシャは信じられなかった。確かに七季いずみが淡々とミーシャ達の作品を破き、赤いインクをぶちまけている様子。



「そんな……なんで……」



 今にも泣きそうな顔をしているミーシャに満月は言う。



「多分、推測の域しか出ていないがミーシャから聞いたこの女の子の行動パターンからして、バレる事もいとわないんだろう。はっきり言う。もうミーシャはこの七季いずみには関わるな。それがお互いの為だ」

「なんでですか? しっかりなんでこんな事したか聞かないと!」



 ミーシャの当たり前の返答に少し満月は不快な表情を見せた。まさか満月にこんな表情を向けられるとはミーシャは思わなかった。それには少し満月に対して幻滅している自分を感じていた。



「先輩が自分の部室をこんな風にされてイラ立っているのはわかりますけど、いくらなんでも満月先輩の考えは酷すぎます」

「なら勝手にしろ、多分お前が優しくすればするほど、大変な事になる。俺は忠告はしたからな?」



 ミーシャは満月の言葉を無視するように背を向けた。まずはいずみに会う事、なんであんな事をしでかしたのか? きっと深い理由があるはずだとミーシャはそう思っていた。

 校内を探し、いずみを見つけた時。それはミーシャの担任の先生と指導教室から出てくる七季の姿だった。

 担任の教師であり文芸部顧問。桐ヶ谷貫きりがやいずるはいつも笑顔を絶やさない優しい先生だった。一部の女子に人気があるベビーフェイスで、いつもミーシャ達生徒の事を考えてくれる先生というイメージが強い。一時期休職していたらしいが、その理由はミーシャは知らない。

 その貫がウィンクする。それは俺に任せとけという事なんだろう。優しくいずみの背中を押して目を赤く染めたいずみを連れて行く。


(七季さん、反省してたんだ!)


ミーシャは教室に戻り、貫とそしていずみが戻って来るのを待っていた。するとミーシャの席に女子が二人やってくる。



「よぉ、大熊」

「ミハイルおはよっ!」



 アキと麗奈、あの一件以来異様に仲良くなったクラスメイト。二人とも少しナチュラルメイクになったような気がするし、言葉のトゲも殆ど感じない。麗奈に至ってはミーシャの事を下の名前で呼んでいた。



「てか麗奈なんだよそのミハイルって、お前のカレシかっての!」

「えぇ、別にミハイルが彼氏なら私いいけど!」



 担任が来ないからミーシャの席の前でそんな談笑が続く。そしてミーシャはこの二人ならあるいはと思って聞いてみた。



「今日さ、七季さんも誘ってみんなでお昼食べない?」



 それに対してアキと麗奈は普通の顔で頷いた。



「別にいいよ。あの日の誤解も解かないといけないしな」

「私も私も! ミハイルがいるなら何処でもいいや!」



 二人の明るさにミーシャも笑った。そう、全部何かが少しだけ食い違って起きてしまった事なんだとそう思う。

 満月だって本当の優しいいずみの事を知ればきっと文芸部に入れてくれるだろうし、全部タイミングが悪かっただけ、いつもより十五分時間を押して担任の貫はやってきた。

 そこでミーシャはおかしなことに気づく。あのいずみがいない。

 思わずミーシャは貫に尋ねる。



「先生、七季さんは?」

「あぁ、七季は少し保健室で休んでる。そうだな、大熊ちょっと見てきてくれないか? お前が一番七季と仲が良かったよな?」



 そう言われると少し照れ臭かったが、頷くと保険室に向かった。保健室に入ると、ベットで座る様に外を眺めているいずみの姿。

 その儚さと薄幸の姿にミーシャは一瞬見とれてしまっていた。



「七季さん、大丈夫?」



 びくっといずみは振り返る。そしてミーシャの姿を見て安心したようにはにかんだ。それにはミーシャは抱きしめてあげたい衝動にかられたが何とか我慢するといずみに近寄る。



「七季さん、部室であんな事した理由はもう聞かないよ。だけど、これからはもう一人で抱え込まないでよ!」



 ミーシャの言葉に何かを指折り数えるいずみ。そして彼女は口を開いた。それはそれは嬉しそうにこう言った。



「もう……びっくりしたじゃん。あと何回しないといけないか分からないよ」



 何のことだか分からないが、ミーシャもつられて笑った。そしてミーシャがいずみに今日のお昼ご飯について提案した。



「今日さ、僕とアキさんと麗奈さんと七季さんの四人でお昼食べない? 色々みんなで話してさ!」



 あれこれジェスチャーしながらミーシャはなんとか盛り上げてみせた。本当にあの二人と何も問題がなければきっと大丈夫なハズだと……ミーシャの説得のかいあってか戸惑いながらもいずみは首を縦に振った。



「ほんとに! じゃあ学食だね。どう? いずみさん教室戻れそう?」



 いずみはうんと頷いて立ち上がろうとして、舌をぺろりと出して笑った。



「ちょっと、嬉しくて立ち上がれなくなっちゃったから、大熊君先に戻っててもらっていいかな?」



 それにはミーシャもジーンと感動した。自分が架け橋になってクラスの輪を繋いだようなそんな気持ちで一杯になる。



「うん、わかった。ゆっくりでいいからね!」



 手を振って保健室を先に出たミーシャ。教室に戻ると現国の授業が開始されており、頭を下げてミーシャは自分の席についた。

 クラスメイトが横光利一の『蠅』を朗読していた。馬車はまだかのうと……そしてミーシャは感じた。


(遅い)


 いずみはもう戻ってきてもいいハズだろう。だが、いくらまてど彼女は戻って来ない。なんとなく今現国で扱っている作品の不穏さからなのか、妙に不吉を感じてしまったミーシャはいずみを迎えに行く事に決めた。



「先生すみません。七季さんが戻って来ないのでもう一度見てきます」



 現国の教師は少し不満そうに行きなさいと言うのでミーシャはぺこりと頭を下げて教室を出る。速足に保健室を覗くがいずみの姿はなく、もしかして下校したのかと彼女の下駄箱を見に行くがまだ学校にいる。

 ミーシャは走って学校内を探す。そして食堂に行った時、そこにも教師たちが集まっていた。



「だーかーらー私じゃねーって言ってんだろ!」



 聞いた事のある声、その声の主がいるところに行くと両手に菓子パンを持って食べながら怒り狂う茜の姿だった。



「茜先輩何してるんですか?」

「授業サボってパン買いに来たら、食堂の券売機に悪戯描きされてて私のせいにされてんだよ! こんなくだらない事するかよ! これ私等の部室に悪戯したやつだろ!」



 教師達は茜の言う事に全く聞く耳を持たない。しかたがないのでミーシャが間に入って教師たちを説得し茜は解放された。去り際に教師に悪態をつく茜。



「茜先輩、そんなだから疑われるんですよ」

「は? 私は今まで人に迷惑をかけた事はない。むしろかけられるからその火の粉を払ったまでだろ? ジャムパンいる?」

「いえ、いいです」



 菓子パンを二つ食べ終わると茜は猛禽類みたいな瞳でミーシャを見つめる。彼女の嗅覚もまた鋭い。何かミーシャが厄介事を持ってきたんじゃないかとわくわくしていた。



「友達が何処かに行ってしまって探してたんです」

「それって、ちっこい女子? なんか陰薄そうな」

「あぁ、言い方はあれですけど多分その子です。どこかで見ました?」



 茜は指を指すと屋上にいずみがいることがミーシャにもはっきりとわかった。何であんなところに今いるのか……ミーシャは嫌な予感を感じて走った。階段を全力で登る事の辛さを感じながら、どうやって普段は閉まっているハズの屋上へ彼女が昇れたのか? ミーシャは屋上の扉を開けるといずみが、屋上の柵を乗り越えて端に腰掛けている。ぶらぶらさせている足は宙を漕ぎ、一歩踏み出せば下に落下する。

 そして考えたくもないがいずみが腰掛けているところにまで血痕が続く。



「七季さん! 怪我してるの? そんなところ危ないよ!」



 ミーシャが叫ぶと、いずみは先ほどの保健師と同じ表情で振り返る。それはとても困ったような表情をしている。


(なんだ? 何が悪かった……一体僕の言葉の何が七季さんを追い詰めたの?)


 分からない。逃げ出したい気持ちになった。だが、ここで逃げ出したら男として、人として自分を絶対に許せないとそう思った。



「なな……いずみさん」



 いずみの目が見開く。そしてそれはそれは嬉しそうに笑う。ゆっくり、刺激を刺せないようにミーシャは彼女の近づく。



「何か僕はいずみさんを傷つけてしまったのかもしれない。もし、僕に消えて欲しいなら消える。だけど、お願い自分を大切にして」



 ミーシャの言葉にいずみは顔をぶんぶんと振る。



「大熊君に悪いところなんて全然ないよ! 今だって、名前を呼んでもらって……嬉しかった。



 いずみは自ら切ったであろう傷口を開いた。



「いずみさん何してるの! 今からそっちいくからそこでじっとしてて!」



 必死で叫ぶミーシャにいずみは目を瞑りそして独り言のようにミーシャに尋ねた。それは口の動きだけで意味を捉えなければならないくらい小さな声だった。


『どうして、大熊君はこんなに私に優しくしてくれるの?』


 それにミーシャは決意したようにいずみに答えた。



「多分、僕は……いずみさんの事が好きです……僕がっ……いずみさぁん!」



 ミーシャが話している最中にいずみは屋上から飛び降りた。そしてその口の動きを見てミーシャは走る。

 柵を蹴って上るとそのままいずみに向かってダイブ。ミーシャも地面に向かって落ちていくハズだったが、ガクンという反動でミーシャが落ちる事はなかった。



「何してんのミーシャ、馬鹿なの?」



 それは茜がミーシャの服を掴み柵に引っ張っていた。ミーシャが屋上から落ちる事はなく、ミーシャを見つめるように真っ赤な血を広げながら幸せそうな顔をしているいずみの姿。

 しばらくして救急車でいずみは運ばれた。重体の意識不明。ミーシャと茜が同じく屋上にいた事でしばらく尋問を受けたが、多数の生徒が屋上から飛び降りるいずみを説得しているミーシャの姿を目撃していた為、いずみの単独自殺未遂としてかたずけられた。

 部活で俯くミーシャに部長である満月は厳しい事を言う。



「だから関わるなって俺は言っただろ?」

「……はい。満月先輩。分からないんです……僕がいずみさんに告白していずみさんが飛び降りた時、いずみさんは確かに『嬉しい。私もスキ』って言ってくれたんです……なのに、なんで?」



 椅子に逆向きに座る茜はなんと言って慰めたらいいか分からずうーと唸っていた。そんなミーシャに満月はノートを放り投げた。



「それが、七季いずみの全てだ」



 そこには『不幸貯金通帳』と書かれていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます