第12話 ようこそ、天狗温泉へ

「温泉? あぁ、烏丸家の天狗温泉かな? あそこは人間と妖種で別々に入ることが出来るんだよ」

 家に帰ると、さっそくリビングにいたお父さんに温泉のことを話す。

 天狗温泉といえば、天狗のマークでお馴染みの温水プール付き温泉施設だ。

 お泊り可能で色々なスポーツも楽しめるので、家族連れにも大人気だったりする。


「そういえば、そんなコマーシャルを見たことあるなぁ。一度も行ったことないからちょっと楽しみ」

 初の温泉、家族風呂を除く。

 テンションが上がらないわけがなかった。


「メルも行くだろ?」

 お父さんがキッチンの方に向かって声を掛けるとお母さんの返事が聞こえてきた。


「もちろんよ。となると、一人で入るのは賢人だけになるわね」

 お母さんは基本的に在宅での仕事をしている。

 社長なのにだ。


 実は副社長は二人おり、もう一人はお母さんの妹なのだが、基本はその妹の方が切り盛りしている。

 つまりは叔母なのだが、その叔母のサポートをお父さんがして、社長承認が必要な物をお母さんが処理するという形をとっている。

 

「お母さんの会社も複雑なことしてるよね」

 ボクにはよくわからない話だ。


「まぁ、俺もたまに手伝いにいったりするから、ある意味関係者なんだけどな」

 後ろから話に入って来たのは、賢人兄だ。

 高校生やりつつ親の会社に出入りするってなんだか不思議な感じがする。


「ふぅん? あ、賢人兄も行くでしょ? 温泉」

 賢人兄には伝えていなかったので、今伝えることにした。


「うん、行こうかな。でも、みんな一緒だけど、俺だけ別かぁ。それはそれで寂しいな」

 賢人兄はちょっとだけしょんぼりしたように言う。

 賢人兄も女湯行きたいのかな?


「賢人兄、女湯入りたかった?」

 ボクがニヤニヤしながらそう尋ねると、賢人兄は慌てて否定する。


「違う違う、俺にそんな趣味はないっての! この中で人間なの俺だけだろ?」

 慌てる賢人兄は可愛らしいけど、意地悪していても話が進まない。


「確かにね。あっ、でも妖種で男湯に入るのはお父さんくらい?」

 妖種で男なのは、陽天狐のお父さんだけだ。

 ということは、お父さんも別々ということになる。


「たまにはいいんじゃないかな? 月天変化は温存しておきたいしね」

 お父さんはそう言うと、支度を始めた。


「温泉かぁ。みんなとってのは初めてだから、すごく楽しみだよ」

 それから、瑞樹たちが迎えに来るまでに、ボク達は出掛ける用意を整えるのだった。



☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★



「おぉ~、ここが天狗温泉!!」

 車で移動すること30分。

 温泉施設兼レジャー施設の天狗温泉にボク達はやってきた。


「すごいすごい! さすが瑞樹達だね」

「そうでしょうそうでしょう!」

「気に入ってもらえて何よりです」

 ボクは瑞樹達を褒めたたえた。

 美影は胸を張り、瑞樹は嬉しそうに微笑む。


「それじゃ、もういこ?」

 ミナの一言で、ぞろぞろと動き出す。

 ボク達の荷物は、賢人兄が頑張って運んでくれるそうだ。


「って、引き受けたのはいいけど、かなりあるな。往復になるから先に女性陣分運んじまうわ。父さんと俺はあとな」

「お嬢様達の荷物はしっかり運ばせてもらいます」

 引率兼ドライバーは宗助さんだ。

 宗助さんは賢人兄と一緒に荷物を運ぶ。

 ちなみに宗助さんは、運んだあとはしばらく休憩時間になるようだ。


「は~い、頼みました!」

「よろしくお願いします」

「よっろしく~」

「よろしくです」

「ありがとう、宗助さん」

「助かるよ、宗助君」

 ちなみに、一番最初に返事したのは元気なミナ、次が瑞樹、そして美影、ボク、メルお母さん、詠春お父さんだ。



☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★



 エスカレーターで昇り、受付をして、荷物を受け取り脱衣所へと突入する。

 一連の流れるような動作を経て、ボク達は現在浴場に立っていた。


「お・ん・せ・ん!」

 初めてともなればテンションが高くなるのは仕方ないと思う。

 許してほしい。


「混浴もあるにはあるんですけど、そちらでは水着着用必須なのですよ。まぁ私達には関係ありませんけどね」

 この温泉、一応混浴もあるらしい。

 大浴場ほか、様々な温泉が存在している。

 おおよそ十五種類ほどが説明には書かれていた。


「薬草風呂にお酒風呂……」

 お酒は色んな種類があるので、結構これで数を稼いでる気もしなくもない。

 流れる温泉風呂って、流水プール的な感じみたいだ。


「色々あるでしょう? 岩盤浴もあるからお勧めしとくよ」

 美影は楽しそうにそう説明する。

 美影にとっては温泉は別の意味で楽しいのかもしれない。


「さて、人化解いてもいいからのんびりしましょう?」

 瑞樹の勧めで、ボクは家以外では滅多に出さない妖狐の部分を表に出す。


「美影と瑞樹は羽根だしたんだね? 羽根用お風呂もあるんだ……。あっ、尻尾風呂!」

 尻尾の毛艶を良くする成分の入った尻尾風呂が完備されていた。

 これがあるとは本当にうれしい。


「もう、お姉ちゃんったら」

 ミナが困ったような顔をしながら、ボクに近づいてきた。


「そう言ったってさ~。毛艶は大事だよ。それにしても、ミナもお母さんそのままだから人間風呂にいても違和感ないよね」

 お母さんとミナは見た目は完全な人間だ。

 違うのはその髪色とほんの少し先が尖った耳である。


「あら、そうよ? そんなに変わるものではないわ。神種(しんしゅ)だから当然じゃない」

 お母さんはそう言うと、タオルに隠れた大きな胸を張ってみせた。

 お母さんとミナは神種、つまり神族だ。

 八百万の神様がいるので、ボクからしたらあまり不思議ではない。

 でも、他の人からしたらびっくりすることかもしれない。

 

 だって自分の隣の人が、実は神様でしたってオチがあるかもしれないのだ。

 きっとものすごくびっくりするだろう。


「私とミナは大浴場にいるから、昴は尻尾風呂堪能したら来なさいね?」

「わかったよ」

「待ってるよ~」

 お母さんはそう言うと、ミナの手を引いて大浴場へと向かって行った。


「さてと、尻尾風呂尻尾風呂」

 ここの尻尾風呂は細かく区切られていて、その一つを使って尻尾の手入れを行う。

 色んな尻尾の生えた人がそこを利用するわけだけど、とりわけ多いのが狼系女子と狐系女子だ。

 どちらも尻尾が大きくふさふさしているので、どうしても時間がかかる。

 猫系女子などは案外時間がかからなかったりする。

 

「尻尾入浴時間はおおよそ十分。尻尾風呂を終えたらカバーをして大浴場に入浴することになるから、なんだかんだで十五分はかかりそうだなぁ」

 ボクはちょうど一か所空いていたので、そこを利用することにした。

 毛艶を良くする薬効成分が入っているため、心なしか尻尾も嬉しそうだ。


「ふんふふ~ん」

 尻尾の癒しは心の癒し。

 妖狐はストレスが溜まると、まずは尻尾に影響が出てくるのだ。


「あっ、あの!」

 ボクは不意に誰かに声を掛けられた。


「はい、どなた様ですか~?」

 ボクはそう言いながらそっちを振り向いた瞬間、その人は驚いたような顔をしていた。


「あっ、す、昴……くん?」

 どうも見覚えがあるなと思ったら、同じクラスの女子だった。


「あれ? 狐塚さんだ。そっか、狐塚さん妖狐だったもんね」

 同じクラスの狐塚さん。

 名前の通り妖狐族の女子だ。

 一般的な普通の妖狐で、笑顔が可愛らしい少女だ。

 毛の色は黒いので黒狐だ。


「す、昴君って、昴ちゃんだったの!?」

 驚いた様子の狐塚さん。

 そう言えば、ボクのこと知ってる人ほとんどいないんだった……。


「あ~。えっとね」

「お~い、昴~」

「昴、どうしたの?」

「あっ、瑞樹、美影!」

 遠くからやって来たのは、お馴染みのメンツである瑞樹と美影だった。

 ちなみに、二人とも狐塚さんとも仲が良い。


「おやおや~? トラブルかな~?」

「これは知らないパターンですね。わかります」

 楽しそうにニヤニヤする美影と困り顔の瑞樹。

 対照的な二人だけど、二人の視線は共に狐塚さんを捉えていた。


「さてさて、どう説明しましょうかね」

 若干楽しそうな美影にボクはちょっとだけイラッとしたのは内緒だ。

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