第一章 不幸少女

第一話 とある文芸部の日常

「おはようございます!」



 ミーシャが元気よく朝のホームルーム前に部室に入ると、部室には三つの机が弁当タイムのようにくっつけられている。その内の二つは既に男女が一名ずつ着席している。髪くらい整えればいいのに、あちこち寝癖が撥ねている少女と、これまた文芸部にふさわしくないカチューシャをつけた金髪。



「ミーシャ、おっはよー!」

「おはようミーシャ」



 女子はパソコンを操作する手を止めてミーシャに手を振り、金髪はカタカタとノートパソコンをタイプしながら挨拶を返してくれる。そんな二人に倣うように、ミーシャも鞄からノートパソコンを取り出した。

 三人が今行っているのは朝の課題である三題噺、今回は『バナナ』『織田信長』『懐中電灯』の三つを使い1000文字程の小説を書く。全員画面を見ながらカタカタと無言でタイピングをする中、最初に集中力がなくなったのは女子。



「なぁなぁ、ミーシャ。今私変顔するから見てくれよぅ」

「茜先輩、口動かさずに手を動かしてください」



 彼女は茜ヶ崎理穂子あかねがさきりほこ、見てくれは悪くないかもしれないが、この言動と集中力の持続が皆無な為、しいては身だしなみに気を使わない故、男子生徒の中ではアウトオブ眼中とされてる。



「動かしてますよぉーだ」



 ゲラゲラと笑いながらもパソコンのタイプをとめない。外から一見するとこの三人はウィザード級のプログラマー宜しくパソコンをタイプしている。念を押すと彼らがタイピングしているのは文章。

 小説なのである。



「……できた」



 小さく完了を告げるのは金髪カチューシャ、ぱっと見はヤンキーかちゃら男の類に見えるが、彼はこの文芸部部長。満月みつきさじ。苗字も特殊ながら名前も特殊すぎ、かつ独自の世界観を持つファッションセンスからやはりクラスでは浮いている。


 しかしながら、同姓からの試験前支持は極めて高い。満月は単純に頭が恐ろしくよかった。それゆえ、学校側も彼の服装に関しては大目に見ている節がある。満月は書いたショートショートをプリントアウトすると課題入れと書かれたダンボールにそれを投げ入れる。

人気ブランドのPCバックに自分のノートパソコンを入れると、やはり二人を見ずにこう言った。



「最後の奴。多分、理穂子。戸締りしっかりしろよ」 



 集中力の差か理穂子はミーシャより先にいるのに、まだ完成しない。満月の言葉を聴いてぐぬぬぬぬと怒りをためるが、ミーシャが席を立ちプリントアウトする姿を見て開いた口がふさがらない。



「茜先輩、お先です。今日の放課後は『ふしぎのくに』ですか?」

「うんにゃ、千代田図書館に本返しにいかないと、さじ坊がキレるよこれ? それとも? ミーシャはあのあざとい女に会いたいと?」



 あざとい女。それはミーシャがこの文芸部に入部してからしばらくして連れて行ってもらった古書店『ふしぎのくに』。

 品物のチョイスは至って普通なのだが、コアなファンが数多くいるのには理由わけがあった。女店主が実に可愛い。どこの国の人種かは分からないが、健康的な褐色に美しい銀髪。同じ銀髪でもミーシャの髪色とは似ても似つかない。


 彼女は書籍に関する知識が豊富で、特にWeb上に投稿された小説を好む。満月と茜がその店主に交渉して毎日の三題噺を用意してもらっている。完成した作品は店主が読み意見を言ってくれるという、不思議な関係である。

 さらに言えばその店に遊びに行くと高確率でお茶やお菓子を出してもらえる。手土産に甘味を差し出せばミステリアスな店主が一変して、可愛らしい女の子に変わる様も必見である。



「僕はそんな下心はないですよ」



 とは言ってみたものの、確かにあの店主は少し可愛いとミーシャは思っていた。それを見透かしたように面白そうに見る茜。



「まぁ、もうじき各種コンペも始まるから今週何処かでは寄ると思うじゃんね!」



 そう言う茜を差し置いてミーシャもショートショートが完成している事を思い出す。プリントアウトした物を段ボール箱に入れて部室を後にしようとする。



「ではまた放課後に」

「えっ? マジで?」



 茜の叫び声が背後から聞こえるが、彼女は一人にしておかないと一行に作業を進めない。多分今一人になった事で茜はようやく自身の実力を存分に発揮し、ホームルームぎりぎりまでには完成させる事だろう。

 そんな事を考えながらミーシャはパックのジュースを自動販売機で購入して自分の教室へと向かう。そんな時、目の前から大量のプリントを運ぶ少女とすれ違った。


(確かクラスメイトの……)



「わわっ!」



 名前を思い出すよりも前に彼女は大量に積み上げられたプリントを持ったまま躓いた。一体何枚あるんだというそれは宙を舞い、廊下にそれを散らかした。

 まわりの生徒達は彼女を見てクスクスと笑う。ミーシャは何だかそれに少し怒りを覚えた。無言で拾うのを手伝う。



「あの、大熊君……ありがと」

「いいって! 確か、七季ななきさん」



 七季いずみ、全く派手さは感じさせない大人しい女の子というイメージ。本当にそれ以上でもそれ以下でもない。もしかするとこのプリントを拾うというイベントが発生していなければ二度と絡むこともなかったかもしれない。せっせとミーシャがプリントを集めると半分以上を持ってこう言った。



「これ何処に運ぶの?」

「……そこまでしてもらわなくても」

「いいって、これ一人で運ぶ量じゃないから」



 いずみは顔を赤らめて小さく「ありがとう」と呟いた。彼女の手伝いをして一緒に教室へ向かう間、全く一言として話す事はなかった。

 フラグが立つ事はなく、また関わらないクラスメイトで終わるハズだったかもしれない。

 しかし、それから不思議な事が起きる。

 部活に行こうとするミーシャの前でいずみは大げさにすっころぶ。



「えぇっ! 七季さん大丈夫!」



 いずみの膝からは血がにじむ。いててと言いながら少し恥ずかしそうに苦笑するいずみを連れてミーシャは保健室に連れて行った。保険医がいないため、ミーシャは薬箱からマキロンと脱脂綿を取り出すと湿らせピンセットでそれをつまむ。



「女の子なんだから気を付けないとダメだよー」

「……はい」



 両手で顔を抑えて恥ずかしそうにするいずみにミーシャははっとする。相手は年ごろの女の子、その足に触れている自分。



「あっ、ごめんね! デリカシーがなかった」

「ううん! そんな事ないよ」



 一人で歩けるというので正門までいずみを見送るとミーシャは部室に向かう。少し遅れて部活参加になる為、満月と茜に賄賂として紙パックのジュースを買って行った。満月にはバナナオレ、茜には苺ミルク。それを持って部室の扉を開けた。

 いつも通り二人がノートパソコンを出して執筆している。

 但し、ミーシャの机だけが離されている。



「あれ……これは何かのイジメですか?」



 カタカタカタカタカタと返答の代わりにタイプ音のみが響く。一体何があったのか、またしても先輩のいじりだろうかとミーシャも自分の席に座るとノートパソコンの電源を入れた。

 その時、ぼそりと聞こえる満月の声。



「リア充め」

「えっ、なんですか?」



 満月も茜も自分のノートパソコンの画面を凝視している。茜と目があった時、茜はこう言った。



「おぉ、ミーシャと目が合っちゃった。妊娠させられちまう」



 この態度に対する心当たりは一つだった。



「七季さんとはそういうのじゃないですから!」



 少し怒り気味にそう言うが、「おぉ怖っ」と茶化される。そんな二人にミーシャは反撃の一手を出した。



「せっかくジュース買ってきたんですけど、あげませんからね!」



 その言葉に満月と茜は急いで机をミーシャの机にぴたりをくっつけた。そして満月は眼鏡を治しながら言う。



「ミーシャ、今日はミーティング後に図書館にいくからな! ミーティングはそうだなジュースでも飲みながら行うか!」



 茜はミーシャの肩を揉みだす。



「ミーシャせんせー、肩こってまんなー! JKの柔らかい手で肩揉んでもらえるなんて文芸部だけだぜぇ!」



 たかだかジュースを飲みたいだけで掌を返したようにミーシャの機嫌を取り出す二人、そんな二人に呆れながらジュースを渡す。



「しっかし、彼女ができるとはにくいじゃねーかい!」



 茜に茶化されるので、彼女じゃない事を伝えるミーシャだったが、苺ミルクを飲みながら茜は悪そうに笑う。



「そうかい? でもあの雌豚。断然ミーシャに好意あんぜ! ミーシャもまんざらでもなければ付き合ちまえばいいんじゃねーの?」



 江戸っ子なのか、オッサンなのかよくわからない口調でそう言う茜。満月はもうこの話題に飽きたのか自分の作品執筆に集中し始めていた。



「ミーティングやんないんですか? あと図書館と」

「ミーティングは中止、本はミーシャが返しといてくれ、リア充だしな」



 そんな訳の分からない理屈で仕事を押し付けられたミーシャ。いつもの事だからはいはいと仕事を引きうけてその人の部活は終了した。

 翌日、ミーシャが部活の朝練という名の三題噺を終えてクラスに登校すると、少し遅れていずみが教室に入ってきた。いつも通りの空気感、いつも通りの控え目な態度。だが、今日はクラスメイト達が彼女に注目するオプション付きだった。そしてそれを見たミーシャはいの一番に彼女の元へと駆けよる。



「七季さん、腕どうしたの?」



 三角巾をして腕を吊っているいずみはいつも通りに笑顔、そして「大丈夫」といつも通りの小さな声でそう言うと自分の席についた。

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