第二話 守るべき者、小さき者

 ミーシャはプリントを拾う。あの一件からいずみと話す機会が増えた。それが顕著だったのはお昼の時間だった。すぐにこけたり、物を落としたりするいずみをちょくちょくフォローしていた時、いずみは自分の弁当を校内の池に放り投げた。

 食べる物がなくなったいずみにミーシャは買っていたパンを半分あげる。そしてカップルや仲良し達が食事を取る中庭にて二人で無言の食事をはじめた。

 最初に話し出したのはミーシャ。



「いずみさん、何か微妙なパンしかなくてごめんね」



 ミーシャが買ったパンはイチゴジャムの入ったコッペパンとチョコチップの入ったメロンパン。それを半分こしていずみと食べる。



「ううん、私メロンパンもジャムパンも好きだから……大熊君。ありがと」

「お弁当放り投げちゃうって、もうおっちょこちょい通り越しちゃってるから気をつけなよ」



 ミーシャに言われていずみは笑った。なんだかんだ言ってミーシャもはじめて女の子とこんな風に楽しいお昼を過ごした事に内心喜んでいた。


(茜先輩ならこうはいかないだろうな)


 茜ケ埼梨穂子とは一回だけ弁当を食べた事があった。彼女の昼食をする場所は決まって屋上。

 そこで日の丸弁当のドカベンとおかずがたんまり入ったドカベンの二つをペロりと食べる。油断していたらミーシャの買弁ですら食べてしまうので二度と一緒に食べる事はない。



「大熊君、何か面白いの?」



 可愛い声でいずみはそう言うので、笑いながらミーシャは部活の先輩について語った。不思議で適当な大喰らい。

 笑いのネタになると思っていたがいずみは真顔でその話を聞いている。



「二年生の……女の先輩なんだ……へぇ」



 やや乱暴にいずみはコッペパンをかぷりとがぶりと齧った。この時のミーシャはよほどお腹がすいているのかな程度で考えていた。


 ある日、部活を終えたミーシャは下校中に本屋さんに寄った。週間発売の雑誌と古本をいくつか資料用に購入しようかとした時、いずみの姿を見つける。



「あっ、七季さ……ん?」



 どうやら様子がおかしい。いずみの近くには二人の女子、學校でもややヤンチャな態度を取っている女子生徒である事がすぐに分かった。

 俯いているいずみを見て何か脅かされているんだろうとミーシャは予想した。あたりを注意しながらいずみは二人にお金を差し出した。そしてそのまま本屋さんに入るいずみ。

 それを見てミーシャは今何が起きようとしているのか予想するまでもなかった。

 万引きを強制させられている。


「よし!」



 ミーシャも同じ本屋に入るとゆっくりといずみと距離を縮める。いずみは誰にも見られていないと思いファッション雑誌を鞄に入れようとした。



「それはダメだよ」



 ミーシャはいずみの手を掴んだ。ミーシャの姿を見たいずみは何が起きているのかという驚いた表情をする。



「これは……大熊君、違っ……」



 ミーシャはそのファッション雑誌を代わりに購入すると今にも泣きそうな顔をしているいずみを連れて店を出た。

 ホットのミルクティーを自動販売機で購入するとそれをいずみに渡す。



「とりあえずそれ飲んで落ち着いて」

「……ありがとう」



 公園のベンチに並んで座る二人。外から見れば学生のカップル。制服デートでもしているように見えたかもしれない。

 この重い空気の中、先に話し出したのはミーシャだった。



「僕、見てたから」

「えっ?」



 やはり驚きを隠せないいずみ。そんないずみにミーシャは優しく微笑んでみせた。今自分が力になってあげないといずみは大変な事になるとそうミーシャは思ってた。



「不良の女子になにか強要されていたんだよね? でももう従わなくていいからね。僕がついてるから」



 ミーシャはそう言うと凄く恥ずかしくなってきた。なんで自分はこんな事を言っているのか、それは小さくて今にも折れてしまいそうないずみを助けたかったからだ。

 潤んだ目でミーシャを見つめるいずみ。ミーシャはいずみをまじまじと見つめて心から思った事がった。


(七季さんって、凄く可愛い顔してるんだな)


 今まで何度となく見てきたいずみだったが、よくよく考えると直視した事はなかったかもしれない。女子といるのがなんだか恥ずかしくて、無意識にミーシャは俯いていたのかもしれない。

 そんな事を考えていたミーシャにもじもじといずみは顔を赤らめて、されど真剣な顔をしてミーシャに聞いた。



「どうして大熊君は私にこんなに優しくしてくれるの?」



 それは、君の事が好きだから!

 と言えればなんと楽だろうか? ミーシャは十七年間で彼女が出来た事はない。そして、今がどれほど大事な瞬間かも分かってはいなかった。

 人生は後戻りできない局面がある。照れからミーシャはいずみにこう言った。



「僕も昔、ずっと一人だった時があったんだよね。だから、七季さんの事放っておけなくて……お節介かもしれないけどね」

「そんな事ないよ! 私、嬉しかった……誰も、私の事」



 いずみの瞳からは大粒の涙が流れた。ミーシャはやってしまったと思う。こんなに可愛い人を泣かせてしまった。



「七季さん、泣かないで」



 ハンカチを差し出すと頭をさげていずみはそれを使う。いずみはじっとミーシャを見つめるのでミーシャは笑ってみせた。

 そしてミーシャは怒りがどんどんとこみあげてきた。こんなか弱いいずみをよってたかって、万引きをさせようとしたあの少女達。



「七季さん、僕も付き添うから、明日職員室に行って先生に報告しよう!」



 ミーシャの提案にいずみは少し暗い顔をする。報復を恐れているのだろうとミーシャは思うと、恐る恐るいずみの肩を優しく触れる。



「大丈夫だから。僕がついてるから!」



 確かにミーシャも不良からの報復は怖いなと思ったが、自分にはそう言った脅しには屈しない先輩二人がついている事を思い出す。


(なんだかんだで、文芸部にいてよかったな)


 満月は見るからにヤンキーのようで、その見た目から不良たちも一目おいている存在。そしてミーシャというあだ名の名付け親である茜はミーシャが入学する前、大きな暴力事件を起こしたという話を聞いた事があった。

 その話が真実かどうかは分からないが、この二人は学校でもジョーカーと言える存在。それらをバックにするのは、ミーシャとしても情けないが、今回は自分ではなくみずきを守る為、そう思うと全く恥ずかしくはなかった。

 そう思って腹を括ったミーシャにみずきは物怖じしない態度、真剣な顔でミーシャに言う。



「大熊君。ありがとう。でも、あの人たちを私は許してあげたい。断れなかった私にも問題はあったと思うの、だから今日の事は私と大熊君の秘密にしよっ!」



 なんとも力強い表情でいずみはそう言う。その表情にはもうイジメには屈しないという強い思いを感じる事ができた……が、本当に大丈夫だろうかとミーシャは不安だった。



「でも、大丈夫?」

「うん、大熊君がいてくれるから」



 俯いて真っ赤に顔を染めるいずみ。それを見て心音が高鳴るのをミーシャは感じながら、絶対にこの子を守ろうと決意した。

 いずみを家の近くまで送ると手を振りミーシャは自宅へと帰る。自分は良い事をした。

 そうミーシャは思う。

 幾度とない転校を繰り返し、友達と呼べる存在を中々作る事ができなかったミーシャにはいずみの気持ちは痛い程よく分かる。



「そうだ! 七季さんを文芸部に誘ってあげよう」



 恐らく満月と茜に痛い程いじられるだろうが、あの学校における最強の砦となりうるのではないか、それにあの二人は変な人達だが悪い人間ではない。いずみの事をいじりながらも仲良くやってくれるんじゃないか?

 そんな事を考えながら誰もいない自分の家に入る。電気がついていないのは、父も母も帰っていないから。

 それはいつからか、ミーシャの中の普通となっていた。

 ミーシャが家族に会う事は週に、一回か多くても二回あるかといったところ。顔を合わせると家族だというのに気まずくなる。

 ミーシャに高校生に与えるには多すぎる小遣いを与え、それで教育の代わりをしているとそう思っていた。



「なんか冷蔵庫に食べる物あったかな?」



 冷蔵庫に頭を突っ込んでいるとスマホがぶるぶると震える。電話の相手はミーシャの姉だった。彼女は今テレビの仕事をしている。ある意味この家で一番まともなのはミーシャの姉なのだ。



「もしもし姉ちゃん? うん、今日も僕一人だよ。うん! 来週? 分かった。じゃあね。姉ちゃんも仕事頑張って、うん愛してるよ」



 そう言うと電話を切った。彼女はミーシャに家族がいるという事を思い出させてくれる唯一の存在。育児放棄にも近い父と母よりはいくらかマシだが、仕事を優先し、もう何か月も会っていない。今週末に会おうと彼女は言ったが、多分それも実現はしないだろうとミーシャは分かっていた。

 ミーシャの家は多分もう終わっている。どうにかなるレベルではないのだろう。

 終わっている。

 それがミーシャの結論。

 だけど、それに関してミーシャは両親も姉をも恨む事はないし、恨めるような権利も持っていはいないと思っていた。



「七季さんは僕みたいにはなってほしくないもんな」



 冷蔵庫の中から牛乳を出してマグカップに注ぐ。そして硬くなってしまったフォカッチャを取り出すと、両方オーブントースターに放り込んだ。

 ミーシャの夕食はだいたいいつもこんな感じだった。お金はあるが、もしもの時の為に溜めておこう。そして早く明日にならないかなとミーシャはテレビの音をBGMに粗末な食事を終える。



「早く、学校行きたいな」

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