第37話 ドジっ子少女は逃げ場を失う

「ウルフ系って本当に素早いよね。これ、進化前のボク単体だったらあっという間に食い殺されてるんじゃ?」

 今、目の前にいるウルフは3頭。

 それが前方と左右に分かれて、今まさに一斉に襲い掛かってこようとしていた。


「か、かわしきれるかなぁ……」

 ボクのやる気は十分、現在の状態も過信はしていない。

 問題があるとするなら、進化によって動きこそ良くなったものの、身体強化の術がないことだろうか。

 つまり、付け焼刃が出来ないのだ。


「むっ、くるっ」

 ボクが身構える瞬間、3頭は一斉に飛び掛かってきた。

 ウルフは群れで行動する生き物だ。

 その知能は高く、何も考えずに追いかければ知らぬ間に誘い込まれたり、追い込まれたりするだろう。


「【五行刻印比和火行一段:火点火陣】二点設置」

 幸い3頭だったので、後ろだけは空いている。

 なので、後ろに下がりつつ、攻撃陣を設置する。

 最弱の火点を二点設置することで、即席のファイアトラップとなるので、牽制するにはちょうどいい。


「でも、後ろだけ空いてるのって不自然なんだよねぇ」

 ねぇ、知ってる?

 森の中で前方左右に分かれて襲われてるのに、後ろだけ空いてる時に後ろに逃げるとどうなるか。


「はい、答え。後方にある木にぶつかって逃げ場を失うでした~」

 追い込まれたボクは見事に背後を樹に遮られてしまっていた。

 うん、これはやばいね。

 一回で死ぬことはないにしても、痛いのは嫌だなぁ。


「あはは、そんなに唸り声上げなくてもいいじゃない。でも、ごめん。大人しく食べられてはあげられないんだ」

 だからボクは再び襲い掛かってくる3頭を相手に突破口を切り拓くことにした。


「3頭同時、逃げ場はない。ダメージは避けたい。使えるのは近接くらい? なら」

 前方から飛び掛かってくる1頭目がけてボクは突撃する。

 幸い3頭が同時に同じ場所に着地しないようなので、その隙を突いて前方のウルフに犠牲になってもらう。


「結構むちゃくちゃだよねぇ。でも、やるしかないんだからやるよ。この鉄扇でね」

 刀を抜いてる暇なんてありはしない。

 なら袖口からすぐに抜き放つことが出来る武器は、ボクの場合鉄扇一択となる。

 だから、抜き放ちながら前方の1頭に叩きつけた。


「ギャウンッ」

 左側から鉄扇の一撃を食らい吹き飛ぶウルフ。

 後方では2頭がボクのいた場所に着地、すぐに次の攻撃動作に移っていく。


「前方にそのままと進む。ウルフは付いてくる」

 ボクがそのまま走ると、ウルフはボクの後ろを追いかけ走ってくる。


「誘導開始、設置場所は……。あそこか」

 ボクだけに見える火点の設置個所。


「さぁ、おいで。相手にしてあげる」

 その場所をすり抜け、追いすがるウルフ相手に正面から受けて立つことにした。

 吹き飛んだウルフはまだ戦線復帰していないので、今いるのは2頭。


「おいで、遊んであげる」

 ボクの言葉が通じたのかは分からないけど、ウルフ達は唸り声を上げると一斉に飛び掛かってきた。

 それも左右に分かれて同時に。


「ふふ、もう忘れちゃった? そこは1頭ずつ来ればよかったのに」

 二点同時になんて甘いことは出来ないが、一点なら1頭がちょうど引っかかる場所にあったので、もう片方をボクが相手にするだけで良くなる。


「右はこれでいい。なら左の子」

 設置された火点は右に一点ある。


「左の狼さん。さようなら!」

 飛び掛かって来たウルフを鉄扇で攻撃し、ウルフの軌道をずらす。

 良い具合に鉄扇が重く、スピードもあるのでウルフの軌道がずれるのだ。


「ギャウンギャウンッ」

 ちょうど右側では火点に引っかかったウルフが火だるまになって燃えていたので、一旦放置。


 左から飛んで来たウルフは、軌道をずらされた直後なので、まだこっちを向いていなかった。


「チャンス。【雷符】」

 素早いウルフならこれでいい。

 ウルフの回避より速い速度で飛んでいく稲妻をウルフに放つ。


「ギャンッ」

 天狐になってからのボクの術の発動は早くなっていた。

 なので、そのまま振り向いたウルフの頭に稲妻が突き刺さった。


「これで1頭。さて、あとは――」

 ふと周りを見るものの、術の威力が思ったより上がっていたのか、火だるまのウルフはすでに焼け死んでいて、吹き飛ばしたウルフは気に激突したらしく、そのまま首が変な方向に曲がっていた。


「あ、うん。たまたまうまくいって良かった……」

 偶然の出来事とはいえ、運が良かったとボクは思った。


「気を取り直して次いこう」

 再びレベルアップを目指して森の奥へと進んでいく。

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