エルフの少女フィル

「う~ん、エルフの秘薬なんて作れる人いるのかな? マーサさんは魔女だし……」

 ハイゴブリンジェネラルのズィークさんの怪我を治療するためにはエルフの秘薬かそれに近いレベルの薬が必要になる。

 とはいえ、エルフには知り合いがいない。

 魔女の秘薬とか効きそうじゃない? とは思うものの、魔女については詳しくないので提案することができなかった。

 エルフかぁ……。

 あれ? 誰か忘れているような……。



***************



 インスタンスダンジョンからメルヴェイユの街へと戻り、転職クエストの報告を後回しにしてまでマーサさんの薬屋へと急ぐ。

 転職クエストの報告は正直落ち着いてからでもいいだろうし、薬の調合の方が時間がかかりそうなので優先すべきだと思ったのだ。


 チリンチリン


 マーサさんの薬屋に備え付けられた鈴の音が鳴る。

 すると、店の奥の方から黒いローブを纏った老婆がやってきた。

 魔女と真祖吸血鬼のハーフという特殊な生まれの女性がマーサさんだ。


「いらっしゃい。おや? 誰かと思ったらスピカじゃないのさ。その隣のお嬢さんはお初だねぇ。まぁとりあえずお帰りだねぇ。フィルや! ちょっとおいで」

 しばらくぶりであるマーサさんは相変わらず元気そうだった。

 魔女ということもあり、怪しい雰囲気が漂うマーサさんだが、こう見えて街では必要とされている人なのだ。


「ふん。フィルは拗ねてるから来ないか。仕方ない、ちょっとスピカが呼んでおいで。そちらの白い髪のお嬢さんはちょっとここで一緒に待っててくれると助かるけども」

「私は構わないわ。マーサといったかしら、貴女に少し興味があるもの」

「あぁ、呼び捨てで構わないよ。あたしはマーサさね。まぁちょっとした魔女さね」

「ふぅん? 貴女、魔女なのね。別の匂いも感じるけど……。まぁいいわ。私は大禍津と呼んでちょうだい。馴染みはないでしょうけどね」

 マーサさんと大禍津は店内に設置されたテーブルを挟んで椅子に座りながら会話し始めた。

 木製の古めのテーブルだけど、前来たときはなかったような?


「ねぇ、マーサさん。このテーブル……」

「なんだい、テーブルのことならあとで教えてあげるから、さっさとフィルのところに行きな。ちゃんとフィルの機嫌直してくるんだよ」

「そうよ、早く行きなさい。お店の奥から妙な気配が漂っているわよ? 大事になる前に解決することね」

 ボクの質問はフィルさんのことが解決するまで答えてくれないようだ。

 とりあえず、よくわからないけどさっさと行く方がいいだろう。



***************



 廊下を歩き、ボクたちが間借りしている部屋を通り過ぎてフィルさんの部屋へと向かう。

 一応転移用の記録はしているのでいつでもここに帰ってこれるのだけど、最近ずっとここへは帰ってきていなかった。

 ゲーム内時間でいうと、十日以上だ。


 フィルさんの部屋へとたどり着き、扉をノックする。

 中からは音がするものの、返事はない。


「フィルさん、スピカだけど」

「…… ……」

 部屋の中から音はするものの、ボクからの呼びかけには答えない。

 研究に夢中で聞こえていないのかもしれない。


「フィルさん、入っていい?」

「…… ……」

 やはり返事はない。

 う~ん……。

 返事がないのに入ってもいいのだろうか?

 判断には迷うけど、同性である以上は問題はないと思う。

 いや、問題はあるのかもしれないけど、フィルさんの問題を解決しない限りは、マーサさんから薬を貰うことはできそうにもないし……。


「フィルさん、入るよ?」

 仕方ないと腹をくくり、ボクは扉のノブに手をかけた。


「だめ」

 短くそう一言、フィルさんの声が聞こえてきた。


「どうして? 入ってほしくないなら帰るけど……」

 忙しいのかな? とは思うものの、放置するのも問題だと思うから会話を継続する。


「…… ……」

 無言になるフィルさん。

 一体どうしたというんだろう?


「う~ん。よくはわからないけど、最近の出来事少し話すね」

 扉越しのため聞いていないかもしれないけど、ボクはフィルさんに最近起きた出来事を話した。

 部屋の中からは音が聞こえなくなり、吐息だけが時々聞こえてくる。

 新しい集落を発見したこと、そこで家を手に入れたこと、許可があれば街の人も住めること、ゴブリンアーミーに出会ったこと、ゴブリンアーミー召喚術師と激闘を繰り広げたこと、そしてボク自身のこととハイゴブリンジェネラルのズィークさんと出会ったことを話して聞かせた。

 その間、ずっと音はせず、吐息だけが話の合間に聞こえている状況だった。

 つまり、聞いているということだ。


「会いたくないなら無理にとは言わないよ。でも、ボクは会いたかったから来たんだけどね。またにするよ」

 門前払いである以上、無理にというわけにもいかないと思う。

 拗ねてるとは聞いていたけど、話だけは聞いてくれていたみたいだし、会話する余地はありそうな気もするから落ち着くまで待つべきだと思った。

 ボクはそっと部屋の前から離れようとする。

 足元の板が軋み、音が鳴る。

 その時――。


「だめ。話聞いた。行かせない」

 不意に扉が開き、暗い表情のフィルさんが姿を現した。

 フィルさんは明るめの金髪に翡翠のような色をした澄んだきれいな瞳をしている。

 その眼も今は陰りがあり、どことなく沈んだ色に見える。


「いいの?」

「うん。入って」

 ボクがそう聞くとフィルさんは頷いて入室を促してくれた。


「お邪魔しますって、あれ? 調合とかしてなかったの?」

 フィルさんの部屋は整理整頓されており、調合や研究をしている時のように乱雑に物が放置されているようなことはなかった。


「してない。最近力が出なかったから」

 フィルさんの表情は相変わらず沈んだままだ。

 フィルさんの尖った耳も今では心なしかしんなりしているようにも見えた。


「そういえば、フィルさんってエルフだったんだっけ」

 最近忙しくて忘れていたが、フィルさんはエルフの女の子だった。

 十三歳という年齢ながら天才錬金術師として知られている才女だ。

 彼女に作れないものはないというくらい、何でも作れてしまうという。


「忘れてたの? ひどい。でもいい。覚え直して」

 フィルさんとコノハちゃんは単語を区切るように話すことが多い。

 両者共通かもしれない。


「フィルさん、元気なさそうだね。どうしたの? 最近忙しくしてたからこれなかったけど、話なら聞くよ?」

「それ」

 フィルさんの元気のなさが気になり心配して話しかけると、フィルさんは徐にボクを指さしてそう言った。


「それ?」

「そう。スピカ、最近こなかった。待ってたのに……」

 どうやら元気のない原因はボクだったようだ。

 かなりの間放置しちゃってたからそれが原因かもしれない。


「うぅ。ごめんなさい」

「いい。許してないけど今は許す。でも、本当に許してほしかったらお願い聞いてほしい」

 翡翠色の瞳を潤ませながら、ボクを見上げるフィルさん。

 きれいに整った顔を見ると、やっぱり美少女だなと思ってしまう。

 ただ、じっと見つめられると居心地が悪いというかちょっとドキドキするというか、どうしたらいいのかわからなくなる。


「ええっと、ボクに出来ることならいいけど、難しいのは無理だよ?」

「大丈夫、とても簡単。私はスピカと契約する。だから新拠点にも部屋を所望したい。ずっと離れてるのは寂しくて嫌」

「えぇっ!?」

 フィルさんの唐突の申し出に、ボクは混乱してしまう。

 契約? なんのこと? どういうこと?


「フィルさん、契約ってなに?」

 知らないことは聞く必要があるわけで、ボクは恥を忍んでフィルさんに尋ねた。


「契約すると専属で販売したり製作を請け負ったりすることが可能になる。異世界人冒険者が拠点を手に入れた時に、両者の同意があれば契約が可能になる」

 ちゃんと調べていないせいか、そんなシステムがあること自体知らなかった。

 ということは、ボク専属でフィルさんが調合したりしてくれるってこと?


「それは嬉しいんだけど、契約って何が必要なの?」

 ただ契約するだけならどうにでも出来るんだろうけど、何か必要なものはあるのだろうか。


「本来なら本契約するためのリングが必要。でも臨時だから署名で良い。契約のリングは右手中指に付ける決まりがある。結婚契約なら左手の薬指だけど」

「リングかぁ、高そうだね」

 本契約にはリングが必要だけど、臨時契約は署名でいいと言うのは驚きだ。

 とはいえ、本契約のリングは用意する必要はありそうだけどね。

 だって……。


「本契約しなかったら怒る。怒られないためには本契約のリングを用意して。それか結婚契約用リングで」

「契約リングを用意するのはわかったけど、結婚契約を何で紛れ込ませたの!?」

「素直に頷くべきだった。誘導失敗」

「ぐぬぬ……。それで、フィルさんは『森の雫』作れたりしない?」

 契約リングのことについては一旦置いといて、ボクはズィークさんの依頼の品について尋ねた。


「森の雫くらい簡単に作れる。三日必要」

 フィルさんは指を三本立ててアピールしてくる。

 三日待つだけでいいなら助かるかも。

 本契約リングについて調べることをその間にしておこう。


「うん、わかった。それでお願いするよ」

「任された。今日はもう元の場所帰るの?」

「あ~、そうだね。一回ログアウトしないといけないし。みんなに伝えたらボクの部屋でちょっと横になるよ」

「うん、ひさびさ。戻ってきたら教えて。それまでちょくちょくスピカに抱きついて匂い嗅いでおく」

「それは恥ずかしいから止めて……。とりあえずログアウトの準備するね」

 ボクがいない間に残る体に、フィルさんがいたずらしませんように。

 そう願いながら、ボクはマーサさんと大禍津にログアウトすることを伝えにいくのだった。

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